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巻き込まれないように



 この世界の貴族が罪を犯し、処罰されるとしたらどんな刑になるのか。


 財産の没収、爵位剥奪、国外追放、死刑...


 まだあるかもしれないが、知っているものではこのくらいだろう。王政の支配領土のこの地域で、デブァーラの刑は決して軽くならない。税は各地域の領主が決めることなので罪にはならないのだが、デブァーラは犯してはならない事が圧倒的に多いのだ。


一つ、国が禁止している違法な薬物の売買。

一つ、裏取引による違法奴隷の入手。

一つ、領民の監禁、および殺人。

一つ、国への納税の偽証、国から送られる防衛費などの横領。


 これは証拠資料の一部のみを抜いて挙げたものである。今挙げた罪の一つであったとしても爵位は消えるのだ。だからデブァーラは死刑となる可能性が非常に高い。民への見せしめとして公開処刑だろうと考えられる。


 ここまでは別に問題ない。むしろ大喜びする。

 憐れみ?同情?そんなものは欠片も心には無い。

 だが、大切な娘さんが巻き込まれるなら別だ。


 カテリーナ・ロルムト伯爵令嬢。彼女がどう生きてきたのか、それは国には関係ないことだ。爵位剥奪ならカリナは一人でも生きていける強さを保持しているし、冒険者資格があれば今まで通りにパーティを組んでいける。

 でも心配なのは一族全員が処刑となることだ。とても憎たらしいことに、デブァーラは悪事の幅を広げすぎて一人の命では償えないくらいの多さで、近い親戚の方々を含めた血縁者全員にまで及ぶ可能性がある。というか高いのだ。それじゃ困る。

 だから権力のありそうなギルドマスターに頼ったユキだったのだが、キッパリと、ハッキリと、無理と言われてしまった。


 ならどうする?と考えたユキはカリナを拐って遠くへと逃げる案が浮かび始めた。


「まぁ、なんだ。カテリーナ・ロルムト伯爵令嬢を救ってやりたいとは思ってる。ただな、あれだけのことをした貴族がどうなるのか何度か見たことがあるが...悲惨なものだ。小さな子供でも容赦しない。だからそこに例外を作ることは国としても無理なんだ」


 表情を変えないまま、ギルドマスターは淡々と事実だけを話した。それが国では、この世界でも当たり前なのかもしれない。だけどユキは諦められる訳がない。付き合いは短くてもカリナはユキにとって仲間だ。

 だからギルドマスターに証拠資料を渡さない。


「交渉決裂ですね」


 立ち上がったユキをギルドマスターが慌てたように呼び止める。


「まぁ落ち着け。俺は貴族のカテリーナ令嬢は救えないが、冒険者としてなら救えなくもない」


「...それはどう言うことで?」


 意味を理解できず、ギルドマスターに質問をした。

 それにギルドマスターはニヤリと山賊の頭が悪事を思い付いたような笑みを浮かべる。


「デブァーラには娘がいたが、体が弱く、つい最近に亡くなった。名前はカテリーナ・ロルムト伯爵令嬢だ。だが冒険者ギルドにいるカリナは別人、つまり平民な訳で...カテリーナ様とは何も関係がない赤の他人。Cランクの冒険者って訳だ」


「それ、作戦が穴だらけじゃないですか」


 聞いて損したと肩を落としたユキに、ギルドマスターは続きを語る。


「まぁ待てって。カテリーナ・ロルムト令嬢は産まれたときに公表されてないから顔を知ってる人はほとんどいないし、噂も無い。誰もデブァーラに子がいる事をほとんど知らないんだ。街で会うのは冒険者のカリナの方。つまり、顔を覚えてる人、デブァーラと盗賊衛兵からカテリーナの記憶を無くせば誰も知らない訳だ」


「記憶を消せないじゃないですか。...は!まさか、奴等を口封じとしてこれ、ですか。任せてください、屋敷に着きしだい30秒でヤっちまいますよ」


 話を聞き終えたユキは問題点を指摘して、すぐに方法を思い付く。驚いた顔をしながら親指で首を切るジェスチャーをしたあと、一転、キラキラした眼でギルドマスターに迫る。自信満々に任せろと己の胸を叩いた。

 頼ってもらって嬉しい子供のようなしぐさで思わず撫でそうになるが、言ってることは物騒だ。


「おっと...違うぞ?いや良い手だとはだとは思うが、今回は〈闇魔法〉で事を進めるつもりだ」


 ギルドマスターはユキの頭に伸ばしていた手を引っ込めながらユキの方法を否定し、別の方法を挙げた。


「〈闇魔法〉?そんな洗脳みたいなことができるんですか?」


「ああ、できる。魔族では人型の半数は所持していてなかなか厄介な魔法だ。闇は心を染めるってな。まぁ人の内面に作用する魔法が多い。だが魔族だけの魔法じゃない。人族にも稀に扱える者がいるし、国も重宝してる。なんせ拷問いらずで情報を引き出せるからな。詳しく知りたきゃ自分で調べてくれ」


