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攫われる……のだが

 ルトは二人だけでは危険だと知りつつも、必ずと言っていいほどシャルの外出についてまわるようになった。何しろシャルが一人で外に行った日は大抵真新しい傷や青アザを増やして帰ってくるからだ。本人はまるで痛がる素振りを見せないが、毎日無理を言って一緒に風呂に入るルトにはすぐわかる。傷を湯につければ彼は顔をしかめ、痛みで思うように動かない部分をかばうような動きが目につくからだ。


 今日もシャルはまた、罵声を浴びながら街を歩く。

 この日は普段から働きに通っている商店に向かう所であったが、それだけでもルトは犬の散歩みたいに後ろをぴったりくっついてきた。彼は勿論やめておけと言うのだが聞く耳を持たない。

(ただバイトに行くだけだってのにな……)

「ボクがいても意味ないかもだけど、自分が危ない事よりシャルが知らない所でケガしてるのの方が怖いよ!」

 それが彼女の言い分だ。妹扱いの小さな子を連れ歩いている状態は絶好のからかわれるシチュエーションでは、とも指摘したが彼女にはその意味がちょっと分からなかったらしい。まあ一人で歩くよりはずっと心強かったし、何より楽しかった。少し前まで、まともに世間話をしながら歩ける相手は父とルーズの他にいなかったからである。

 ルトは何故か出会った時から自分を慕ってくれている――鳥は卵から孵った時最初に見た生き物を親と思って懐くというが、まさかそんな単純な理由ではなかろう――しかし本人にもその理由はよく分からないとの事であった。


「こんにちは、交代の時間です!……じゃあ気をつけて帰れよ、何されるか分からないからな」

「う、うん」

 北商店街中心辺りのそこそこ大きな雑貨屋の入り口まで来て、ルトといったん別れる。本来なら送り迎え等は自分の役目であるべきなのだが、都合上仕方ないか。今度あいつの方にも同伴してやってチャラに……いや自分はいない方がいいのか? なかなかに迷う。

「どうしたー? 接客入ってくれー」

(おっと……)

 思案しているうちにいつもの小汚い制服には袖を通し終わっていたか。シャルは仕方なく頭を空にして接客に専念し始めた……。


「おい、ちょっと顔貸せよ」

 先頭の女が煙草をくわえたまま器用に言い放つ。

(邪魔だなぁ……全部蹴り倒して……ううん、やめとこか)

 帰り道、ルトの前方の大通りを丸ごと塞ぐように、敵が列を作っていた。至極めんどくさい思いでルトは肩を落とす。

「は? なめてんのお前」

 ミミルやフェルマーを始め、今まで知り合った娘の顔もちらほら見える。

「なめてんのかって」

 リーダーと思われる煙草女以外は全くやる気がない。ルトの方を見てすらおらず、両隣の友達と囁きあっているばかり……まるで統率が取れていない。呆れた群れだ。

「なめてんだろ」

 正面突破は簡単だ。今喋っている煙草に一発かましてやれば蜘蛛の子を散らすように霧散するだろう。仮に全員で応戦してきたとしても、銃さえ持っていなければ簡単に皆殺しにする自信がルトにはあった。

「ざけんなよてめえなめんな」

 しかしそれでは単にシャルと自分のイメージダウンをいたずらに加速するだけだろう。次回から殴りかかる口実を与えてしまう訳だ。正義の味方として。それにもしやるならこの街一つ丸ごと滅ぼすくらいでなければ、一人残らず生き返るに決まっている。「誰かが過去からまだ殺されていないその人を連れて帰ってくる」のだ。

(仕方ないなあ……)

 ルトは腹を括ってその場に座り込み、恐らく自分を拉致しようとしている彼らに身を差し出した。そのうちに関節が外れそうな勢いで無遠慮に引き起こされる。

「おら捕まったよっわ。バカじゃねーの」

 しかし本当に自分よりお馬鹿な子っているもんなんだなぁ、とルトは思った。


 さて自分はどうなったのだろう? どこに行くかなどはあんまり興味がなかったのでついぼ~っとしていた。周りは薄暗く、無骨な建物の中で……使われなくなった倉庫とか工場とかか。訳の分からない歯車式の錆びた機械が沢山ある。そこでルトは大きなコンテナのような物に鎖で手足を固定され、大の字に磔になっていた。

 とりあえずルトは鎖がとれたりしないか動いてみた。ダメだ。自分には腕力がこれっぽっちもないから、無理やりというのも出来る気がしなかった。では仕方ないとルトは一眠りしようとした。だが、じきに先程の女が部屋に取り巻きを連れて入ってきて、慣れない手つきの鞭でバシリと殴られた。

「いっった!」

「何余裕かましてやがんだよ!」

「え~? じゃ何してればいいの?」

 女が悔しそうに渋面を浮かべる。別にとぼけて言った訳ではなく、ルトは本当に不思議に思ったのだ。

「お前はじめのうちチヤホヤされたからって調子のってんじゃねぇか」

 答えになっていないが……ルトが初対面の子達にやたら誉められた理由はシャルに聞いてみた事がある。曰く周りと同じことを言う事で結束を高め……。

「あんなん社交辞令だっつーの」

 何かを可愛がる自分が可愛い、というアピールでしかないという。

「お前の事なんか誰も本気で可愛いと思ってなんかいないの。わかった?」

「っふふ、あはははは、本気じゃないから、ボクが嫌がってたのも気付かなかったんだね!」

 あんまりにも意外性がなくて可笑しかった。女はこれを嘲笑と受け取ったらしくついに言葉を捨てて殴りかかってきた。

「てめぇ、ザけんじゃねぇぞっ!」


 四十発、五十発……取り巻きの男女もときおり蹴りを入れてきたが、彼らを敵と認識したルトは堅かった。

「うそだろこいつ……バケモンだろ」

 身体中アザだらけになっても、いつまでも顔色を変えず面白そうに笑っているルトに、みな一様に畏怖していた。

 もちろん気が狂うほど痛かった。だが自分はもっと痛い思いをしたことがある。それにどうせこいつらは自分を殺せない。止めを刺した者が咎を背負う事になるのが恐いのだろう。だって……仲間内でもイヤな事は平気で押し付けあうから。本当の仲間なんかじゃないから。その証拠にさっきから血が出そうな凶器を使おうとしない。街にはいくらでもあるはずなのに。

