隠したいことは、誰にでもある
ぞわっ!!
「ひっ!なになに!?すごく背中がぞわぞわしたんだけど?寒気?風邪でもひいたかな」
ある一室を曲がり角から見張っていたユキは、体に悪寒が走る。きっとスカーがユキの帰りを待っているのかもしれない。病んでる感じで。
ちょっと怖くなったユキだったが、残すはカリナを助けることだけなので日を越えない内に帰れそうだ。それに、目の前にある扉の中にカリナはいる。
「問題はあの見張りなんだけど...あれは本当に警備する人?される方の間違いじゃないかな?」
その扉の前には見張りの男が立っていたが、行動がおかしい。
まず周りを注意しないで扉を凝視してるし、目は血走ってる。息も荒く、ハァハァ言ってるのはどう見ても変態だ。カリナが目的だろう。なら殺...倒してもいいだろう。当然、変態の男に顔を見せたくないので仮面を顔につけてから動き出す。
ドアノブに手を掛けた男の後ろへ静かに接近。バレることなく後ろに立ったユキは肩を叩くような自然な動作で首に手刀を放った。
「がっ!!」
短い呻き声を洩らして倒れそうになったので、音を立てないように受け止めると人気の無い廊下の隅へ引きずって移動する。壁に寄り掛からせ、息をしていることを確認をした。生きてるので上手く気絶させることが出来たようだ。
生存確認をしたところで〈アイテムボックス〉からコップと頂き物のワインを取り出す。ワインを注いだコップの飲み口を男の口に突っ込み、少し口に注ぐ。
後はコップとお酒を近くに置いておけば完成だ。
「完成~。うん、酔っぱらって寝てるようにしか見えないね。口から垂れるお酒がいい具合に酔っぱらってる感を出しているよ」
うんうんと頷きながら虚空に手刀を繰り返す。漫画やテレビなどでたまに見かける相手を気絶させる方法。〈体術〉の補正のおかげで難なく首の骨と骨の間、脛椎を通り脊髄へと衝撃を与えて脳に震動を送り、気絶させる事が出来た...のかもしれない。
まぁ、詳しいことは知らないけど成功したから良しとしよう。力加減を間違えたら頭と胴体はお別れだったことも忘れよう。
「ついにここまで来たんだ...」
ここまでの道のりを振り返り、そうユキは呟いた。
仮面を戻し、緊張で乱れた呼吸を整えてカリナのいる部屋の扉をノックする。
コンコンコンー
「はい、用件は?」
数日間聞いていなかったカリナの声。予想とは違って諦めや恐怖が含まれないしっかりとした声だった。
早く無事な姿を確認したいユキだが、自分の名を言ったところで信用されないだろう。まずは部屋の中に入りたい所だ。
カリナに警戒されないよう言葉を選ぶ。
「夕餉をお持ちしました。中にお運びしてもよろしいでしょうか?」
実際は何も持ってないが、夕飯を持ってきたなら入れる確率が高いはず。気配では誰も近づいていなかったから夕飯はまだだと予測を立てた。
「私、食事は用意しなくていいと料理長に申してありますが...何故持ってきたのですか?」
そーなんですかー。知らないよ?聞いてないよ?それになんか話方まで変わってない?
最後には警戒したような声色で聞いてきたカリナにユキは内心焦りながらも落ち着いた声で返した。
「料理長が少しでもと軽く摘まめる位の軽食をご用意したのですが、どういたしますか?」
速攻で考えた理由にしては良いと思う。だからもう部屋の中に入れてくれませんか?話しましょうよ。
「今日は外から買ってきたものをいただいたのです。料理長にもそう話したのですが...あなたは誰で、何が目的ですか」
「......え...あ......うん、もういいですよ。ボクですよカリナさん。ユキです。助けに来ました」
もはや警戒を越えて殺意みたいな圧力を出すカリナに、詰んだと判断したユキは本当のことをぶっちゃけた。
扉の向こうで、恐らく剣を構えていたような雰囲気のカリナが一瞬だけ動きが止まる。が、やはり信用できないようで警戒は続いてる。
「そんな嘘を言っても無駄よ。調べればわかる事を組み合わせれば簡単につけるわ。第一彼?彼女?に屋敷中に入ることができない。警備は穴だらけのザルだけど、唯一の出入口だけは厳重に守られてるわ。ユキにそこを突破する実力は無い。つまり、あなたはユキではない。今なら見逃すけど、入るつもりなら...死を覚悟しときなさい」
はぁ、と溜め息をついた。
騙して中に入るのを失敗。名前を明かしても信じてもらえない。そもそも性別も素顔も本来の実力さえ隠していたので見られてもユキだと判断されない。最初から無理だったのだ。
ここにきて隠してきたことが裏目に出るとは思いもしなかった。
さて、無理矢理入ろうとすると死を覚悟しなきゃいけないが...ああもうめんどくさい。あれこれ理由をつけて入ろうとするからいけないんだ。堂々と入ろう。
お邪魔します。
取っ手を掴んで回し、鍵がかかってるのを無視して押し開ける。一瞬だけ抵抗があったが、パキンと金属が割れる音で抵抗は無くなり、カリナの姿を確認できた。
