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彼の過去――汚い街

 何度も何度も、ルトは昔のシャルとルーズを見に行った。まず驚いたのが、シャルはオルタナの同じくらいの子供達に無難な自己紹介をした翌日には現在のように迫害されていた事である。出会い頭に蹴られたり罵倒されるのは日常茶飯事で、彼が理由の説明を求めると、みな生理的に受け付けないだとか訳の分からない文句で一蹴するのであった。

 シャルは絶対に殴り返したりしなかったし、いったん拒絶された相手にも顔を合わせる度に分かり合おうと努めていた。だが基本的にその努力は実を結ばず、気味悪がった相手の攻撃は度を越えやがて流血沙汰にもなった。そうなるとルーズが見かねて助けに入るのだが、それは周囲に「助けられて情けない」と言われた。

 そうするとシャルはどんどん痛みに強くなっていった。骨さえ折れなければ何度でも立って……しかしその頃から彼は打ち解ける事は諦めていたようである。何か喋れば、ろくに理論的な理由もつけず頭ごなしに否定されるので日に日に性格は暗く、自信もなくしていった。

 しまいには仲間内で楽しそうに話す若者達のボキャブラリーが異常に少ないのに気付いてしまった彼は、結果的に本を読むばかりの生活になっていて頭はよかったばかりに周囲を見下し始めた。こんな奴らと仲良くなる必要なんかない、と。

 ルトが最も腹を立てたのはそんな者達の大多数が、シャルと二人きりの時はまるで性格が変わり、普通に彼と対等な話し方をし始める事だった。要するに、群れないと何も出来ないから都合の悪い時は媚びを売るのである。ルトはいっそ屋根から飛び降りて、喉を潰してやろうかとすら思った。


 転々と日をずらすうちに、一度防衛戦の現場を見かけた。唐突にけたたましく警鐘が鳴り、力のある者が思い思いの装備で南側の広場に陣を張る。外壁の窓から何十かの矢が放たれるのを横目に、ルトは仕事場の中を通って外壁の上に出てみた。なるほど本当に、あのつまらない見渡す限りの平原にどこからともなく現れた一軍がこちらへ突進してくるのが見えた。平均的にオルタナ側よりはいい装備をしているだろうか、簡素な斧や棍、兜などを付けた人間達が隊列も考えずに怒号を上げて向かってくる。数は別段多くはなく、遠目にはちょっと数えるのが難しいと思う程度の規模である。

 やがて惜しみ無い量の爆弾が使われ、街の門に穴が空いた。だが素人目に見ても戦闘としては低レベルなものだ、少し武芸のできる人がいれば片っ端から叩き伏せて終わるだろう。

 いつだか聞いた通り、それがあの二人であった。肩を並べて先陣を切るシャルとルーズは揃って槍を操り、八面六臂の大活躍をした。ルーズは堅実に近付く相手を斬り払いつつ友人をフォロー、シャルは流麗に剣舞をするように立っている者の急所を貫いて回った。二人とも一様にとても楽しそうにしているのが印象的であった――後で聞けば「その時は後ろにいる人達の事を考えなくていいから」だそうな。

 二人が余裕を見せていたからというのもあるだろうが、確かにその場に集まったうちの七、八割は門が破られてからも殆ど動かず傍観していて、周りの人間に参戦を促しあうばかりであった。それでいて後日討伐隊に参加していたのだと自慢話をするのにルトは辟易したものである。

 全て片付いた時、人々の反応はひどく対照的だった。ルーズを必要以上に英雄だ女神だともてはやす一方でシャルには忌避の目を向け、「あんな大勢を殺して恐い奴め」だとか「人の痛みが分からない殺人鬼だ」と囁く。それに激昂したルーズがシャルの事も讃えるようにと文句を言うと、みな無言で退散するのにルトは失望した。


「ねえ、シャルの……お父さん」

 いつものようにシャル達の元の時代に戻ったルトはある夜、シャルが先に寝付いたのを確認し、フェイに思い切って相談してみた。

「シャルはなんでみんなに……ううんこれは分かんないんだっけ、みんなはなんでシャルを、嫌ってるの? ボクシャルがイジメにあってるの気になって、たくさん見てきた」

「……そうか。やっぱり虐められてるのか」

 自嘲ぎみな笑いを見せるフェイに、ルトはしまったと思った。シャルは親に気苦労をかけたくなくて、ずっと隠していたのか。勿論気付いてはいたのだろうが、自分が確証を与えてしまった。

「あのくらいの子達はね、誰かを踏み台にせずにはいられないんだよ。自分より下がいると思えば気が楽になるから、相手を蹴落とすんだね。その標的を探している所に、私がシャルを連れて引っ越して来てしまった」

「それだけ? シャルはなんにも悪くないじゃない!」

 どん、と床を蹴って歯噛みするルト。誰でもよかったというのなら、シャルや自分が何をしようと解決不可能な問題なのは明らかだ。

「でもルトは」

 フェイがルトの目線の高さまで屈んで、指を立てた。

「ルトはシャルの事をちゃんと見てやれるんだろう? 切り替えないと始まらない。形だけの友達が何人いるよりも、気の置けない友人が少しでもいる方がずっといいはずさ」

「うん、うん! ルーズはほんとにいい友達だって見てて思ったし、ボクだって少しシャルのことを見てきたから、もっと仲良くなるよ! なんかさ、シャルってドラゴンみたいだよね!」

 頭のもやを振り払うようにまくし立てる勢いで、なんだか誇大な表現が入ってしまう。さすがのフェイも吹き出して、ルトの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「はは、確かによく似た龍が物語によく出てくるね。理屈っぽくて倫理に篤くて……周りからは畏れられる。でも認めた相手は本当に大事にする。そんな子だよ、今のシャルは。よろしく頼むよ、ルト」

 そこまで考えた訳じゃないんだけど……とルトは髪にくるまって赤くなった顔を隠した。

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