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 何故ギルドマスターが怒りを抑えきれなかったのか。

 若い年下の女の子、しかも冒険者ランクDに負けたのがダメだったのだろうか。

 それともただ単に負けたのが悔しかったのか。

 考えても、それはギルドマスター本人にしかわからない。

 今考えるべきことはどうやって今の状況を打破できるか、ということだろう。


「ーーーーーーーーーーーーッ!ッ!」


 もう居場所がバレてしまっているので後退したいところだが、それを許してくれるような相手じゃない。人として出せる声の限界をぶち破り、咆哮をあげるギルドマスター。土壁を蹴り砕き、ジグザグに駆け上がる。幸いなのはギルドマスターの踏み込みに耐えられないような堅さの土壁なので、昇ってくるのが遅いことだ。


「もうやだ!あのゴリラはなんなの!?頼みに行くのを決める試合が命懸けの死合になるなんて聞いてないよ!」


「ーーーーーッ!!!!」


「人語を喋ってよ!!」


 ユキは愚痴を溢しながらも現状の解決方法を考える。

 ここで仮にユキが隠れられてやり過ごすと、外に出てしまった時の被害が心配だ。自分で始めたことに他人を巻き込むつもりは無い。なので適度に距離をとり体力が尽きて気絶するのを待つか、無理を承知で物理による意識を刈り取る方向でいくか、このニ択を思い付いた。どちらも頭を抱えたくなる。


「殺さないように倒すと言っても、まともなダメージが入るかどうか心配だしな...せい!」


 その間にも接近してくるギルドマスターをただ見ているだけのユキではない。〈光魔法〉レベル2『天使の子守唄』で寝てもらおうとしたが、ステータスのMDF値が高すぎて効かなかった。

 過剰に注ぎ込んで硬くした『ストーンバレット』を投げても物攻と物防が高く、退かすように弾かれる。

 野生の獣と考えてみて、火を怖がると思い付く。〈火魔法〉Lv1『ファイヤーボール』からLv5『灰灰炎業』までを一通り撃ち込んでみたが、少し警戒するだけでギルマスは避けるか殴り散らすかして元気に駆け昇ってくる。開いた口が塞がらないくらいユキは唖然としたまま思考する。

 ギルドマスターのステータスは体感的に狂化前が最低1.2倍の差だと考えて、狂化後は1.7倍の差となる。狂化前に比べてもステータスが1.5倍になっているギルドマスターはユキよりも数段高い身体能力が備わってるのは間違いない。


「は、ははは...ま、まだ奥の手くらい持ってるし?怖くなんか無いんだからね!」


「ーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


「ひっ!ごめんなさいやっぱ怖いです怖いですよ!」


 まだ己には策があると心を奮い奮い起こして威勢を張るが、距離を半分以上詰められた状態での咆哮は恐怖を駆り立てる。効かなかったら後が無いのだ。

 ユキの太股より大きい太腕は血管が浮き出て赤く脈動を繰り返す凶悪な兵器だ。あれに殴られたら...そう思うと足が震えて逃げ出したくなる。

 何故こうなったのかと考えて、思い出す。自然と震えは止まった。


 闘ってる意味は、一人の女の子を助けたいからだ。貰った恩を返すには、生きていてくれなきゃ返せない。


 体は女でも、心は男だ。身近にいる女の子一人を救えないで、何が男だろう。

 大丈夫だ。この体は、元の体よりも無理を押し通すだけの力を持ってる。


「『リジェネ』、『ヒール』、『ヒール』、『ヒール』...」


 〈光魔法〉Lv3の『リジェネ』で自然治癒力を強化し、Lv1の『ヒール』を体に繰り返し発動する。温かく優しい光がユキを包み込み、恐怖心も薄れていく。

 〈再生〉という強力な回復の上に重ねてかけられたそれはギルマスの即死級の物理攻撃には無意味に思えるかもしれない。しかし、これはただの前準備。これからすることは、そうしなければ体が壊れてしまうからだ。


「ふ~...」


 肺に残る空気を吐き出し、心を落ち着かせて瞳を閉じる。

 ギルドマスターが土壁を壊す音も、叫びも、外の音はもう何も聞こえない。

 自分の内側、心臓から流れる血を感じ、そこに混じった魔力を感じる。

 心臓はタンクで、魔力は水だ。出ているのは蛇口からで、意識すれば出る量を調整できる。

 しかし、流れ出た水を手で動かそうとしても指の間から溢れてしまい、溢れた魔力は魔力は無駄になってしまう。だからホースという道を作り、魔力の欲しい箇所へと誘導するイメージだ。攻撃系の魔法は手、地面、空気中など周りの空間にホースで魔力を送ることによって発動できる。

