街を出る前準備?
宿の一階、テーブル席
あの日、スカーが仲間になって一週間が経った。あれから毎日ミテアル迷宮で金稼ぎとレベル上げを行い、余った時間で情報を集める。迷宮はもう15層を突破して残り5層を踏破するのみとなっていた。
そんな生活を過ごす中でククの宿屋、そのテーブル一つがユキとスカー、シエルとカリナ、そしてルティアの集まる溜まり場と化していた。ククは厨房で料理を作っているのでここにはいない。
ちなみに今日も客はいない閑古鳥状態だ。
「皆に聞きたいことがあるんだけど...いいかな?」
ユキは集まり次第そう話す。
「何かしら?お金と恋愛相談以外なら応えられるわ」
全員の視線が集まるなかで、3人を代表して年長者のカリナが用件を訪ねた。近状報告と生存確認の意味合いが強いこの集まりだが、後半は雑談しているだけなのだ。
手の指を絡ませて口元を隠したユキは真剣な雰囲気でスカー以外の全員を見つめ、口を開く。
「その、勇者召喚についてなんだけど。聞いた話じゃ各国で頻繁に行ってるって本当かな?」
集めた情報を整理するとそういう結論に至ったのだ。10年に1回しか出来ないとか、命懸けで召喚するとか、いろいろと予想を立てていたユキはそれを聞いて唖然としてしまった。
成功した国は召喚した勇者の人数はバラバラだが34ヶ国に勇者が存在し、隠すことなくお披露目パレードをしているので普通に情報が出回っていたのだ。ちなみに、旅をしているのがこの内の半数である。
勿論成功があるなら当然失敗した国もある。失敗すると何も喚ばない訳ではない。その国が召喚したのは腕や足などの人の一部、それも血がどくどくと出す新鮮な...恐らく地球にいる人の腕などを持ってきたということだ。
恐ろしいのはそれを研究材料にして勇者の研究を行う国があり、聞いたユキは身震いしてしまう。その国には絶対に行きたくないと国名をしっかり記憶してある。
最後に親しい人達からユキは聞いておきたかった。
「あぁ、あれね。本当よ。1日だけこの街に来た勇者がいたから信憑性はあるわ。ただ私は勇者召喚は賛成できないわね」
「...あれはダメ。絶対」
「こちらの都合で関係の無い異世界人達が呼ばれて、闘いを強いるのはダメだと私も思います」
ユキが予想していた返事とは違う答えが返ってきた。カリナ、シエル、ルティアと3人は否定的な意見で固定観念が無い。広まっているのは魔王を倒す力が有るからか、肯定的な意見が多いのだ。
「なんで聞いてきたんですか?」
ルティアが不思議そうにユキに聞いてきた。
「近々勇者召喚を行って、成功した国に行こうかと思っててね」
「え...!それって、この街を出ていくんですか?」
「うん?まぁ他の国に行くから、そうなるね。シエルさん、カリナさん、ルティアちゃん、短い間だったけどお世話になりました」
ユキは御礼を述べると、ペコリと頭を下げた。
突然のことだったがシエルとカリナは受け入れて、王国などに行くなら護衛の依頼を受けるといいとアドバイスを貰った。
しかし、ルティアが顔を俯かせたまま動かない。急に決めたことに怒ったのだろうかと、ユキは心配になり話しかけた。
「ルティアちゃん?その、怒ってる...のかな?」
「......い」
小さく呟く声が聞こえた。それは小さすぎて聞き取れないほどだったが、次の瞬間にルティアが顔を上げる。何か決意に満ちた瞳でユキを見つめた。
「私も連れていって下さい!」
その言葉は誰も予想していなかった。表情は真剣そのもので冗談を言っているとも思えない。興奮ぎみに身を乗り出しているルティアの顔の前に手が出された。それは今まで一言も喋らずに聞いていたスカーが止めに入ったのだ。
「落ち着きなさい。貴女は主様についていきたいと言いますが、何か役に立つことがありますか?それに、そこで停止してるシスコンが許可を出す可能性が0だと考えますが」
「うぅ...りょ、料理の腕なら自信が有ります!お姉ちゃんは時間を貰えれば説得します!」
スカーとルティアが話してる間にユキは他の二人を、特に一人の動向を見つめる。
