悪意は事前にわかるもの
「ね~りっねり~♪ね~りっねり~♪」
ミテアル迷宮4層を時々スキップしながら早足で進むユキは、鼻歌を歌っていて上機嫌そうだ。
最初は内心の寂しい気持ちを紛らわす事が目的だったのだが......
「グルルルルルッ!!ウォン!」
音で魔物を誘き寄せる事が出来たので専ら魔物寄せだ。
丁度3~4層で出るようになったコボルトが奥から駆けてくる。耳がいいので音を出せば向こうからやって来るのだ。
見た目は犬に近いが、可愛くない。血に餓えたような目でギラギラと見てくるのに可愛いと思える訳が無かった。
ユキは進む足を止めずに、先程と変わらない様子でコボルトのいる方へ進む。コボルトはチャンスとばかりに全力で足を踏んでユキの首を喰らうべく走った。後少しと言うところで、左から影が迫ってくるのを端で捉えたコボルトは飛び上がることで避ける。そのままの勢いでユキに飛び掛かろうとしたコボルトだが、突如意識が反転し、2度と戻ることは無かった。
ユキは空中で宙ぶらりんになっているコボルトに近付くと、垂れる血を口に入れてコクッと喉を鳴らす。味はサッパリとしたレモン風味の水で、サラサラした飲みやすい血だ。血だと思わなければスキルが貰える水分補給として、とても便利に使えた。
くいっと口元を拭うと腰から短剣を取り出して毛皮と魔核を手際よく剥ぎ取る。後に残ったのは血管と筋肉が浮かび上がらせた死体だけ残り、ユキは後ろに向かってそれを投げた。
コボルトの死体は転がるだけかと思われたが、死体は受け止められた。
体の中に入るとじわじわと溶かされていくコボルトの死体。まるで溶かした血が薄まったような赤色をした液体の体、それは丸いツルツルボディーのスライムだった。
「美味しいかい?......って言葉が解らないか」
後ろの食事をしているスライムに話し掛けたが反応は無い。今もコボルトを消化中だ。でも近くに生き物がいることで幾分か寂しさを軽減できた。
倒さないのはそれだけじゃない。
害意を感じないためだ。
今まで会ってきた魔物はすべて殺す気満々でやって来るのに対し、あのスライムからは何も感じない。ただ感情が無いからかもしれないが、ユキが歩くとついてきて止まると一定の距離からは近付いてこないので知性はあるだろう。
いらない死体をあげてたから餌付けしてなついてしまったのかもしれない。
食べ物をあげた野良猫のように一定の距離をついてくる姿にかわいいと思うユキだった。
通路を歩くこと15分。下への階段をユキは見つけることができた。
これまで遭遇した魔物はすべて武器を一切使わないで魔法だけで仕留めてきて、魔力を操作するのも1階の時よりも大分上手く出来る。と言ってもまだまだだとユキは思っている。例えるなら赤ん坊が四つん這いで歩けるが赤ん坊が両足で立って歩ける、ぐらいの成長具合だ。
でもそのおかげで〈魔力操作〉スキルが手に入ったのは素直に嬉しいと思うユキは更に精進しようと固く誓う。
階段を降りながら相変わらずついてくるスライムを鑑定したステータスを思い出す。
名前
種族 ブラッティスライム
性別
危険度 D
Lv 8
HP 140/140
MP 225/225
STR 142
DEF 106
AGI 107
DEX 135
INT 70
MDF 39
〈 特異スキル 〉
変質
〈 スキル 〉
溶解 Lv 3
吸収 Lv 2
再生 Lv 1
身体能力上昇 Lv 1
変形 Lv 2
〈 称号 〉
血塗れし者
それを視た時、驚きすぎてユキはゴホッゴホッと噎せてしまった。テータスの異常さとギルドの魔物資料に載っていないことから突然変異種だろうと、今は予測をしている。
原因もおそらくたがユキがあげ続けた魔物のせいだろう。進化の原因と思われる称号、〈血塗れし者〉の取得条件が24時間以内に44体の死体を喰う事だった。
