変わらぬ面影
見渡す限りは全く変わりのないオルタナの街を駆け抜けて、ルトは居住区のある東へ向かった。
ガディウスに教えてもらってルトがやってきたのはシャルの時代から十年ほど前、彼がこの街に初めて来た日だ(ある程度の条件サーチが可能な模様)。恐らくは隣に住むルーズともこの時知り合っていると思われる。
(十年前だから、二人とも六歳かあ。ちょっと話してみたいけど見るだけにしなきゃっておじさん言ってたし、ガマンしなきゃ……)
ルトは二人の家の玄関先がよく見えるよう、通りを挟んだ向かいにあるミミルの家の屋根に登った。
別にここまでする必要はないのだが、あまりその時代の人間と関わると元の時代における関係に予期せぬ影響が出る恐れがあるらしい。
服が黒くなるのも気にせずに屋根の縁に腹這いになって待っていると、やがて片側の家から小さな男の子と若い男性が出てきて、隣の家の扉を叩く。引っ越しを終えての挨拶回りといった所だろうか、いくらかの手荷物を抱えていた。
出迎えたのはルーズと思しき少女……子供は蚊帳の外という事か、玄関口に取り残された二人がおずおずと言葉を交わすのがよく見えた。
「わぁ、シャルもルーズも十年後とほとんど変わらないなぁ」
無論幼児体型だったり声なども違うが、見た目の印象はほぼ同一であったから、ルトにも二人であるとすぐ分かった。
シャルは濃い群青に染まった髪に、鮮血のような色のやや鋭めな眼をした(ルトは視力がすこぶるいい)不機嫌そうな顔。触れるものみな切り裂きそうな容貌とは裏腹に、滅多な事では怒らず必要がなければ虫も殺さないような性格である事を知っている者は少ない。ルトはそれが分かるのを誇らしく、またとても勿体無いと思っている。
ルーズは腰辺りまでの黒のストレートが見事で子供だというのに既にある程度落ち着いた表情、しかし瞳の内には親しみやすい快活さを残すほっそりした綺麗な子だった。ルトは似たような面影の女性を母に持っているのもあってか、今ここで屋根から飛び降りて、この少女の胸に飛び込みたくなる程の包容感と居心地のよさを彼女に感じていた。
ルトの知っているシャルはかなりの口下手で無感動な性質であるが、二人とも思いの外ころころと表情を変えて円滑に話しているように見える……むしろシャルは別人と見紛う程に明るい感じだ。ルトはどこか自分を見ているようでくすぐったくなって、今回はこれだけとその場を後にしたのであった。