「.........」
見事に固まっていた。注意深く見ても呼吸で些細な動きしか確認出来ず、瞳も机を見たまま動かない。まさに有名彫刻家が作った女神像のような綺麗さなのに、今のそれは恐怖にしか感じない。
あれを説得するのは無理だと思ったユキは出来ればルティアには諦めた方がいいのでは?と考えていた。人一人の命を預かることになるのだからその命の重みを、責任を背負うのは難しい。
(まぁ、来ることになったら全力で守るけどね)
逆に来ても嬉しいことにはかわりない。親しい人が近くにいると安心するから。ユキとしてはどちらでもOKなのだ。一応その旨を伝えてある。
結局、カリナが明日まで時間を与えて、もう一度考え直してから決めたらいいとのことでその場は解散した。
「料理できましたよ~ってあれ?ユキさんとスカーさんだけですか?」
3人が帰った後、直後にククが顔を出す。いつもなら3人も食べていくので不思議そうに尻尾を振っていた。この街を出ること、それにルティアが連れていってほしいと言い出したことをククに伝える。
「私も一緒に行っても良いですか?」
ククまで言い出したことに驚いた。それにこの店はどうするのかと。でもその後に続いた理由は納得のいくものだった。
いわく
「ユキさんが泊まらなくなったら来る客がいないんですよ。それに領主様にまで狙われてるし。だったら他の町でお金を稼いで、また店を始めたいな~と。こう見えてもランクD、斥候職のシーフなので足は引っ張りませんからお願いします!」
今の店の状態では収入が無い上に、デブァーラがククを狙ってきているのだから出たいこという気持ちも理解できる。ここではスカーのチェックが入らなかったのでククは来ても大丈夫なのだろう。ユキは気楽そうにいいよ~、と返事を返した。
ククは宿屋を売るために商業ギルドへ行く必要があるが、その際に街を出る日にちを聞かれた。しかしまだ決まっていなかったのでユキは答えようが無い。明日確認してくると返した。
ククは了承すると料理の盛り付けに厨房へ引っ込み、戻ってくる。ユキとスカーは食べ終わると体の汚れを落として床についた。
翌日、冒険者ギルドで依頼ボードからアルカルト王国に向かう護衛依頼を探すユキの姿があった。受けられるのはククのDランクから一つ上のCランクまでなので左から右へと依頼書を見歩いていく。
「スカーさん!俺達とパーティを組みませんか!」
「なにいってんのよ!あんたらみたいな下心見え見えの奴等に来るわけないじゃない!
それでお姉様、私達のパーティに入りませんか?もちろんお試しでいいので」
「......五月蝿い。潰されたいのか?」
「「「すいませんでした!!」」」
ユキから少し離れたところではスカーがスカウトしてくる人達に囲まれていて大変そうだ。
だがあえて助けない。あの容姿は嫌でも視線を集め、人を寄せ付ける。一朝一夕であしらいかたが身に付くとは思えないが、頑張ってほしい。
ふと上を向くと1枚の依頼書が目についた。
《アルカイト王国行き商人の護衛》
アルカイト王国までの道中の護衛をお願いします。
期間・五の月の3日風から2~3週間
募集人数・2パーティ
報酬・1人300000リル
依頼主・ネコミー商会所属商人
Dランクに丁度良いのを見つけた。
5日後に出発のようなので、それまでに旅荷を揃えておけば大丈夫だろう。誰かに取られる前に素早く取ると受付嬢に持っていき、手続きを済ませる。
段々と囲まれるようにして身動き出来ないスカーを回収して冒険者ギルドを出た。その際にスカーをパーティに入れてるからか、嫉妬や恨みの視線がユキに向けられたが、いつものように気にしないで前を向き、歩く。
ククの宿屋に一旦戻り、ククに5日後出発すると伝える。ククは商業ギルドに駆けていき、ユキはシルファール家に向かった。スカーはお留守番だ。
久々に来る住宅街を抜けて結界の張られた家の前に着いた。
「......どうやって来たことを伝えるんだろう?」
来たはいいものの来たことを伝える手段が見当たらないのだ。日本なら呼び鈴が普通だし、この異世界ならノックだろう。結界で届かないが。
