メイド(おっとりさん)は良いものをくれました
二階のある一室の扉は他とは違う扉がある。
今までの扉はすべて木で出来た普通の扉がだったが、この扉は金と銀の装飾が施された豪華な扉だ。その前にユキは立っていた。
メイド達が言っていたルートを通ってみたが遅かったらしく見回りがすでに巡回していた。と言っても気だるげに歩いては時折欠伸をしていて実にやる気を感じない。
仕方なくやっているみたいな警備だったので、端っこに避けていれば気付かずに通り過ぎていく。なのでバレないし、絡まれない。
そう時間が掛からずに執務室と思われる扉の前に来れたのだった。
中には例のメイドが二人だけなので仮面を左頭にずらして顔を出すと三回ノックし、扉を開けた。
「失礼します」
蛇のような細工の取っ手を回して中へと入る。
執務室の感想は成金の趣味の悪い部屋。様々な家具に金と宝石が使われていて目が痛くなりそうなほどだし、置物なんてすべて金だ。
壁にある額縁に飾られた絵は名画なのだろうが、良さがわからない派手な絵だった。こんな部屋で仕事したら気持ち悪くなりそうで、悪趣味としか言いようがない。
そして、そんな室内を顔色1つ変えずに掃除している二人にはビックリである。
「誰かしら?」
思わず部屋の外に後退りしたユキだったが、きつめの美人メイドが掃除をする手を止めずに問いかけてきた。
ユキの姿も、もう一人のメイドが完全に掃除の手を止めて、ユキをキラキラとした目で見つめていることも気づいてない。
「申し遅れました。この屋敷で働くこととなった新入りのスノーと申します。執務室の清掃の手助けに此処へ参りました。何かやることはありますか?」
ハキハキとした言葉で用件を述べる。
別にこの二人が掃除を終わらせていなくなった後に探しに来るのも考えたが、そもそもこの二人が急いでいたのは間違いなくデブ領主が来るからだろう。
つまり掃除が終わった後は領主がこの部屋にいる可能性が高い。今の姿なら目をつけられてしまう。そうなったら殺せる自信がユキにはある。
ちなみに偽名は必要な処置です。
「そう、なら本の上の埃を掃いてくれるかしら?最後に床を掃除するから下に落とすだけでいいわよ。道具は部屋の隅に置いてあるわ」
「はい、わかりました」
指示を出されたユキは先が柔らかい毛で出来た小箒を手に取ると書棚で掃除を開始した。だがただ掃除するだけじゃない。一冊引き抜く度に奥を覗いて、何もなければ埃を掃いて次へと動く。
不正の証拠は隠されているのなら、誰にもバレないように置いてあるはずだ。隠し扉があるなら本の裏とかにありそうなので、ユキは見落しが無いよう細かいところまでくまなく探した。
「無い、次、無い、次、無い、次......」
左側の全面を埋め尽くす本の数は膨大といっていいだろう。踏み台を使って一番上から始めたユキの掃除スピードは速かった。一冊につき約3秒で終わる。
しかし、半分まで進んだがめぼしい物は何も見つからなかった。
「つーなーつーなーつーなー...」
もはや単語の最初だけとってツナとしか聞こえない。まだや、まだいける!と自分に言い聞かせながらユキはスピードを落とさずに手を動かす。
そんな時、後ろから突然抱きつかれた。後ろは文官の机を掃除していたことは解っていたが、まさか抱き付かれるとは思わなかったユキは条件反射で肘鉄を喰らわそう動くが、寸出で止める。
「あの...どうかされましたか?」
「ごめんね~、もう我慢できなくて~。わぁあああ~、幸せだわ~」
頭上から間延びした気の抜けるような声が聞こえてきた。おっとりした美人が抱き付いてきたようでがっちりホールドされて身動きが出来ない。
離れようともがくが、さらに腕を回してきて力強く抱かれる。すると後頭部に柔らかい質量ある物が押し当てられてしまい、ユキは赤面して俯いてしまう。
「あ、あの、当たってるのですが...」
小さい声で抗議したが、聞こえてないのか頭を撫でられ始めた。ただ撫でられているだけなのに頭のつぼを的確に押されて気持ちよく、ユキの顔が緩む。
それに体は女だが心は男だ。今の状態はとても幸せだけど、この身長差は悲しい。
美人に抱き付かれる幸福感と、身長差による悲壮感......目から塩水が。
「ちょっとフルム!スノーを邪魔してないで早く掃除を終わらせなさい!」
おっとりとした美人の名前はフルムと言うらしい。ユキは反対方向を向いているのでわからないが、きっと目をつり上げて怒っているというのが伝わってくる。
撫でるのを止めたので安心していたユキだったが、足から地面の感覚が消えてしまった。視界も変わり、目の前にはとても怖い美人さん。予想よりも怖くて顔に出てしまったかもしれない。
「うふふ~、こんなに可愛いのよ~?」
「そんなことよ......り...も?何で泣いてるのよ」
「それは~、マリちゃんの顔が怖かったからだよ~。まるで鬼のようだわ~」
「あんたね!」
「きっと癒しが足りないのね~。ほら、マリちゃんも抱いてみたら~?」
きつめの美人、愛称マリちゃんの言葉を遮ってユキを近づけた。
さすがに涙目の子供を盾にされては怒るに怒れないのか、ユキの顔をじっと見ていたマリーは眉をハの字にしていた。証拠を探したいユキはマリーの反応に助けてもらえるかもしれないと顔をあげて目を合わせる。
すると、気づいた時にはすでにユキは抱き締められていた。
「......」
「!?」
あんなにピリピリしていたのが嘘のように優しく、それでいて逃げられないように包まれたユキはビックリしすぎて固まってしまう。
頭上から幸せそうな溜め息がユキの髪を撫でた。
「もう、フルムはわかってるでしょ?私がかわいいものが大好きだって...」
「マリちゃんは可愛いのが気配でわかるのに、素直じゃないからね~?『微風』、ほら~掃除はこれでお仕舞い~。部屋に帰ろ~っか~」
「んん~っこの子は部屋に持ち帰りましょうか」
(っ!なんか寒気が...あ、不正の証拠が見つけられない!)
