スライムが仲間に?
男二人の死体を『地槍』から引き抜くと横に並べておいた。頭が酷い状態のグルドイは白い布を被せておく。それでこれをどうするか、ユキは悩んだ末に燃やして火葬することにした。
と言っても、洞窟で火はマズイので一旦〈アイテムボックス〉に死体を放り込む。
「ふぅ...」
一通り終えると、途端にユキは体を抱いて地面に座る。心臓が激しく脈打ち、とてもじゃないがすぐには動けない状態だ。
だから少しだけ休もうとユキは壁に寄りかかり、目蓋を下ろした。
人を殺した。もちろん純日本人だったボクが今までに人を殺した事は無い。精々、猪とか家畜の命を取ったくらいだ。
でもそれは日本だから必要じゃ無かった。けど、異世界じゃ命は奪う奪われるが常にある。依頼ボードには盗賊の捕獲じゃなくて討伐があるように命の価値は軽いと見ていいのだろう。
いつかボクも人を殺すのだろうかと、わりと頻繁に考えていたんだよ?頭の片隅では。そんな事態にならないのが理想だったけど。
実際に“人の命を奪えるか”がこんなに早くきたのは驚いたけど、“人を殺す覚悟”はしっかりと胸に刻み付けて、実行した。
簡単だった。命を奪うことは。
難しかった。自分を納得させるのは。
“命を奪ってはいけない”という倫理観が普通の日本で育ったボクに人が殺せるかと問われたら、殺せると答える。
実際に人の命を奪ったのに罪悪感は感じなかった。
殺されそうになったから正当防衛だったとそう考えているし、相手はこの先自分に害を成すと思ったから、後悔はない。
ボクが納得させたいのは、人を殺してなんとも思わない自分に対してだった。
まぁ動悸が聞こえてくるくらい鼓動が早く、苦しく感じるのは、無意識にも体が罪の意識で動揺して震えてるのかもしれない。心はすごく安定してるけどね。
ふむぅ...よし、こんなときは暗示をかけておこう!
「正当防衛正当防衛正当防衛正当防衛正当防衛......よし!心なしか動悸が収まってきた気がする」
ローブ姿で俯いて座るユキがブツブツとつぶやく様は不気味さが増していたが、運よく人は通らなかった。
落ち着いてきたユキはゆっくりと目を開けると明かりに照らされた石壁が見える。その時、視界の端に赤色の何かがいるのに気付いたが、ユキに慌てた様子は無い。1m離れた位置にスライムがいたのは気配で気づいていたのだ。
そこから動かなかったので特に気にしなかったが、ちょっと見たときに違和感を感じたユキ。前に見たときよりも大きく感じたのだ。
振り向くと視界に写ったのは人。紅の長髪を地面に垂らしながら、同色の瞳でユキを見つめるのはーー
真顔のガゼルだった。
「......うん、これは夢だよ。ここまで意識がハッキリした夢は珍しいな~。どうせ見つめられるなら女の子が良かったな~......目、覚めないかな...」
殺す気満々だったガゼルが欲望まみれの顔ではなく、どちらかと言うと好意の視線を感じるのだ。そんなありえないことがあるはずないと、ユキは“これは夢だ”と判断したのだ。
「我が主よ、お目覚めになりましたか」
聞こえない、聞こえない~。ハゲでゴツい顔なのに、女性のカッコいい系のアルトボイスなんて聞こえない~。
「ボクは主じゃないよ。ガゼルさんが夢なのに可笑しすぎることになってる件について...いかに?」
「ガゼル?あぁこの体ですか。階段で襲いかかってきたので食しました。それを声帯と外見は変えましたが、中は主様に助けられたスライムです」
ずいぶんとすごいスライムがいたもんだな~。
あんなに可愛かったスライムがこんなおっさんになるなんて...夢って残酷だぜ。
現実逃避気味に信じてないユキに、スライムガゼルは表情を動かさないで首を傾げた。しばらくすると元の向きに戻り、口を開く。
この時にユキが早く夢覚めないかな~、と呆けていなければ喉奥が液体だと気付けただろう。
「主様はこのお姿が嫌いなのですね?でしたら他の姿に変えますが、何にいたしましょうか?」