周りにもめぼしいものは無く、どうしようか困ったユキは溜め息をついた。壊す以外に結界の内側に入る方法が思い付かないのだ。脳筋のような考え方の自分にガッカリしたユキは目の前の結界に手を付ける。
そこで予想外の事が起きた。
リーン、リーン、リーン
鈴を鳴らすような音が結界の内側から響いて来たのだ。驚いて固まっていると扉が開く。中からシエルが顔を出してこちらを覗いていた。顔を強張らせがらだが。
ユキが結界に手を付いてるのを見つけると安堵したようにホッと胸を撫で下ろした。結界を挟むよう正面に立つと中へと招き入れる。
「すいません。ボク何か変なことしました?」
「...問題ない。警報を鳴らしただけ」
「あぁ~、なるほど。本当すいません。来たことを中へ伝える方法が知らなかったんです」
「...玄関側の正面、結界の前は、地面に触れれば来客を報せるのが設置してある。故障かもしれないから気にしなくていい」
その説明にユキはすごいと思った。いろいろとこの家はハイテクだと。
だが直さなくていいのだろうか?誰か来てもわからず、大事な用事だった場合には困るだろう。そう考えたユキはシエルの顔を見るが、少し違和感を感じた。
「...来た理由は理解してる。中で伝えたい」
そう前を歩くシエルにやっと違和感が解った。
少しやつれているのだ。何処と無く元気が無いし、目の下に薄く隈もできてる。まるで残業帰りのサラリーマンのようだ。
昨日は散々ルティアに説得されていたのかもしれない。結果が気になるユキだったが中で聞けるそうなので大人しくついていく。
「あ!いらっしゃいユキさん!今お茶をお出ししますね」
ルティアの花が咲いたような満開の笑顔。それだけで結果は理解できた。
食事をしたテーブルに3人分のお茶が並べられるとシエルとルティア、そしてユキが対峙するように座ると待ちきれないようにルティアが話し出す。
「お姉ちゃんが許してくれました!これから姉共々よろしくお願いします」
「うん、よろしー...あれ?姉?」
「はい!」
「...よろしく」
「いいんですか?」
不思議そうにシエルを見つめるユキ。
このハイテクな家は両親との思い出が詰まっている大切な家を離れるということだ。ルティアは父のことを乗り越え、前へと進む決意をしていたが、シエルの心には深い傷が出来ていた、と聞いた。情報源はカリナ。
ユキの聞きたいことがわかったのか、シエルの顔は悲しそうに歪む。今にも泣き出しそうに。一度ルティアを見つめると目元を拭い、ユキに向き直る。瞳に確かな決意を持って胸の内を話し出す。
「...二人はもういない。帰ってこない。それはとても悲しいけど、私には守りたいルティアがいた。接しにくくなった私に、いつも一緒に依頼を受けてくれたカリナがいた。二人にはいつも感謝している。
今回ついていきたいのはルティアを心配したのもあるけど...一番は冒険をしたいから。お父さんとお母さん二人が見た世界を私も見に行きたいからついていくの。だから家を出る」
「お姉ちゃん...」
ルティアが目尻に涙を貯めてシエルを見つめた。それに応えるようにシエルも見つめ返す。笑顔で向き合う二人は自分よりも一回り大きく大人になったようで......ユキは出直した方がいいかな?と場違い感がした。
だからユキは〈隠密〉で自分の気配を出来るだけ薄くし、二人を暖かく見守る。
(うんうん、ちょっとホロリとしちゃった)
それに気付いて貰えるのに二時間もかかったのは予想外だったが、旅の仲間が二人増えて5人となり、パーティで問題ない人数になった。あとはカリナがどうするのか聞いたら準備を整えよう。
そんなこんなで探し回ること更に二時間。見つけたには見つけたのだが、とても予想外の場所に気配を感じる。そこは以前避難所として入ろうとして入れなかった場所。
周りとは別格に豪華な作りで塀の上はシルファール家よりも強力な結界。いい噂を一つも聞かない者が住む家。
領主の屋敷の中だった。
これは、助けに行かなくては!