そして特異スキルだが、これは元から持っていたようだ。その特異スキル〈変質〉だが、どうやら吸収した物質に体を変化させることが出来るモノで、時を経て色々吸収すれば強い効果を発揮するだろう。
ずいぶんと強いスライムに餌付けしてしまったようだ。
しかし、敵意は無いのでユキは気にしないようにしてる。
「かわいいマスコットみたいな見た目なのに...撫でてみたいなぁ」
小動物が好きなユキにとってあのスライムも許容範囲内だが、手を溶かされながら愛でるのは難易度が高過ぎた。もしかしたらスライムの意思で〈溶解〉の効果をオンオフ出来るかもしれないが、そこまで懐かれてるとも思えないので撫でるのに一歩踏み込むことは出来ない。
と悶々と考えている間に5層に着いたようだ。
降り立った5層は壁に光る石のような物があるおかげか、通路全体が明るく見えやすい。とりあえずユキは〈暗視〉を解くとその層の違いを見分ける。
この5層は他の層よりも通路が広く、小綺麗な一本道だ。左右の壁の光る石は通路の奥まで続いており、重厚な石扉が確認できる。迷宮を守る守護者、冒険者ギルドではフロアボスと呼ばれる強力な魔物が待ち構えるボス部屋だ。
迷宮のフロアボスは等間隔に配置されるので、ミテアル迷宮の場合は5層ごとに守護者がいる。なので合計4体いる計算になるのだ。
フロアボスは決まった魔物は現れず、ランダムで変わる。また、倒された後は一時間でまた新たに復活するのだが、今回は扉が閉まってるのであの中にはフロアボスが待ち構えているだろう。
「デカイ扉~、フロアボスまで来ちゃったか。今は...3時のおやつくらいの時間だと腹時計でわかるから、これ倒して帰れば丁度夕飯時に帰れるのかな?」
来た時間と倒した後の帰る時間を頭で計算し、弾き出したユキは気楽に足を前に踏み出した。
ついてきていたスライムは毎回階段を降りるのが苦手なようでいない。いつもなら来るまで待っているユキだが、今回は時間の問題なので先に行くことにしたのだ。
扉までの距離は約50m。一歩一歩進むごとに重厚な扉の全貌が見えてくる。通路を睨み付ける大きな狼が描かれていて、中々かっこいいデザインの扉だ。
距離が40m、30m、と近付いていたユキが20mを越えたあたりで急に立ち止まった。いや、進むわけにはいかないのだ。
「そこの角に隠れている3人、いや、ガゼルさん達はボクに何か用ですか?」
扉の前はちょっとした部屋となっており、出入り口の左右は見えない。
ユキが声を出して数十秒後、物陰から武装したガゼルが出てきた。続いてパグとグルドイも出てくる。
「俺達に気づくたぁ...やるじゃねぇか。でも俺達は偶然、そこで休んでただけだぜ?なぁ?」
それに同調するように、二人も肯定を返す。
ニヤリと嘴を上げながら道を譲ったガゼル。ガゼルも気付かれていた事に少しだけ驚いたが、それだけしか感じなかった。
自分はユキよりも強いと、根拠の無い自信と殺したい相手が目の前にやっと現れたと言う状況に、ガゼルは考えるのを早々に放棄してユキの前に出てきたのだ。顔は欲望に歪んで、確実に良からぬ事を考えている事を隠していない。それは取り巻きの二人も同じだった。誰もユキを脅威と感じていない。
ユキは小さく息を吐いた。ゆっくりと歩きながら、覚悟を決める。
「では、通らせてもらいますね」
ユキはそう言うと、ニヤニヤと笑いながらユキが通るのを今か今かと待っている3人の間を通った。
ガゼルは左側からユキが通るのを見つめる。右から左へと進むユキが背後を見せた瞬間、抑えていた右手が剣の柄を握り、斬りかかった。
上から兜割りの要領で降り下ろされた剣は、ユキの右腕を肩から切り落とす軌道で突き進むと後少しで当たる瞬間で、空を切った。
「あ?っ!がああああぁぁぁーー!!」
ガァンッ!