 そうして〈魔力操作〉を獲得し、筋肉や骨などに魔力を注いで強化を繰り返し、遂に〈魔闘気〉を会得したユキ。その時に見つけた方法。


 限界を超えて魔力を注ぐこと。


 〈魔闘気〉は強化に一定の制限がある。肉体に魔力を注いで力を増すが、魔法のようにはいかない。肉体は安全に上げられる量には限界があるのだ。いわば体は器。例えると風船に水を入れるようなものだろう。膨らみすぎると脆く、壊れやすい。でもこの安全なラインを越すことでさらに力を上げることができる。

 ただ代償があり、回復無しではしばらく動けない、もしくは気絶してしまう。その時は〈再生〉があったから起きる頃には傷一つ無いキレイな状態だった。


 ただ今回は狂化ゴリラがいる。相手を討ち取る(気絶)されるまで油断は出来ない。

 順調に魔力を全身へと巡らせて徐々にその量を増やしていく。脳、顔、骨、臓物の類いは安全なラインで魔力強化。筋肉だけをさらに魔力を注いで強化していく。

 危ない、マズイ...そんな警告が頭に浮かぶが、あの戦車のようなゴリラにダメージを通すにはこれくらい越えないと無理だ。残りの魔力量のこともある。一撃で終わらせたい。

 なら負のイメージはいらない。あのバーサクゴリラを倒せる、いや、圧倒するイメージをしよう。中二チックな言葉でユキは唱えた。


「己は最強。何者にも負けず、何者にも屈しない。常に勝利を掴み、歩み、立ち止まりはしない。

 静寂と共に歩み寄る者。生者も、死者も、その者の前には意味を成さない。全て平等に死を贈る。

 後ろの骸が積み重なる度に、前の光は消えた。

 そこに感情など一切不要。己は動く生者の魂を刈り取る者なり。死者の魂を喰らう者なり。

 その血を啜ろう。命を啜ろう。魂を啜ろう。

 死神は底なしの飢えを満たす」


 まるで唱えた言葉通りの人物になるように、自分に言い聞かせる。

 ユキはゆっくりと、瞼を持ち上げ、瞳に光を入れた。




「ーーーァアァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 ユキの前方、やや右にずれた位置に作られた土壁を蹴り崩してギルドマスターが襲いかかる。上手く力を乗せて跳べないとはいえ、15m程の距離は届く範囲内。一直線にユキへと迫った。

 殺れる、と確信したバーサクゴリラは...開いたユキの瞳と目が合った瞬間、背筋が凍るように悪寒が襲う。まるで抗えない者と出会ったかのように恐怖したのだ。獣とは別物の、碧眼に光る感情を感じさせない瞳に。

 逃げようとしても、空中に飛び出した後では逃げられない。先程とは違う恐怖の混じった叫びをあげながら、拳を握り締めた。




 ユキはまるで悟りを開いたかのように、心が穏やかだった。

 周りの音が聞こえ始め、普通の人が動く速さで接近するギルドマスターを瞳に捉える。〈魔闘気〉で耳は相手の音を聞けるように、眼は動体視力が強化され、脳は入る情報の処理能力が上がった。

 なのでギルドマスターの声も、動きも、普通の人と変わらないように感じることができる。バーサクゴリラの本能からくる恐怖心も手に取るように理解した。


 極太の、降り下ろした右腕を気にも留めずに、ユキは一歩前へと右足で地面を地面を蹴る。それだけで土壁の半分が消し飛び、ユキの視界はバーサクゴリラの懐に移動した。バーサクゴリラにしたら一瞬で土壁ごと消えたように見えただろう。目が動かないので反応しきれてない。魔力で強制的に限界を越えさせた力はバーサクゴリラを越えた。

 しかし、もう右足は使えない。踏み込んだ右足は太股から下が、内側から爆発したかのよう破裂した。腱は切れて、肉が裂け、骨がひび割れる。血も服を破って飛び散ると辺り一面に飛び散った。辛うじて皮と骨で繋がってる状態だった。〈再生〉と回復魔法が修復するが、しばらくは使えないだろう。

 当然右足から激痛が走るが、ユキは眉一つ動かさない。次の行動に入る。


 左腕を後ろに引き力を溜め、力が全て伝わるように左足を動かす。体を捻って力を乗せて最大の威力になるように位置調整をし、拳を前へと突き出した。狙いは鳩尾。

 腕が伸びきり、力が最大限伝わる状態でバーサクゴリラの鳩尾に寸分違わず直撃した。ドゴン!と人と人の接触では出るはずのない音が鳴り響くと周囲の土壁が崩壊、バーサクゴリラは音と共に吹き飛んだ。背骨が折れて体がくの字に曲がり、すい臓を含む数個の臓器に深刻なダメージを与える。意識は殴られた時からすでに無かった。


