親友、勇者二人の休日(春木 由香視点)
今日はカルネクト王国の学院に通うようになって2週間。学院長に頼んで〈神聖魔法〉のスキル上げをするために怪我人が運ばれる教会の手伝いをすることとなりました。日付は休日。最初は失敗も多かったけど、最近は慣れてきた。
「あぁ、俺の...俺の無くなった足がある!!聖女様、ありがとうございます!ありがとうございます!もう走れないと嘆いてたあの頃が嘘のようだ!!」
目の前でボロボロの服を着た冒険者の男は泣きながら、でも嬉しそうに感謝の言葉を何度も何度も私に言う。男の後ろにいた仲間も安堵の表情を浮かべて同じ言葉を繰り返した。
聖女と言われるのは嫌だけど、勇者よりも数がいないので広まり易いだろう。ゆっくんの耳に入る可能性がある。だから堪えられる。
そこに教会関係者が近づいてお布施と言う名の料金の請求をし始めた。これには慣れずに眉間に皺ができるけど、お金が無きゃ教会も運営できない。無視して次の患者をどんどん治して、ついに最後の患者を治すとやっと一息ついた。
「ふぅ、今日のノルマはクリア...かな」
「ふぁ~...終わったのか?お疲れ様。スキレべは上がったのか?」
「もちのろんだよ。3つのスキルが1上がって...〈神聖魔法〉がLv4になったの!」
「そうかそうか、んじゃま、学院に帰りますか。明日からまた授業があるし...はぁ、クソ3人組の顔をまた見るとなると憂鬱だぜ...」
嫌な奴らの顔を思い出してげんなりする大雅に私も同意だけど言葉にはしない。だって聖女という肩書きを私は持ってるから。ここじゃ誰が聞いてるのわからないし、聞かれたら作り上げた聖女のイメージが悪くなってしまう。
それを知ってるのは大雅ともう一人だけ。だからなのか、大雅は代わりにどんどん悪口を言ってスカッとさせてくれた。人の集まってる教会で悪い噂を流す...わざとだろうね。
一通り愚痴ってスカッとしたようで、大雅は随分とスッキリとした顔になってた。
その後教会を出て学院の寮へ歩き出した。黒髪は目立つから帽子を被ってるけどいくつもの視線を感じる。男達は私に、女性は隣の大雅に集中するけど、慣れているから気にならない。
それよりも寮では男女別々になるから学院に着く前に大切な話を進めなきゃ。
「それで...ゆっくんのことは何かわかった?」
言った瞬間、大雅の雰囲気がガラリと変わる。目を細めて周りを確認し、一つ頷くと先程と変わらない表情で、でも責めるようなきつい口調で話し出した。
「いきなり幸の話を出すな。せめて遮音結界を張ってるって伝えてからにしてくれ。びっくりするだろ。それに、ここで話さなくてもいつもの場所で菊島入れた3人で話せば良いだろ」
「そ、そうだけど...大雅、何か情報を得られたんでしょ?」
「何で確信してんだよ。おかしくね?」
「だって大雅、腕組んでるときに人指し指で腕をトントン叩いてたでしょ?重要な事を事を考えてるときにいつもしてる癖。あとは女の勘だよ」
ビクッと身体を震わせて大雅はゆっくりと組んでた腕を解いた。ゆっくんがこっそり私にだけ教えてくれた大雅の癖。この反応から見るに本当のようで...期待が高まる。
頭を掻きながら溜め息を吐き、降参したように口を開いた。
「...ったくよ。これからは腕を組みにくくなったぜ」
「っ!じゃあ!!」
「はぁ、不確かな情報だからあんま期待すんなよ。所々違うしな。それでも聞き...っぅお!?」
「教えて!今すぐ!1秒でも早く教えて!!」
鎧から覗く襟を掴み上げる。聖女が鎧込みで100kg超えの男を持ち上げてガクガク揺らしてるとか、痴話喧嘩とか、そんな周りの会話はどうでもよく、大雅の言葉だけ拾う。が、「うぉ!うげ!やめっ!」と呻いていて解らない。最後にやめてと聞こえて正気に戻った。
ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。
でも早く教えない大雅が悪い!
「げほっげほっ!」
「不確かでも、噂でも何でもいい。やっと...やっと情報が手に入ったなら早く教えて...」
「わかった!わかったから!ひゃから落ち着けって、な?今ので注目浴びて目立ってるからそこら辺の店に入ろう!まだ門限は大丈夫だし...幸のためにも、な?」
ゆっくんため...ゆっくんのため...
「...あっちに進んだ曲がり角にカフェがあるの。そこでアイスクリームでも食べながら全部包み隠さず話して...」
「よしわかった!行こう!すぐ行こうぜ!」
提案した事を嬉しそうに賛同した大雅はそんなにアイスクリームが食べたかったのかな?
