三本勝負の決闘
その場所は半球型の直径約100mという広い部屋だった。天井には照明用の魔導具によって隅々まで照らし、部屋全体がよく見えた。
出入口近くの壁には木製武器が半分、残り半分は刃が潰れた安全な武器が立て掛けてあった。キズやへこみなど実際に使われているそれらは日頃冒険者達に使い込まれているのがわかる。
反対側には的や人形など、おそらく弓や魔法の練習のために設置されている。今まで見たことがなかった訓練場は想像通りだった。
きょろきょろと周りを調べていたユキは仁王立ちで待ち構えるギルドマスターに視線を合わせた。場内の事はひとまず置いとくとして、今やるべき事は目の前に立つ男を倒すことだ。思考を切り替える。
「ルールを教える。木剣による3本勝負。先に2本取った方の勝ちとする。当たり判定は木剣を首から上の頭と心臓あたりに触れれば1本だ。でもお前さんは見たところ魔法職っぽいしな...んじゃ魔法でこの木剣を落としたら1本としよう。それでいいか?」
「大丈夫です!」
離れている距離は約50m。少し大きめの声で返答し、頷くギルドマスターに〈鑑定視〉を発動する。普段はマナーとかプライバシーとか考えて自重しているが、今は言ってる場合じゃないので抵抗はない。
脳内に表示されたステータスを元に対策を立てる。
名前 バガルドム
種族 人族
年齢 29
性別 男
職業 狂戦士
Lv 53
HP ???/???
MP ???/???
STR ???
DEF ???
AGI ???
DEX ???
INT ???
MDF ???
〈 特異スキル 〉
剛力
〈 スキル 〉
剣術 Lv 7
槍術 Lv 6
盾術 Lv 7
魔闘気 Lv5
回避 Lv 6
危機察知 Lv7
腕力上昇 Lv5
身体能力上昇 Lv7
狂化
〈 称号 〉
無自覚の威圧
ゴブリン殺し
蟻殺し
筋肉を愛し、愛された者
アルティア支部ギルドマスター
〈 装備 〉
武器 - 木剣
...なんか、見たまんまのステータスで驚きが少ない。身体能力値はレベル差でわからないのに、予測できそうなスキル構成をしている。もはや脳筋ステータスだ。絶対に筋力が高い。
それでもAランク冒険者にまで上がった男だ。場数を踏んで経験は豊富だろうし、スキルレベルも高い。不利なことには変わらないのだ。
スキルを視るからに接近戦が得意そうなので近づくのは極力避けよう。一定の距離を保ちつつ、魔法で攻めていくことに決めた。
「よし!ならばこの銀貨を上に弾き、地面に触れれば開始の合図だ。いくぞ!」
ギルドマスターの手から白く光る銀貨が上がった。
静かに闘志を燃やしながら魔力を全体に巡らせ、いつでも魔法を早く発動できるように準備をし、右手に持った木剣を構えて、注意深く相手を観察する。
ギルドマスターから発せられる圧力をピリピリと肌で感じながら開始の音を待った。
弧を描いて落ちる銀貨は丁度ユキとギルドマスターの間だ。
くるくると回る銀貨が落下を始め...
キッードン!!
落ちた瞬間、金属音が鳴る音を被せるかのように爆音が鳴り響いた。発信源はギルドマスター。銀貨の落ちた音ではなく、触れた同時に踏み込んだ音だった。あの巨体があり得ない速さで加速し、ユキに迫る。
地面を揺する程の衝撃が足に伝わり、たたらを踏んだユキは遅れて魔法を発動した。
地面から石のように固まった鋭い土の槍がギルドマスターを襲う。それも1本だけではない。横に並んだ槍は身を捻らせても避けられない幅でズラリと10本が襲いかかる。
「ほう、魔法の展開が速いな。なかなかいい角度に発動してるが、このくらいじゃ止めることはできんぞ!」
目の前に迫る『土槍』に笑みを浮かべるギルドマスター。止まるどころかさらに力強く踏み込んで加速すると上に跳んで避けた。ここまでで1/3ほど距離が縮まっているが、まだ焦るほどではない。
ユキは冷静に次の魔法を発動する。
跳んだギルドマスターの前に『アースウォール』で壁を作る。魔力を通常より加えたことで鉄に近い堅さだろう。このままいけばギルドマスターは顔面から激突するが、当然そんな簡単にはいかない。
ギルドマスターから魔力の放出を感じとる。おそらく〈魔闘気〉で身体能力を強化してぶち破るつもりだ。
これも予想通り。土壁を壊される前に次の魔法で罠を作る。
「ふん!」
後ろに下がりながら土壁を壊されるより先に魔法が完成し、罠を仕掛けられた。それと同時に土壁が崩れ落ちる。破壊音を響かせながらギルドマスターが飛び出てきた。
そのまま地面に落下し...
「っ!ハァ!!」
地面に広がる無数の針に驚愕し、即座に魔力を足に集中させて対応した。靴底と接触した針は少しだけ抵抗してからパキパキと折れる音がユキの耳に届く。〈土魔法〉レベル4『針床殺穿』は正方形に直径20mを針山の如く地面から針を出す魔法だ。どちらかと言えば動きの妨害が用途だが、一度バランスを崩せば全身に刺さるので飛べない者には威力大。
それなのに通用しなかったかと肩を落とすが、足に〈魔闘気〉を集中しているために他の部分への攻撃が通りやすくなっているはずだ。
その結果に些か残念がるユキだったがむしろ好機と捉えて次の手を考え、実行する。
「これも防がれたらショックを受けますよ、ギルドマスター」
右手を上に移動しつつ、ユキは笑みを浮かべた。
ユキのINTと過剰魔力による再生力が増加された針床に、足を慎重に動かしながら進むギルドマスターが頭を上げると...顔がひきつり冷や汗が頬を流れた。どんどん膨らむにつれて、ギルドマスターの所持するスキル〈危機察知〉が脳内に警鐘を鳴らした。
それが意味をする事は、この攻撃をまともに受ければ少なくないダメージを受けるということだ。
掌の上に直径2m以上の炎を今も膨らませながら、ユキは笑顔で言い放つ。
「木剣が手から離れるということは...灰にすれば持ってないも同然ですよね♪」
「なんだとぉおおおおお!!」
思い切り泣き叫んで産まれ、育った29年間。
ギルドマスターは心の声を叫びながら炎に包まれた。
〈火魔法〉レベル5『灰灰炎業』。呑み込み燃やし灰に還す。炎球が当たり、膨れ上がった炎に呑み込まれたギルドマスターが現れたのは10秒も経たなかった。
姿を見えたギルドマスターは服のほとんどを焼かれて半裸、だがその肌には火傷が数ヵ所しか見当たらない。すごい魔法抵抗力なのだろう。しかし肝心の木剣は灰に散り、煤で汚れていた肌は浅黒く変わっていた。
残った服と、浅黒い肌、筋肉のついた大きな体。
見た目がゴリラにグッと近づいたギルドマスターにピースサインを見せつける。
「ボクの一本先取ですね」
周りに知り合いが1人もいないのは不安をより増しますね。