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野生に帰り始めたゴリラは勝利しても止まらない



 ゴリ...ギルドマスターが動き出したのは3分以上あとのことだった。


「......っ!ゴホッ!げほっ!ひゅーはー。ぢょいど喉をやられぢまっだな。肺にはいっでねぇようだが...ゴクッゴクッゴクップハー!んっんっ。よし、良くなってきた」


 なんとも聞きづらい掠れた声でぶつぶつと喋りながら中級の回復ポーションを飲む。中の液体を全て胃に流し込んだギルドマスターは目に見える速度で傷が癒えた。どうやら【アイテム袋】は無事だったらしい。

 あー、あー、と声の調子を戻し終えたギルドマスターが深呼吸をするかのように息を吸いー


「ウォオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッゴホッゴホ!!」


 大気が震えそうなほどの大声をあげて、噎せた。

 ウのあたりから耳を両手で塞いで守ったユキがギルドマスターに冷たい視線を送る。


「自分とやり合える者に遭えた嬉しさと、負けたことによる悲しみと、悔しさ。そして怒りを叫んだんだが...わかったか?」


「わかりませんし理解も出来ませんよ。それに急に叫ぶのは耳に悪いんでやめてください。迷惑です。獣が雄叫びをあげた、みたいにしか見えません」


「ひでぇ言われようだな......まぁ木剣を灰にして手に持っていないという考えはよかった。だから負けは負けだ。となると0-1で俺はもうあとがねぇ。ランクDだと、ちょいと舐めて掛かったのが悪かったぜ。見たところ、少なくともお嬢ちゃんはBランク並の実力はある。登録前は高名な魔導師に弟子入りして教わったのか?」


 そんなことを聞かれてもユキは答えようがなかった。この異世界に来てからというもの、ユキは全て独力でこなしてきた。最初にスキルを奪えたおかげで、剣も、魔法も、まるで体が覚えてるかのように動くし、ある程度コントロールもきく。〈加護〉も付いてるのでレベルも上がりやすい。

 しかし、それはあくまで技術を奪えたからで、0からスキルを鍛えた訳ではない。

 ましてや、ローブを着た威厳のありそうなおじいちゃんに教えて貰った訳じゃないのだ。だからユキの答えは決まっている。 


「生きるために頑張った結果。それだけですよ」


 答えてくれないか、それとも噂に聞く魔導師たちを挙げるのか、そう思い浮かべていたギルドマスターは予想外の返答にキョトンとした顔でユキを見た。


「生きるためか...はは、そうだよな。誰だって生き延びたいから強くなるんだよな。それが普通のこと、か」


「はい、普通のことです」


 穏やかな声色で確認をとるかのように言葉を重ねるギルドマスター。そして、ひとつ頷くとギルドマスターは壁から木剣を一本手に取り、ユキに剣先を向けた。


「なら俺が持つ全力をもって相手しないと失礼だよな。ユキに俺の本気をぶつかる。覚悟は良いか?」


「はい...?」


 今、この男はなんて言ったの?

 全力を、本気を出すって言わかなかった?

 ......おかしい。話の流れ的に的におかしいぞ?強くなった理由を話したら本気になっちゃったんだけど、別に本気を出してほしくないのですが...ダメですね。ギルマスの目が血走ってる。ステータスを視ても名前の横に状態異常で狂化(弱)が付いてるってことは、〈狂化〉のせいで理性が薄れて都合のいい解釈に至ったのかな?

 なんて迷惑な話なんでしょう。


「あの、ギルドマスター?ボクは本気を出してくれない方がとてもいいのですが...」


「ハァ...ハァ...遠慮しなくてもいいんダ!生きることは弱肉強食の世界で勝っていくこと。生物本来の生き方!これに手を抜いた自分が恥ずかしイ!ユキだって今までのが本気ではないだろう!?さぁ全力でブツカリアオウ!」


「だめだこりゃ」


 もう言葉まで怪しくなったギルドマスターにユキは呆れたため息を吐く。そんなユキをギルドマスターは気にせず腰に着けた【アイテム袋】に荒々しく手を突っ込むと金貨を5~6枚ほど取り出し、1枚以外はいらないようでその辺に投げ捨てた。

 呼吸も荒くなり、充血した瞳をユキに向ける。ユキは鳥肌が立った。

 ギルドマスターは金貨を指で弾くことなく、上に投げた。キラキラと光に反射する黄金を見つめながら、もう何を言っても通じないだろうギルドマスターを視直す。


 【 狂化 】


 一定の怒りによって発動し、ステータスを1.5倍に上げる。

 デメリットに状態異常で狂化が付与される。(自力で戻るか、意識を失うとステータスが戻り、状態異常の狂化が消える)