「ハハハ、もっと頑丈な鍵に着け直しましょうよ。簡単に侵入されちゃいますよ?カリナさん」
「忠告したのに入ってくるなんて...あんたは本当に馬鹿だわ」
睨み付けてくるカリナにユキは軽く話しかけると返ってきたのはいつも話しかけてくるときのようなカリナの言葉だった。
目だけ動かしてカリナの全身を見る。剣なんてどこにも持っていない。威圧で感じただけ?と首を傾げるユキ。それを貴族が着そうなドレスを着た姿でカリナは微笑む。
「何もかもお見通しだった?」
「いいえ。ユキがあいつのつけた監視をやった前くらいかしら。知った気配が廊下を歩いてくるってね。助かったわ。ありがとう」
「えへへ~、どういたしまして」
「ユキは自分の事を何も言わないし、行動が男の子っぽかったから男かと思ってたけど、女の子だったのね。いつか素顔も見たいわ」
「それは後々見せるよ。でも今は別の目的だ」
「......そうね。立ち話もなんだし、あそこのテーブルに行きましょう?お茶を出すわ。聞きたいこともあるし...ユキも聞きたいことがあるんでしょ?」
そう言って茶器が置いてある棚に歩こうとするカリナをユキは腕を掴んで止めた。
首を傾げたカリナにユキは、頭を左右に動かして目と目を合わせた。
「いや、お茶は遠慮しとくよ。時間も無いし。また後日っても5日以内でね?二人で会おうか。カリナさん、いや、カテリーナ・ロムルト伯爵令嬢様。助けるもなにも、ここが家だもんね」
不思議そうな顔だったのが驚愕に染まる。カリナはなぜわかったのかと、ユキを見つめた。
ユキも最初は捕まってるのかと思っていた。今のカリナには異常は見られない。だから素直に嬉しいと思うユキだが、念のために〈鑑定視〉で視ると名前がカリナでは無かったのだ。
名前にはカテリーナ・ロムルト。〈称号〉には〈ロムルト伯爵公女〉となればカリナは間違いなく貴族だ。ハーフエルフの姉妹も同じ貴族だが、位が違う。この街にいる貴族で伯爵はデブァーラ領主だけなので、カリナはその領主の娘なのだ。
だが、それだと冒険者をやってる意味が...自分を守るためだろう。変態の巣窟っぽい屋敷だから。
いつまでも掴んだままでは話しにくいと考えたユキは腕を放し、一歩後ろに下がった。これで話しやすくなった。
「な、んで...知ってるの?」
「石にできる魔眼は無いけど、ステータスを視る魔眼ならあるんだよ。うん」
「鑑定系の、レベル4まで防げる魔導具を着けても見破るのね...」
カリナは一度目を瞑る。数回深呼吸をしてから再び開いたときには、諦めたような顔で苦笑いした。
「そうよ。自分にできないことはない、平民を人として扱わない、傲慢な領主。デブァーラは私の父親よ。一度も父と思ったことはないけど、あいつの血が半分流れてるわ」
「......うん」
「軽蔑、したかしら...」
「カリナさんを軽蔑なんてしない。悪いのは、好き勝手してきた領主だってわかってるからね......明日、昼の鐘がなる頃に冒険者ギルドから左に四件目のお店で、また、会いましょう」
「...そうね。ええ、また」
カリナの言葉を最後に、ユキは開きっぱなしの扉から廊下に出る。壊した鍵はポッキリと折れていた棒の断面を〈火魔法〉でくっ付けたので大丈夫。きっと直ったと思いながら来た道を戻る。
途中の執務室からデブ領主と誰かもう一人気配を感じたので、デブ領主には〈光魔法〉『天使の子守唄』で眠らせてから〈闇魔法〉『ナイトメア』で悪夢を見るようにした。悪夢はある程度決められたのでガチムチ筋肉の大男達とベットで仲良くするようにした。
一仕事終えたらザルの警備を潜り抜けて、修復されかけてた結界の穴をこじ開けて、出る前に一度振り返ると最後に言葉を残す。
「クソデブさんよい悪夢を。安心して新たな扉を開いてください」
口の端をつり上げて笑いながら、ユキは領主邸から飛び出した。
明日の大事なお話のことで、頭からそのことを一瞬忘れたユキは宿屋に帰ってくるとーー
「あ゛、あ゛る゛じざまぁーー!!お゛がえりなざいまじぇーー!」
「こんな夜遅くまで何処で、何をしてきたんですか!?...っ!貴族で使われている使用人の女装をしてるなんて。さらには知らない女の匂いまでも...あ、アウトです!ユキにはまだ早いすぎる...友達として悲しく思いますよ」
号泣しながら抱きついてきたスカーと、あらぬ方向に思考が飛んでるククいた。
「女装じゃなくてボク女だから!それに夜遊びなんてしてないよ!理由は言えないけど!あとスカーは...心配かけてごめんね?そうだ、今夜は一緒に寝ようか」
「女...の子?確か男って...え?」
「ごしごし......は、い。喜んでお供します、主様」
心から心配してくれたスカーとククにユキは嬉しく思いながら、一つ一つの会話を楽しんだ。
最後には合体させた二つのベットの上で、三人仲良く川の字に寝る。ぐっすり熟睡して翌日、朝を迎えた。