 立ち並ぶ土壁を突き破りながら減速を始めたがユキは最後まで結果を見ることは出来なかった。全身の筋肉は裂け、酷いところでは破裂し、右手以外は指一歩動かせない。吹き出る血を眺めながら地面に向けて落下する。

 地面に頭から落ちたが右手で上手く力を逃し、仰向けに大の字で転がった。本当なら意識を手放して気絶、痛みで覚醒するような激痛が全身に走っているのだろうが、幸いにも感覚が麻痺して右腕以外は感覚が無かった。

 心臓の動く音が耳元で鼓動を打つかのように聞こえる。途中からそれ以外の音も聞こえてきた。


「「「キャアアアアアアアア!!」」」


「なんだよおい!壁から頭が飛び出てきたぞ!!ん?っ!ギルドマスターだー!」


「はぁ!あの『血濡れ熊』!?現役のAランク冒険者でも指折りの実力者だぞ!」


「出てきたのは...第2訓練所か?揺れやら何やらはギルドマスターが暴れて鬱憤を晴らしてると思ってたが、まさか決闘でもやってたのか?確か、領主の屋敷の結界より弱いくらいの結界が張られているはずだったが...この人にはあんま意味ねぇか」


「でもよ。この街にギルドマスターを倒せる高ランク冒険者はいねぇぞ。てか知らねぇ。行ってみれば解るが...慎重に行こう。...ふっふっふ、もし上手くいけばクランに...」


「落ち着いてください!先ずはギルドマスターの治療を!意識不明の重体です!誰か教会に急ぎ司祭様を呼んでいただけませんか!原因はこちらで調査しますので第2訓練所には近づかないで下さい!!」


 どうやら土壁では完璧に減速出来ず、建物の壁にぶち当たると張られていた結界を突き抜けてさらに飛び、冒険者ギルドの受付あるフロアに頭だけ出してやっと止まったらしい。ここまで騒ぎが聞こえてきた。


「...こ...れは、あっ!くぅ!...まず...い...」


 このままではいずれ冒険者ギルド職員がこの部屋に来てしまう。だが逃げるにも疲弊しきった体は回復し終えていない。後3分は最低でもかかるが、麻痺していた感覚は戻ってきている。マグマに浸かされているのではないかと言うくらいに熱い痛みに襲われる。涙をポロポロと流しながらユキは堪えた。

 やがてドタドタと足音が耳に届く。


「誰かいまって何なんだこの惨状は!?しばらく使い物にならないじゃないか。ギルマス倒した御仁は...乱立してる壁が邪魔だな。手分けして捜そう」


「わかりました」


 幸いにも魔法で作った土壁だらけのフィールドのお陰で居場所はバレていなかった。

 慎重に捜す彼らに見付かるよりも早く体が回復し、動けるようになる。歩腹全身で訓練所の壁まで寄り、地面に穴を穴を空けて脱出することに成功した。

 

 出られた場所は路地裏で、すぐに抜けた穴を穴を埋める。そこでやっと一息つくことができた。


「うっわ、他から見たら重症じゃないボク?」


 返り血じゃない自分の血で染まる服は、普通なら致死量の血が流れたことが一目でわかる。こんなところでは着替えられないので、とりあえずは上に羽織っているローブを新品に替えて見た目は清潔感ある姿に変えた。

 身嗜みを整え、落ち着いた。そうなると考えるのはゴリ...ギルドマスターについてだ。


「重体って言ってたけど、あんなことでギルドマスターが死ぬとは思えないからきっと大丈夫。明日会いに行って、動けなさそうなら回復させてでも約束は守ってもらおう。うん、これからのことは明日にしよう。疲れた...ん~っ、ふぅ」


 今行ったとしてもギルドマスターは治療中なので会えないことは容易に想像がつく。なら明日、見舞いと称して会いに行くのがベストだろうと考えた。


 予定も決まったところで、ユキは立ち上がる。回復したての凝り固まった体を伸ばしてほぐした。その時に空を見上げると、夕暮れに染まった空が屋根と屋根の間から見えた。ただでさえ暗い路地裏は夜のように暗く感じる。

 この時間帯は仕事帰りの住民が夕食を食べる頃合いで、良い匂いが鼻をくすぐる。


 く~~


 お腹が空腹を伝えてくる。帰ろう。


 ユキは大通りに出て帰路につく。いつの間にか、見慣れた大通りを歩いて。



  

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