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帰る者、後始末をする者



 初めてこのククリアの宿を見たとき、それは酷い有り様だった。壁や柱に使われている木材は腐ったりはしていなかったが、切り傷が至るところに存在し、門前に打ち付けられた看板は傾いている。そして壁を這うように伸びた謎の蔓が宿の印象をより暗く、ボロく見せていた。

 経営も赤字続きでその日食べる物にも困る日々。それに堪えかねた店主の獣人、猫人族のククはここを手放し、一緒に街を出ることを決めた。赤字で貯めた借金は全てユキが返済し、対価として獣耳と尻尾を存分にもふもふさせてもらう。その後、ククは宿屋を街を出る日に売り払うので、少しでも高く売れるようにと掃除をし、それにユキも手伝った。

 だから前に見た時よりもキレイになった宿は入りやすい外観となっている。チラリとゴミや汚れが無いか見回し、無いことを確認して満足そうに頷く。

 ユキは扉を開き、中に入った。


「おかえりなさいませユキ様」


「あ、ユキちゃんお帰りなさい。ご飯出来てるけど...血の匂いがする。もしかして怪我とかしてるの?大丈夫?」


 出入り口のすぐ近くで出迎えたのは紅の髪にルビーのように鮮やかな真紅色の瞳の人型スライム、スカー。テーブルで配膳しながらもユキに付いた血の匂いを嗅ぎとって心配してくるのが、黒髪黒目の猫人族、ククだ。

 ククに返答するよりも先にスカーが口を開く。


「ユキ様に傷を負わせる者などおりません。その血は返り血でしょう。ククさん湯の準備をお願いします。ユキ様、今日もお疲れさまでした。次からは私もお供させていただきとうございます」


「...そ、そうだね。接近戦の時、服に血がドバッてかかっちゃったよ。うん、この件が終わったら買い物にでも行こうか。ゆっくりしたいしね」


 嘘はついていない。どちらの血とは言ってないから。


 いつになるかわからないユキの口約束にスカーは嬉しそうな笑顔で頷いた。

 ククが配膳の手を止めて厨房へと入る。すぐにタライのような器に並々と入ったお湯を両手に抱えて持ってくる。沸かすには早すぎるので魔導具かなにかだろうか?気になったがよろよろと歩くククからタライを受け取るのが先だろう。ユキはククに近寄るとタライを軽々と持ち上げた。


「あ、ごめんね。ありがと」


「いやいや、こんな重いものを持たせてちゃって申し訳ないくらいだよ。お湯、ありがとね。部屋でぱぱっと血を落としてくるよ」


「重くないの?」


「鍛えてますから!」


 タオルを受け取った後、笑顔でタライを上下に動かして大丈夫アピールをしながら部屋へと向かう。途中でスカーが音もなくついてきたのでククのお手伝いを命令し、部屋の中へと一人で入室した。明かりをつけて近くにタライをそっと置く。

 服を全て脱ぎ、一旦〈アイテムボックス〉に仕舞う。最後に仮面を取ると産まれたままの姿になった。こうして見ると血がべっとりとくっついてるのがよくわかる。タオルをお湯に浸けて絞り上から下にかけて丁寧に拭っていった。


 満足するまで拭い終わり、新しい服に着替える。ローブも仮面も装備せず、スカーとククの待つ食堂へと足を踏み入れた。


「ごめん、待たせちゃったかな?」


「ユキ様、どうぞこちらの席へ」


「あ、大丈...どちら様でしょうか?」


 困惑した表情でオロオロとユキを見るクク。頭に?マークが見えそうな反応に苦笑いしながらスカーが引いた席に座った。向かい合うように座ったユキに、ようやく停止した思考が働きだしたようで、ククは唖然としながらユキを見つめた。


「え、まさかホントにユキちゃん?でも家の掟とかなんとかで見せられないんじゃ...」


「あー...あれね。実は...その...嘘、なんだよ。世の中何かと物騒じゃない?この容姿だと危ないから隠してたんだ。えっと、だから...今まで嘘ついててごめんなさい」


 ばつの悪そうに両手の人差し指をくねくねと交差させながら上目遣いに謝った。

 この世界でも群を抜いて綺麗な容姿のユキに上目遣いで謝られたククは口を覆うように手を被せて鼻を塞ぐと視線をあらぬ方向へと変える。わざとではないだろうが、同性だと理解していても胸がドキドキしてしまうほどの破壊力だった。