 それに、もし本当に殺されたとしてもルトはそれでも別にいいかとさえ思っていた。なんにせよ自分は捕まったのだから、これが自然界ならば食い散らかされていても当然だからである。

「あははは、ふふふふふ……!」

 可笑しい。こんなちっぽけな人間の女の子の自分さえ屈服させられないこいつらが可笑しい。

「まるでシャルの時みたいなしぶとさじゃんか……」

「あ、やっぱりシャルにも? これなんだけどさ」

 ルトはまだ磔になったままの腕で無邪気に指を立てた。

「普通にケンカして勝てないよって言ってるようなものだよね~」

「だ、黙れ黙れ黙れ!!」


「はぁ、だめだ……もうあたし、腕が」

 結局深夜まで続け、やがて女が鞭を取り落とす。周りに交代するように促すが、誰も手を出そうとはしなかった。いつからかこちらを見ようとしなくなったあたり、ルトに顔を覚えられるのが怖いのだろう。

 ルトももう殆ど虫の息だが、これは彼女達の望んだような展開ではなかった。もっと手軽で面白くて、優越感に浸れるはずであった。このままでは終われない。女は何とかしてルトを絶望させたい一心で打開策を考え始めた。


 ルトはもう眠い。だが攻撃が止まなくてなかなか眠れない、いつの間にかそっちの方が辛かった。そんな折、ふと鞭が止んだ。何事かと思ったが、いったんは姿を消した女はすぐに戻ってきた。

「ん……?」

「へへ、これだよ、最初からこうすりゃよかった」

 彼女は大きなハサミをシャキシャキと鳴らしてみせる。その意図する所を汲み取ると、ルトは一気に血の気が引くのを感じた。

「そのカーテンみたいな髪をさっぱりショートにしてやるのさ」

 周りから歓声が上がる。身長より長い彼女の髪はさぞ切り応えがあるだろう。

「おい……! それやったら、殺すぞ」

 ルトはここで初めて激しい怒りを覚える。いやそんなものではない、血がボコボコと沸き立ち、瞳孔が開いていくのが感じ取れた。物凄い体温になっているのが分かる。

 鎖に次々とヒビが入っていく高い音が部屋に響く。この小さな体のどこからそんな力が湧いてきているのか。視線だけで呪い殺されそうな程の豹変を見せる彼女に、周囲はおののいた。だが、向こうも意地になっていた。

「ウゥ、グルルルルル……!!」

 もう頭で考える事をやめたルトの人間離れした唸り声に焦った女が、半狂乱で懐に飛び込む。

「何年かかったんだろうなァこの髪は! 一からやり直してください、ね!」

 ――ジャキッ。

 同時にルトは、舌を噛み切った。

 その後の事を知る者はいない。ただ鎖が溶解したかと思うと、肌の溶け落ちるような熱風が吹き付けてきただけだ……。


「ルト……ルト! どこだ!」

 シャルは家に帰ってルトが戻っていない事を聞いてから、夜通し手掛かりもなしにオルタナを探し回っていた。

「だめ、思い当たるどこにもいない!」

 疲れきって肩を落とすルーズ。もう街にはとっくに朝日が差してきている。ルトが行きそうな所は全てしらみ潰しに探し終わった。これでいないとなると、何処かに監禁されてしまったのか――ふと、夜明け前に街の西側の方で大きな火事が起きていたのを思い出した。なんでも廃工場が全焼したとか――シャルは最悪の事態が頭をよぎって、火災現場へと走った。


 工場にはすごい人だかりが出来ていた。彼は適当な野次馬を掴まえては問い詰める。

「じいさん! 火災の原因は!?」

「ああ、それが全く分からないらしい。一切の消化作業が効果を挙げなかったんだと、不思議なもんさね」

 やはり怪しい! シャルは焼け焦げて完全に倒壊した工場の残骸を踏み分けていき、片っ端から焼け跡を掘り返した。

「ルト! ルト!」

 屋根をかき分ける度に無数の骨が出てくる。溶けた服と肉がこびりついて異臭を放つそれらに吐きそうになりながら、妹を呼び続ける。

「う~ん……」

 微かに声がした方、一際低くへこんだ部分の瓦礫をどけると、鉄筋の束に蓋をされるような形で、完全に溶解し穴の空いた床の下、土の地面にルトが眠りこけていた。

「シャル……おはよう……ごめんね、心配かけて」

 穴から引き上げてやると、確かに昨日別れた時のままのルトだ。さしたる怪我も見当たらず、長い髪も無事……。

「いいんだ、お前は巻き込まれただけだろ……! それよりここ……何が、あった……? 何で、お前だけ生きてる……?」

「ごめん……わかんないの……髪、切られそうになった所までは覚えてるんだけど……」

「ひとまず、帰ろうか……」

 この子は一体何者なんだろうか。一部ならば聞き出せそうではあったが、ここで何をされたのかを想像すると、どうしても彼にはそれを蒸し返すなんて非情な事は出来なかった。

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