「むー!ん、むむー!!」
抗議の声を上げたがくぐもった声に変わってしまい伝わらない。力づくで引き離そうかと考えた時、フルムが耳元でそっと囁かれた言葉で即座に行動した。
回された腕を下から押し上げて身体を滑らせるとマリーから離れる。
二人と5mほど距離を空けると警戒しながらユキは問う。
「あなたは敵ですか?」
相変わらず柔らかい笑みを浮かべたフルムと、何をいっているのかわからないっといった顔で首を傾げるマリー。マリーは本当にわからなそうなのでフルムを睨むように見つめた。
さっき、耳元でこう囁かれたのだ。
「あなたの探し物、欲しい?」
これで警戒しない人はいないだろう。
メイドとして雇われて無いとバレてるだろうし、埃を落とすついでに不正の証拠を探していたのもお見通しだったと言うわけだ。
噂通りなら女性が領主に心から仕えてる人はいないと思っていたが、フルムはどちらだろうか?二重顎に三段腹を過ぎたでっぷりした腹、ニキビが出来た凸凹の顔はブサイクだ。性格は傲慢な貴族タイプだろう。
まさか...惚れているの?
「それは秘密~。でも~少なくともあなたの味方かしら~。だからそんな目で見ないで~?なんか嫌な誤解がありそうだわ~」
「怪しきは疑い、注意して接するべきです」
「う~ん...仕方な~い。スノーちゃんに~お願いがあるの~。この袋を~ギルドマスターに届けてくれるかしら~?結果は変わらないだろうから~、特別だよ~?」
「わっと!」
曲線を描くように飛んできた20cm程の袋を数回掴み損ねながらキャッチする。見た目はなんの特徴もないただの袋だったが、〈鑑定視〉で調べると[アイテム袋]だとわかった。
フルムの言葉通りなら中身はお偉いさんに渡すものが入ってることになるが......もしかして?
「ねえねえフルム。あれって何?」
「あれ~?ふふっ、あの袋の中は~スノーちゃんが欲しがってたからね~?あげたの~」
「っ!開けてみても良いですか?」
フルムがユキに向けて微笑む。それを肯定と受け取ったユキは袋の口をおそるおそる開く。何もない事がわかると手を入れて掴んだ何かを引っ張り出した。薄くザラザラとした感触のーー紙。
束になった紙は黒のインクで書かれた契約書のようなものでサインは二つ付けられている。どちらかが領主のだろう。内容は奴隷の売買について細かく書かれていた。絶対正規のものではない。
次の紙にはケシミ草という植物の取引についての契約書で、これは冒険者ギルドから借りたものに載っていたのでわかる。使用、栽培を禁止された植物だ。元の世界なら麻薬に分類されるヘロインになるけしに似た植物で危険なもの。
他にも様々な紙を流し読みしたが不正の証拠となるに足るものばかりだったと思う。ユキはまだこの世界に来て約一ヶ月過ぎで知識が足りず、半分ほど理解できなかった。
まぁ半分でも断罪できそうな無いようだ。いける。
確認し終えたユキは紙の束を袋に戻してフルム達に向き直る。これをどうして集めていたのか、フルムが何者なのか、聞いても教えてはくれないだろう。なら伝えることはひとつ一つだけでいい。
「ありがとう」
そう言ってユキは二人とは反対の通路を駆け出した。その背中をフルムは微笑ましく見送り、マリーは焦ったように呼び止めようとした。
「ちょっ、スノーちゃん!そっちは今の時間だと見張りと称した変態が彷徨いてるわよ!ねぇ!...行っちゃった。どうしたらいいフルム」
「見送ってあげなよ~。この屋敷の~野良犬が何匹集まっても~彼女には勝てないわ~」
「そこは心配してないわ!それよりも持ち帰って色んな可愛い服を着せてみたかったのよ!」
「ああ~、似合いそうね~」
「似合いそうじゃなくて絶対似合うはずだわ!今度あったらピンクのフリフリドレスを着てもらうわ!」
興奮で頬を赤くしながら妄想に浸るマリーの手を引きながらフルムはスノーのことを考える。
夜でも光輝く艶やかな銀髪。太陽を浴びたことが一度もないような、出来物一つ無い白い肌。小柄ながらもバランスのとれた身体に、傾国の美女すら越えそうな美しい顔。頭にのってる不気味な仮面を取れば完璧だ。
あぁ、と声を漏らしながら目を細め、おっとりとした雰囲気が一瞬獣のような雰囲気に包まれるが、すぐに消えた。当然着替えたあとのユキをああしたい、こうしたい妄想に耽るマリーは気付かなかった。
「あの子~、クランに欲しいな~」
先を歩くフルムは嬉しそうに微笑みながら、ご飯を食べに食堂へ向かうのだった。