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そんな上手くいかないよね



 パクリとケーキの最後の一口を食し、フォークを置く。ティーカップに入った1/3ほどの紅茶を一息に煽ると椅子から立ち上がった。

 射し込む光に反射する髪は白銀に輝いて、一度視界に入れば意識せずに顔を向けてしまうだろう。意識が追い付くと、その美しさに固定されたように動かなくなる。それはまるで『魅了チャーム』をかけられたようになるだろう。女性からの熱い視線は嬉しいが、男の体ではないと素直に喜べない。

 ユキが立ったことにいち早く気が付いた初老の執事が微笑を浮かべて近づいてくる。

 

「カリナお嬢様が横になれるソファーが休憩する部屋に有りますが、お連れしても良いでしょうか?」


 話しかけてきた初老の執事、名をセバルと言うらしい。彼の教えは絶対らしく、ここで働いてる従業員はユキを見ても然り気無く顔を見られるだけで、しっかりと仕事をしている。横を通りすぎる時にバレないよう顔をチラミされるのはウザいと感じるが。不愉快、というほどでもない。

 ただそうなると、カリナをそこで寝かせて安全なのかとても気になったユキは問い掛けた。


「そこは安全なの?」


「店の者には立ち入り禁止と言い聞かせてたります。警備も万全で肥えた豚一匹たりとも通しません」


「そう...ではセバルさん。カリナさんをお願いします。ボクもやらねばならない用事があるので」


「お会計は銀貨三枚です。はい、ありがとうございます」


 その場でお金を払うと、セバルは一礼してからカリナを持ち上げて、店の奥へと消えていった。

 姿が見えなくなると同時にユキも動き出す。カリナの話を聞いた今では、さらに不正の証拠資料を早く冒険者ギルドへとつき出したい気持ちでいっぱいだった。ユキは権力が無くなった豚の末路を想像し、暗く嗤う。


「冒険者ギルドにこの格好だと目立つよね...ローブを着ようっと」


 出入口の扉近くで自分の格好を確認したユキは、腰につけた【アイテム袋】から黒のローブを取り出すと服の上から羽織った。フードを被ると店の外へと出る。 

 太陽は傾き、3時くらいの時間帯。仕事の休憩に入った男共が屋台で買った物を食いながら歩いている。ユキはうまく波に入りながら仮面を着けていつも通りの格好に戻った。

 そう時間がかからずに冒険者ギルドに入ると、受付嬢へ真っ直ぐ近づいた。


「あら?ユキさん。この時間に珍しいですね。ギルドに何か用ですか?」


「こんにちはレミリィさん」


 ちょうどレミリィがカウンターにいたので、ユキは挨拶をしながらカウンター前に立った。数回だけ会話をすると本題に入る。


「実は冒険者ギルドのギルドマスターに会いたいんです」


 ピクリとこめかみが動いたが、笑顔のまま聞き返してきた。


「ギルドマスターはお忙しいので事前に予約を取る必要があります。例外としては緊急の用件でしたらお会いになる可能性はあります。ユキさんのご用件は何ですか?」


「ここじゃ話せない内容です。フルムさんからの預かり物があると伝えて下さい」


「......かしこまりました。少々お待ち下さい」 


 奥へと向かうレミリィを見送りながら【アイテム袋】にそっと撫でる。これを出せば、デブァーラは終わる。後に領地を任されるのは誰だかわからないが、今よりも人々の暮らしが良くなるのは確実だろう。

 しかし、一つだけ懸念が残る。それもギルドマスターに聞かなくてはならない。


「ギルドマスターから許可が出ました。ご案内します」


 そう間をおかずにレミリィが戻ってきた。営業スマイルは崩れて困惑の色が顔に浮かんでる。言われたことを理解できないような表情だったが、何もユキに聞かなかった。

 カウンター奥の通路を進み、三階まで上がる。他とは違う威圧感を放つ扉がギルドマスターのいる部屋だろう。この緊張感は、校長室に入る時に似ている。秘書はいないのか中に一人だけのようだ。


「レミリィです。ユキ様をお連れしました」


「...入れ」


「失礼します」


 レミリィに次いでユキも入室する。室内は余計なものが何もない実務的な内装をしており、デブァーラの屋敷の執務室を想像していたユキは少し以外に思う。

 そんな部屋に、ギルドマスターは長椅子に座っている。まるで刃物を突き刺すような鋭い眼差しでユキを睨んでいた。


「ほぅ、お前さんが...レミリィご苦労。いつも通りの仕事に戻って、冒険者の相手をしてやれ」


「は、はい。失礼しました」


 部屋を出ていくレミリィを見送ると、部屋のなかはギルドマスターとユキだけだ。


「まぁ、とりあえず座んな」


「はい。失礼します」


 相手はお偉いさんなので、面接に使うような言葉遣いで対応する。まるで油の差していないロボットのように、動きがカクカクしてしまうので相手に緊張していることはバレバレだろう。

 ギルドマスターは視線を動かさないままため息をついた。

 

「そんな緊張しなくてもいい。フロムから使いを頼まれるくらいだ。信頼性はある。だから肩の力を抜いて落ち着こうじゃないか、お嬢ちゃん」


 さっきまでの射殺すような視線が嘘のように、にこやかに話し掛けてきた。お父さんと言いたくなる優しさを秘めた顔なのでびっくりしたユキだが、言われた内容に首を傾げる。今、この男はなんと言ったのか。

フロムは...フルムの本当の名前だろう。ユキがスノーと名乗ったように、フロムはフルムとして偽名で屋敷に入って調査をしていた。たぶん目の前の男に依頼されて。事情は話してくれるだろう。


「ギルドマスターと低ランク冒険者ですよ?緊張するな、という方が無理です。下手したら冒険者でいられなくなります」


「そんな権限ギルマスには無い。ギルドは基本自由だ。問題さえ起こさなければ冒険者資格は取り消されないから安心しろ。それに、ただでさえ男だらけなのに花を失うのは俺にとっちゃ大損害だ。...ただまぁ、どうしようもない時は諦めるがな」


「それでも年上は敬った方がいいですよ。そうすればギルドマスターの機嫌がとれるかもしれない」


「ははは、嬢ちゃんはその辺の大人よりもしっかりしてる。が、後半でダメにしてるがな。そんで何が欲しいんだ?お届け物を渡すのを渋るのはそういうことだろう」


「えぇ、えぇ、そうですよ。単刀直入に申せば...カテリーナ・ロルムト伯爵令嬢の命の保障と冒険者資格の取り消しを無しに。その二つを叶えてほしいんです」


ユキは2本の指だけ立ててピースサインをギルドマスターに見せながら言った。


「叶えてもらえなければ...不正の証拠となる書類を燃やして、消します」


今度はピースサインをしていた手を広げて、何かを握り潰すように手を閉じた。想像したものは証拠書類。

それを最後まで見聞きしたギルドマスターは溜め息を吐いた。ユキの仮面に空いてる穴から覗く瞳を鋭い眼光で見返すと、一言だけ言葉を発した。


「無理だ」


小さな声で、重く響く言葉は...変えられない事実を突きつけるようにユキの耳へ届いた。

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