 それに、そんな不安そうな目で見られて言われたら許すしかないだろう。呼吸を落ち着かせてから話し出す。


「許すもなにもないよ。確かに見た目が良いとそれだけで厄介ごとが来るし、ユキちゃんの姿を見れば頷けるってもんだよ。それに...」


 そこで1度言葉を切るとポケットからハンカチのような布切れで鼻をかみ、改めてユキの視線に合わせる。満面の笑みで続きを話した。


「打ち明けてくれたってことは信用して貰えたってことでいいのかな?それだったら嬉しいね」


「...っもっちろん!改めてよろしくククさん!」


 ちょっとどもりながらも笑顔で返したユキ。顔を見合わせた今日、ククとの距離がまた縮まった気がするユキだった。 


「ユキ様、あーんです。ユキ様が好む食べやすい温度です」


「う、うん。ありがとうスカー」


「そうですね。せっかく作った料理が冷めちゃいます。いただきましょう」


 スカーの空気の読めない一言により、ようやく三人は夕食を食べ始めるのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「......ぅ、ここは?」


「ようやくお目覚めですか、ギルドマスター」


「...レミリィか」


 白い清潔なベットの上でギルドマスターが目を覚ます。まだハッキリしない意識の中で呟いた言葉は受付嬢のレミリィがしっかり聞き取り、呆れた口調で返した。

 ギルドマスターに水の入ったコップを差し出しながら言葉を続ける。


「ギルドマスターがボコボコの状態で気を失い、治療したのは夕刻の時間です。今の時刻は朝日が上るより少し早いくらいですね。この件につきましては新しい訓練魔獣のテストで起こった事故と処理させていただきました。その後の事務関係は副ギルドマスターが代わりに請け負ってます。泣き叫んでましたよ彼」


「お嬢ちゃんについては?」


「目撃者は少なく、今回の件に係わっていないことになりました。彼女、気配の消し方が上手いですから。最近では成長が早く、すでにCランク昇格試験への参加資格を得てます。ギルドマスターをボコれる実力もあると見てAランク冒険者の『ランカー』に入る実力者でしょう」


「何度もボコられた言うな。お嬢ちゃんの隠し玉が予想外に強力だったんだ。最後のなんて〈魔闘気〉で局部的に防いであれだからな。まともに入ったら風穴空いてる」


「ですが、最後の暴走したフリをやめればあんな簡単に突っ込んだりしないはずです。ノリノリで突っ込んで調子にのってるから痛い目みるんですよ。馬鹿ですね」


 痛い部分をつかれたギルドマスターは無意識に心臓の辺りを掴む。見られていたのか。


「んだよ。お嬢ちゃんの本気が見たかったんだよ。何故か〈狂化〉の危険性を知ってたんだし、利用するしかないだろ。寸止め無しの殺し合いで追い込んで見れば...とんでもねぇのが出てきたけどな」


「〈光魔法〉の回復に、身体能力を爆発的に上昇させる、ですか。二つ目のは代価がありますが、ギルドマスターを圧倒できるだけの力となると凄まじいですね。どの国も喉から手が出るほど欲しい人材です」


「ユキに関する情報は絶対に洩らすなよ」


「スリーサイズからよく行く屋台のお店まで言いません。墓にまで持っていきます」


 真顔で言い切ったレミリィ。


「そこじゃねぇよ」


 はぁ~、と大きな溜め息を吐きながら、ギルドマスターは壁に背中をくっつけて座った。

 受付嬢としては完璧にこなすのに自分に対しての当たりが強い。会話するだけでも疲れ、自分が一段と老けたようにも思える。これから頼む内容について考えただけでも、頭痛がする。散々に言われそうだ。


「まぁ、レミリィなら理解してるから大丈夫だろう。それよりも、だ。仕事の依頼をしたい。〈闇魔法〉である人物に関する記憶を周りから消してもらいたいんだ」


 仕事、という言葉でギルドマスターを見る視線が鋭くなり、威圧感が強くなる。だがこれはいつも通りの反応だ。


「20代なのに、40代に見える老け顔のギルドマスターに頼まれても受けたくありません。体が拒否反応を起こして鳥肌が立ちます。せめて美少女の口から依頼されたいですね」


 相変わらず人の気にしてることをズバズバと言い放ち、己の性癖を隠しもしない。だから今も独しー...やめよう。考えが読まれたら殺されてしまう。


「老け顔は余計だ。依頼人はさっきまで話してた嬢ちゃん、ユキだ。報酬は危険度Aの魔核。どうしても欲しいって前に言ってたよな?」


「......承りました。ユキちゃんのため、一肌脱ぎましょう」


 一発でOKが出るとは思わなかったギルドマスターは呆然としたが、表情を戻す。早く了承を得られたならそれでいいではないか、と。


「もっとなんか言われるかと思ったが」


 それでもつい口から本音が洩れる。


「ユキちゃんのためならやれます。とびっきりの美少女の頼みですから」


「顔、いつも隠してるだろうが。見たことあんのか?」


「勘でわかります。あの子はとても美味しそうだと」


「...そうか」


 聞かなかったことにしたギルドマスターは誰から誰の記憶を消すのか、依頼内容について詳しく説明していく。

 話し合いが終わったのは丁度朝の鐘が鳴り響いた頃だった。


   

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