第一章 生徒会執行部特別活動
翌朝、雅依と舞依は、歩きなれた通学路を進んでいた。
ビシッと身だしなみを整え、シャンとした様子で歩く雅依に対し、どういう訳かフラフラしながら歩いている舞依の姿。いつもはサイドテールにしている髪も今は下ろされた状態で、毛先は腰のあたりまである。
ちなみに、服装は学ランとセーラー服。二人は立派な高校二年生なのだ。
「んあー、ねーむーいー。さーむーいー。雅ー依ー、なんとかしてー」
半分目を閉じた状態で、寝言かのようにそう言う舞依。足取りもどこかおぼつかない。
そんな舞依のセリフにため息をつきながら、雅依が返事をした。
「……それじゃあ、おんぶでもしましょうか?」
彼のセリフに舞依の意識の中にぐらつきが現れる。このまま甘えちゃうのもいいかも。と。
しかし、その意識は不意にかけられた挨拶でかき消された。
「雅依舞依、おはよう! あれ? 舞依眠たそうだね」
「明澄! ……おはよう」
舞依は挨拶してきた張本人。幼馴染の明澄に対し、至極残念そうなため息をしつつ返事をした。
「おはよう明澄。実は昨日、二人で対戦格闘ゲームをしていたら、思った以上に夜ふかしをしてしまったんですよ」
いつもと変わりない微笑みを浮かべ、平然と明澄に声をかける雅依。このあたりの対応の早さは、彼の昔からの特色と言える。
反面、舞依はよく感情をあらわにする。そのため、トラブルに巻き込まれることも多々あるが、それを一人で跳ね除けるポテンシャルも持っているのだ。
いつもとかわらない、幼馴染との会話。学校に近づくにつれて、見知った友人たちも集まってくる。
間もなくして、学校に到着した。
――『私立雪斑学園』
それが、雅依と舞依が通う高等学校だ。
ここまで来ると、舞依の眠気も抜けており、いつも通りのエンジンがかかった状態だ。
彼女の周りには自然と人が集まり、笑顔がこぼれる。雅依はそれを一歩下がったところから眺めつつ笑顔を浮かべている。
校門をくぐり抜け、玄関に入るとがやがやと人の喧騒が聴こえてきた。この喧騒が、雅依にとっては心地がいい。
「舞依、まずは生徒会室にいきますよ」
悪友たちとそのまま教室に行ってしまいそうな舞依に、雅依は釘を刺した。
「あー、そうだったー。ごめんみんな、ちょっと行ってくる」
肩を落として苦笑いしながら、舞依がこちらにぴょこぴょことやってきた。ぴったりと雅依の横についてはぁーっと息をつく。
「めんどくさーい……」
「仕方ないでしょう。『トッカツ』は、僕たち生徒会伝統の『義務』なんですから」
「それはそうだけどさぁ……」
そんな話をしていると、あっという間に生徒会室に到着した。他の場所は生徒たちの声が絶えないのだが、この生徒会室の周りだけは異世界のように静かだ。
雅依はそうでもないのだが、舞依は緊張気味だ。なんというか佇まいを正すというか、意識的に背筋を伸ばすというか、そんな感じだ。それを横目に微笑みながら、雅依は扉をノックした。
「おはようございます。高月雅依、舞依。登校しました」
「入ってくれ」
扉の向こうから聞こえてきた声に応じ、二人は生徒会室内に入った。
学園長室並に広い部屋に、本棚やパソコンが所狭しと並べられ、明らかに一般の学校のそれとは違う。
その一番奥の机には、藍色の髪をした男性と、薄紫の長髪の女性が座り、作業をしていた。
その二人に、雅依が声をかける。
「改めて、おはようございます。斎藤灯生徒会長。そして、桐原叶副会長」
「なんというか、君は相変わらずだな。雅依」
椅子から立ち上がりながら、生徒会長・斎藤灯がそう言った。藍色の髪もそうだが、背が高く、いわゆるモデル体型が特徴的だ。その容姿は『日本刀のような美しさ』という表現が似合う鋭さをもっている。
「ええ。灯先輩は、先輩であり『上司』ですから。一応の礼は、わきまえないといけませんからね」
いつも通りの微笑みをうかべ、雅依は眼鏡を直した。
「俺としては、それ以前に友人であって欲しいのだがな」
少々物悲しそうに、灯はそう言った。そして中央にある椅子に座る場所を変え、雅依と舞依に着席を促す。