「うん~?じゃあボク」
床をゴロゴロしながらそう適当に答えたユキはすぐ後悔する事になる。
「了解しました。主様のお身体を触りますので、不快でしたら申し上げて下さい。即座に離れますので」
うつ伏せに転がっていたユキが少しずつ夢じゃ無いんじゃ...、と気づき始めたときには、すでに元の姿に戻ったスライムが後ろにのし掛かっていた。
丸い体がどんどん広がり、ユキの全身を覆っていく。服や仮面はなんの意味も成さずにスライムがあっさりと地肌に辿り着いた。
「ほわ!ひゃ!ちょっ!わむームーー!!」
肌に触れたスライムは意外にも風呂のような温かい温度だった。
だが急に触れてきため、ユキは驚きの声をあげると止めるように言おうとするが、毎度脇の下などに触れて言葉にならない。終には顔を覆われて喋れなくなってしまった。呼吸を考慮されているのか息はできるようだ。
それでも退かそうと腕や足をバタつかせたが液体の中を動くだけで引き剥がせない。そうこうしてる内にスライムはユキの『型』を記憶し終わり、離れていく。
「もう、お嫁にいけない.....」
両手で顔を覆い隠しながらしくしくとすすり泣くユキ。
あんなところやこんなところ、最後にはそんなところまで這いずり回られたユキは、すぐにこれが現実だと理解していた。そしてこの結果を招いたのは自分自身だと理解しているので、この胸のモヤモヤは地面に叩きつける。
「あんなことを言わなければ...こんなことにならなかったのに......」
殴るごとに部屋が揺さぶられ、殴られた床には殴られる度に亀裂が走る。それは迷宮全体にまで振動が伝播して軽い震災だ。中にいた冒険者達は崩れるのかと恐怖して出入口の上へと目指し始めた。
スライムは揺れる床に形を崩したりしたものの順調に人型へと変えていき、身長が170cm位になると次に顔などの細部調整に入る。
それが終わると〈変質〉を使う。真紅色のややつり上がった目、小さめの形のよい鼻、思わず吸い付きたくなる唇は薄いピンク色になったりと全体の色や形が変わっていく。最後にガゼルの服が体から浮き出て身に付けた。それは新品のようにキレイだ。
「我が主、完了しました」
その言葉にユキは殴っていた手を止めるとジト目になりながらスライムに顔を向けた。途端に目を限界まで開き、驚きの表情で固まってしまう。
「だ...誰?」
「私が、おそれ多くも偉大なる主の姿を模したスライムで「絶対違う!」ございます?」
ユキがバカっぽい面をしていた顔を即座に直して、恨みがましい視線をスライム(人型)に向ける。なぜ怒鳴られたのかわからないスライム(人型)はユキを見下ろしながら首を傾げた。
「そのグラマーな体も違うけど...一番は身長!ボクよりも高いし!」
「主様、それはおそらく...」
「おそらく?」
「私の本来の姿、スライムですが形を変えても液体は増減しません。つまりは...その...人を模すには主の体が小さかったのです。バランスをとるためにこうなったのです」
聞いた瞬間、ユキは半泣きになった。
「ううぅぅぅ~っ!こんちくしょー!数年後には180cmにいってやる~!!」
「あっ主!お待ちください!」
身長が低いのを転移前、男の時から気にしていたユキはスライムの一言にすごくショックを受けていた。
転移後は大切な身長が減っていたのを気にしていたユキはがむしゃらに走りたい気分に駆られ、地上へと走り出した。スライムが制止の声をあげたが止まらず、あとに残ったのはスライムとユキの涙の跡だけだ。
スライムが追いかけようと走り出す...と思いきや、ユキの涙の跡に向かうとしゃがんで手を跡に付ける。手が離れると染み込んだユキの涙が消えていた。
「主様の体液は迷宮だろうと渡すわけにはいきません」
無表情だった顔が嘘のように笑顔になる。頬が薄く赤らむみ、幸せにうち震える。所々に落ちる涙を吸い上げ、体内に保存したスライムは無邪気そうに笑いながらユキを追いかけるのだった。