 言われてみれば、〈闇魔法〉の『ナイトメア』は夢の中とはいえ好きにいじることができる。これもある意味では洗脳みたいなものだ。

 寝ている人の親しい者が陰口を言ってる夢を見せたとしよう。最初は夢だからと考えるだろうが、続けば親しい人でもだんだん疑うようになる。正夢じゃないかと心から信用できなくなるだろう。だがこれは誰しも少しは持つ感情だ。

 一番怖いのはあらゆる手段で殺される夢だ。そんなのを見続けたら精神がおかしくなる、もしくは壊れる。

 だから夢を術者の好きなように設定できるのはなかなか恐ろしいものだ。


 そう考えると〈闇魔法〉は危険な魔法だが、この場合は使える魔法だ。


「わかりました。つまり〈闇魔法〉を扱える者がギルド側にいるんですね」


「その通りだ」


 ようやく理解したユキはソファーに腰を下ろす。ギルドマスターはカリナを諦めていなかった。挙げた策はハッキリと言えば不安だけど、常に周りを警戒して怯える生活よりも、お日様が照らす明るい場所で暮らしたい。

 なら協力しても損は無いはずだ。


「...ありがとうございます。すべてが終わったら、この不正資料は必ずお渡ししますよ。でもその人は協力してくれますか?」


「あー...それなんだが、ちょいと面倒な性格していてな。いや、性格っつーよりも性癖か。嬢ちゃん、何もしねーから顔を見せてくれねぇか?別に怪我で隠してるんじゃないだろ?」


「い・や・で・す!話の流れ的に身の危険を感じますから」


「ま、そうだろうな。でもあいつが好みそうな女性は今いないし...よし、それなら勝負しないか?模擬戦による決闘をな。俺が勝ったら顔は見せなくてもいいからユキはあいつのいけに...頼みに行け。ちなみに察してると思うが相手は女の子好きの女性だから」


「...じゃあボクが勝ったら?」


「お兄さんが一肌脱いでやる」


「おじさんの体を見せつけられるのはちょっと...」


「そのまんまの意味で受けとるなよ!それに俺はまだ29歳だからおじさんじゃないからな?そこんとこわかってるよな?」


 ごめんなさい、禿げてたし老け顔だったから結構いってる歳なのかと思った、とユキは口から出かかったが寸前でやめた。ここで本音を言っても機嫌を損ねるだけで良いことがなにもない。


「その何か言いたげな顔で俺を見るなよ。それよりもお前さんが勝ったらだが、俺が説得に行こう。貴重な、とても貴重な魔核を渡せばなんとかできるさ...」


 遠くを見つめるように上を向いたギルドマスター。眉を眉間に寄せて、目尻に光る水滴には様々な想いが込められているだろう。大切な物なのかもしれない。


「だから、何も心配することはない。この国は実力主義だから決闘の敗者は勝者の命令はほぼ逆らえない。事前に命令は決めてからお互いの承諾確認するけど、この賭けにのるか?」


 ギルドマスターが笑顔でユキに尋ねた。

 この決闘でのメリットは十分にあると思う。が、ギルドマスターの実力を考えれば難しい条件だ。なんせギルドマスターは現役のAランク冒険者。まだステータスを確認していないが明らかに格上の相手だ。ユキはDランク。誰が見てもユキは負ける場面しか思い浮かばない。

 普通なら断るし、ギルドマスターも本気で言ってる訳じゃないだろう。傍目からしていじめにしか見えない。だからこそ決闘が成り立つ条件を教えてくれたのだ。

 だがギルドマスターが想像した返答は返ってこなかった。


「いいですね。その話、受けて立ちます!」


 まさか受けるとは思っていなかったのだろう。ギルドマスターが驚いて微かに目を見開いた。


 ユキが最初に思ったのは“面白い”だった。自分の実力でどこまで通用するのか知りたいし、うんうんと悩んでいるよりも実にわかりやすい。

 だからユキはギルドマスターの決闘を承けたのだ。


 ギルドマスターも驚いたのは一瞬で、嬉しそうに口許を歪めて笑った。闘えることが嬉しいという無邪気な笑みだ。


「本気半分、冗談半分で言ったんだが...嬉しい返事だ」


 よっこらせっと、と親父くさい声を出しながら立ち上がったギルドマスターは親指を後ろにくいっと動かし、挑戦的な笑みを浮かべた。


「ついてきな。場所は第2訓練所でやり合おう」


 頷いて了解の意を伝えるとユキも立ち上がる。心臓の鼓動が早く、手にじんわりと汗が浮かぶ。それでも仮面の中、ユキの表情は緊張で固まるわけでも、不安もない。あるのは自信に満ちた顔で、負ける気などさらさらなかった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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