二人が席に着くと、叶がコーヒーを出してくれた。雅依のカップの横には小さな角砂糖が三つ乗せてあり、逆に舞依のカップに砂糖は乗せられていない。
叶が席着いたのを確認すると、灯が改めて口を開いた。
「さて、本題に入ろう。昨夜の『特別活動』の報告をしてくれ」
「はい。そうさせてもらいます」
そう答えた雅依の顔からは、いつもの温和な微笑みが消えていた。昨夜の戦闘時に見せた鋭い眼光を灯した両目で、報告を始める。
「僕たち高月雅依、舞依の両名は、昨夜叶先輩が探知した『シェイド』の出現位置に向かいました。
到着時間は午後八時。その後まもなく四体のシェイドが現れ、戦闘が開始。戦闘時間は約十五分。シェイド四体を殲滅。こんなところでしょうか」
「相変わらずいい手際ね。見たところ、目立った外傷も無いようだし」
静かに報告を聞いていた叶が感心してそう言った。それに対し、雅依がいつもの微笑みを浮かべながら、ありがとうございます。と応じた。
「今回は、舞依がかなり活躍してくれました。ほとんど彼女の功績ですよ」
「そうだったか。よくやったな舞依」
「え? あ、は、はい。ありがとうございます」
しどろもどろし、灯から目を逸らしつつ俯いていく舞依。いつも強気な彼女にしては、随分と弱気の対応である。
「おやおや。どうやら俺は、まだ君に嫌われているらしい」
苦笑を交えながら、灯がそう言った。舞依は何も言わず、ただただ下を向いているだけである。
「おはよー灯ぃ。 吉良真嗣とー」
「仲津天音。登校しました」
扉の向こうで声がして、それに叶が答えた。入ってきたのは長い髪をヘアバンドで止めた男子生徒――真嗣――と、ボブカットでいかにも固そうな雰囲気を持った女子生徒――天音――が入ってきた。真嗣の方は学ランをかなり着崩しているが、天音の方はしっかりと制服を着込んでいる。対照的な二人だが、共にトッカツをすることが多く、なかなかの戦績をたたき出している。
ちなみに、真嗣と天音は雅依と舞依の一級下。すなわち高校一年生である。
「真嗣さん。先輩の会長を、下の名前で呼び捨てというのはどうかと思う」
「いぃーじゃん天音ぇ。灯もそれでいいっつてんだしぃ」
二人のやり取りを見て、灯は微笑みを漏らした。
「真嗣は後で叱っておくとして、会長。報告、します」
「ああ。聞かせてくれ」
灯に促され、天音が昨夜のトッカツの報告を始めた。淡々としているが、非常にわかりやすい。
彼女達はどうやら打ち捨てられた公園に出向き、シェイドを六体ほど駆逐したらしい。
「二組とも、よくやってくれたな。こちらも昨夜は何体か倒したが『異形体』は見つからなかった」
「異形体を倒さなければ、このあたり一帯は安全区にならないわ。まぁ、異形体を倒したとしても、トッカツが終わることがないのだけれどね」
中央のテーブルを六人で囲みながら、朝の特活会議が始まった。
叶の言う異形体とはシェイドの中でも力をつけた個体が、その呼称の通り異形の変化を遂げた個体だ。異形体の戦闘力は、通常のシェイドよりも高く、見つけた際はすぐに増援を要請するように、この生徒会では決めている。
だが、異形体の厄介なところは、その戦闘力よりも周囲に存在するシェイドに及ぼす影響である。
そもそもシェイドとは、人の負の思念や死者の怨念が形を成したモノだ。一般の人に視ることはできないが、霊能力者やシェイドの存在を感知できる者――シェイドルッカーと呼ばれる――達は視ることができる。
シェイドは人々に害を成す存在であり、その主だった例が突然の自殺や、犯人不明の殺人事件だったりする。
シェイド異形体は、負の思念、怨念を集め、力をつけるだけでなく、通常のシェイドを配下として従えることもできる。さらに副産物的に、シェイド異形体のいる地域は、通常個体の出現率が上がる。
ここ雪斑学園の理事長はシェイドルッカーの素質がある人材を積極的に入学させ、その中でも選りすぐりの人物を生徒会役員として指名しているのだ。
つまり、今ここにいる生徒会役員六人は、生徒たちを守る責任を帯びているということだ。