 ただでさえステータスが不利だったのに、さらに上乗せされて絶望的な状況だ。だが、負けるつもりはない。負ける気でいたら本当に負けてしまう。勝つ気でポジティブに考えよう。


「だだだだいじょうび。ボクは負けにゃい。ああれはゴリラだよ。ただのゴリラ。ゴリラに、ボクは、負けにゃい」


 動揺が抑えられないが、準備はできた。

 金貨が地面に触れた瞬間、ギルドマスターが地面を踏み砕いて接近するのとユキの魔法による土壁が四方八方いたるところに発動するのは同時だった。

 盛り上がる地面からボコボコと壁が形成される。ユキとギルドマスターの間に作られた土壁は全部で10枚。2枚は間に合わず通り過ぎて、3枚目からギルドマスターが進むのを妨害する。


「ジャアアアマァアアアダァアアアアア!!」


 1回戦と変わらない堅さの壁を、苦なく体当たりでぶち壊していく。


 ドゴォ!ボゴォ!ドゴォ!! 


 2枚3枚と破壊する音が響き渡る。姿は見えないが、進む速度は一切緩まないのは〈気配探知〉でわかった。見えない敵があと7秒で遭遇することになる。もちろんユキは棒のように立ち止まらず左に走る。

 ギルドマスターとは違い、〈隠密〉の『忍び足』で音を立てずに素早く移動しつつ、〈土魔法〉『アースウォール』でどんどん壁を増やしていく。


「ドォオオオコォオダァアアアアアアアアアア!!!ユゥキイイイイイイイイ!!」


 きっとユキが始まったときに立っていた場所についたのだろう。辺り壁だらけのここでは簡単にユキを見失い、探す叫びが壁に反響してうるさい。

 ユキは気にせずに土壁が発動時に上がる力を利用して上に上昇する。9mを越えたあたりで全ての土壁を全体的に見ることができた。

 一定の間隔で形成された土壁が見えたことでギルドマスターの居場所も簡単にわかった。土壁を避けることなく壊しながら進んでいるようで、今もバタバタと倒れる土壁辺りに居るのだろう。

 土壁の上を跳んで移動し、見つけた。


「フーッフーッ!」


 どんなに壁を壊してもキリがないと思ったのか、一度立ち止まると鼻息荒く周りを睨むギルドマスター。音、変化を見逃さないようにするその姿はもはや野生に帰った獣のようだ。


 ユキは左手に木剣を持ち替え、右手に拳大の石を作りだす。全身に魔力を巡らせて筋力を底上げし、全身を使って投げる。

 ドン!と鳴りそうほどの速度でギルドマスターの持つ木剣を狙いに定めて放たれる。寸分の狂いもない見事な投球が吸い込まれるように手の近い剣身にぶち当たった。

 ギルドマスターを狙っていないので〈危機察知〉も発動しなかったのだろう。ギルドマスターは手に伝わる衝撃に対応しきれず、弾き飛ばされた木剣が宙を舞う。へし折れた木剣がカランカランと音を立てて地面に転がった。


「よし!この勝負はボクの勝ちですよ、ギルドマスター!」


 魔法で木剣を落とすとは違う気がするが、投げた物は魔法で作り出した物だ。なら問題ないとユキは思い、勝利宣言をギルドマスターに送った。


「......?あれ?ギルドマスター?」


 待てども返答が返ってこないことに、訝しげにギルドマスターを見つめるユキ。

 小刻みに震える体を抱えるギルドマスターが一瞬だけユキに視線を送ると、呟いた。


「...ゴメンな。逃げろ」


「え?ギルマ...」


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!ーーーッ!ーーーーッ!!!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」


 呟かれた意味を問おうとしたユキの言葉は、ギルドマスターの叫び、いや、もはや咆哮と言っていいだろう。鼓膜が破れそうなほどの言葉にならない大声をあげる。知性の欠片もないそれは、ギルドマスターの理性が狂気に呑まれたことを如実に語る。


 人が出すにはあり得ない声量を直に聞いてしまったユキは周りの音が何も聞こえない。耳鳴りのする脳内でギルドマスターの言葉の意味を自分なりに解釈を入れて考える。文面はだいぶ違かったが...


「やっべ超苛つくわ~。駄目や抑えきれん。だから逃げてね」


 ユキなりの解釈を入れた文で構成されたギルドマスターの言葉は軽い感じだ。そしてとても苛つく言葉遣いだ。

 だがギルドマスターが伝えたかったことはこれでもちゃんと理解できる。

 つまりこういうことだろう。


 ギルドマスターが理性なき獣、バーサクゴリラへと進化しました。




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