早くゆっくんについての情報を知りたい私は大雅の手を握り締め、店に入るとアイスクリームと飲み物を二つづつ注文し、向い合わせでテーブルに座った。
注文する時に解いた遮音結界を張り直して大雅を笑顔で見る。ちょっと顔色が悪い大雅がやっとゆっくんについての情報を吐いてくれた。
「じ、実はな?いつも通り冒険者ギルドで勇者ってことを隠して探してたけど冒険者の個人情報がどうとかで教えてくれなくてな...今日ついつい王様から貰った勇者の証を見せて脅し...聞いたんだ。小鳥遊 幸か幸って名前の、冒険者が1ヶ月と半分のくらい前から今まで登録してないかって。もちろん親しみやすく笑顔でな」
「アイスクリームとリュフルジュース、お待たせしました」
「m(._.)mペコリ...パクッうま!...んでギルドの長っぽい爺さんが出て来て部屋に通されて...分厚い紙の束を持ってきてくれてな。パクパクっこれだ!...それが冒険者の名簿みてーなもんでさ...幸ってゲーム好きだろ?冒険者ギルドがあったら絶対入るって確信してたが、偽名とかもできるっぽいし期待半分で待ってたらな...一人だけ名前があったんだよ。ユキって名前で」
「......」バンバンッ(机を叩く音)
「わかったから机を叩くな。あと俺のアイスクリームを取り上げないで。ごほん、寒いところじゃ少ないがいない訳じゃない名前だと言っていたが、時期が召喚された日から約1週間...7日後に登録されている。しかも比較的暖かいアルティアという街で、だ」
「...ねぇ、もうそれって」
「ただそのユキ...ややこしいから仮をつけて仮幸は登録用紙に名前しか書いてない」
「え?でもそれは...あっ!」
もうほぼほぼゆっくんと決めつけてた私は、大雅が何故ゆっくんじゃないかもしれないと思っているのか。その不安要素になっているのかわかった。わかってしまった。
冒険者ギルドの登録用紙は日本には無い項目がいくつもの存在する。書かなくていいけど、書くとより安全な、その人に向いてる依頼を出しやすい。どの魔物と相性が良い職業なのかわかるから。
もちろん自分の力量を知ってる人とか、隠しておきたい事も人それぞれそれぞれきっとある。でもその中には日本の、ケータイなどの登録用紙にもある項目でゆっくんが絶対に書くであろう項目を知っている。
特にその項目は色濃く、穴が開きそうなほど濃く重ねて書いてたのは―――
「その仮幸は男女の項目を...書いていなかったんだ」
「っ!そんな...嘘でしょ?」
確かに...そんな項目があった記憶がある。でも、それならあり得ないはず。ゆっくんは自分の見た目がコンプレックスだったから。
中性的な顔立ちと低い身長、声変わりしていないかのような高い声で女の子と間違われる自分の容姿が嫌で...男らしくなるために家で毎日欠かさず筋トレしていたのを私はずっと視てきたんだよ?
男とちゃんと証明できる登録用紙の、男女の項目をしっかりと書くのはゆっくんにとってとても、重要で...書かないなんてあり得ない。
「本当だぜ?だから違うかもしれないという不安が大きくてすぐには言えなかった。期待させて違ったときの絶望感はヤバイから特にな。...んじゃま、知ってること話したし、寮に帰るぞ」
そう大雅は締めくくるとアイスクリームをペロリと一口で口に含み、ジュースを飲み干した。私がアイスクリームを最後まで食べられない事をわかってたのか、私の分も食べてくれて、支払いまでさせてしまって申し訳なく思う。
でも平然としてる大雅はその仮幸をどうするんだろう。答えが聞きたかった。
「ねぇ...大雅は仮幸の事をどうするの?」
今までになかったゆっくんの情報。リクセンク王国は頼りにならない。手に入れた情報は名前以外わからない不確定要素がたくさんある仮幸さん。それに――
「大雅は...ゆっくんの事をどう思ってるの?」
私はゆっくんが好きだから、本当に好きだから諦めないが、大雅はどうなのだろうか。
今思えばいつも殴られている...親友だから?
大雅は迷ったように視線をあちこちに動かし、頭を掻きながら学院の敷地前で立ち止まる。
大雅は言った。
「俺はな...今まで幸にしてきた告白はふざけてじゃない。全部本気だ」
「え...」
あの告白は、今までのが...本気だった?
じゃあ大雅って...
「言いたいことはわかる。性別だろ?わかってる。断られるとわかってるから、関係が壊れないようにおふざけと思ってもらってたんだ。だが、俺はよぉ...幸が好きなんだ。外見とか関係なくな。まぁ今は親友って気持ちの方が強いかな?んで、ここまでして探す理由はわかったか?」
「う...うん」
「それと今回の件についてだが、俺は仮幸が幸だと信じることにする。やらないで後悔するよりもやって後悔した方が良いからな。ま、動くのは学院の夏期休暇の時期になるだろうから落ち着いて考えろよ」
そう言って大雅は、ヒラヒラと手を振りながら「またな」と言って去っていった。
もう何がなんだかわからないよ。つまり大雅は幸が好きで、性別と言う名の壁があるから親友でいたということ?
明日からどう接したら良いんだろう...明日学院で必ず会うし......よし、胸に仕舞っておこう。ゆっくんは男だから今まで通りで大丈夫!のはず。
「はぁ...ゆっくんに会いたい」
その翌日、教室で会った大雅は「冗談だよ冗談!ひでぇ顔してたから別の事で頭を使えば紛れるかと思ったんだ」と言っていたけど私の読心術に無く、真偽はわからなかった。
1、9話を一部修正しました。