鉄と鉄が衝突し、ガゼルが通路を転がっていく。咄嗟に盾を前に出したのは盾を扱ってきた経験からできたのか、ガゼルは命拾いした。その代わり、左腕があらぬ方向を向いているが。
「まったく。軽く切ったくらいで吹き飛ぶとか、それでも先輩ですか、大人ですか」
馬鹿にしたように喋るユキは底冷えする瞳で残った二人を見下ろす。当たったと思われていた一撃は半歩左にずれるだけで避けると、短剣で切り返したのだ。実際は少し本気で切ったのだが、それでも吹き飛ぶ威力。
パグとグルドイは一瞬呆気にとられるもすぐに行動をとった。
「パグはガゼルの代わりに前衛を頼む。ガゼルが吹き飛んだのは何かスキルを持ってるのかもしれんから、あんまり長く接近なよ」
「任せとけ!」
前衛のガゼルが抜けた穴を斥候職のパグが前衛に入り、狩人のグルドイが後衛となり攻撃を仕掛けてくる。
グルドイが弓を構えて矢つがえると矢先が炎に包まれた。だがそれを熱がる素振りもなく矢を放たれる。狙いはユキの心臓がある場所だが短剣で下から上に弾いた。
そこへパグが接近しようと走り出す。〈魔闘気〉のスキルなのか薄ぼんやりと黄色の魔力を纏っているのが見えた。見た目の変化だけでなく、身体能力が上がっているようで速い。だがユキから見たら遅すぎた。
「害になる芽は摘み取らなきゃね」
その言葉と共に、体に循環させていた魔力を足下に集中させると土魔法Lv 2『地槍』を発動させた。
地面から無詠唱で飛び出す土の槍に、パグは辛うじて避けると下から続けて出てくる『地槍』。身を捻って避けたパグが下に意識を向けた瞬間を狙って、上から『地槍』を飛び出させる。
この不意打ちに背から右胸を突き刺され、地面に縫い付けられた。
「ゴフッ!ぐ、グルドイ...」
「グルドイ先輩なら、もう天国、いや地獄の門前に行ってますよ」
その言葉にパグは後ろを見ると、後頭部から眉間を貫通されたグルドイの姿が目に写った。
目玉は飛び出て、代わりに脳が血と混じって奥から出てきている。一目で致命傷だと解るような姿だった。
「すいませんね~、パグさん。仕掛けてこなければ何もしませんけど、手を出してきましたから」
「ゴホッゴホッ!...ヒュー...へへっそうだよな」
パグはわめき散らすことなく、逆に落ち着いた様子で返答した。肺に穴が空いていても喋れるのは異世界だからだろう。それでも苦しそうに話した。
その瞳には怒りも憎しみも浮かばず、諦めと後悔だけが写っている。
「...団長......作戦は...せ、い...」
最後まで言いきることなく、どこか満足そうな顔のパグはHPが0になり、瞳から光が消えた。
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「ちきしょうちきしょうちきしょうちきしょう!!」
ガゼルは4層への階段を駆け上がる。
左腕は捻れて使い物にならない。盾が邪魔になった、だから外して置いてきた。光の魔導具を頼りに走る。
「なんなんだよ!あのガキはぁ!」
化け物に手を出していたのか。今までのは演技だったのか。それでも
「憎いぃ!!あのガキはぜってぇ殺す!!!」
踏み外しながらも走る。そうだ、団長に仲間が殺されたと言えば共闘してくれるかもしれない、と壊れたように笑う。
「はぁはぁはぁ!っ、んだよスライムかよ。雑魚はさっさと俺様に道を開けろ!!」
迷宮の掃除をする魔物。足は遅いし、動きもとろい。液体の体に浮かぶ魔核を破壊すれば簡単に倒せる魔物。光に反射して紅く光る。それに向かって剣を振り降ろした。
「いだぁ!痛い痛い痛いー!!」
普通のスライムじゃなかった。触手が2本、骨のようなものに変わった。剣は防がれ腹を貫かれた。
その後は地獄だった。スライムが体を包みだす。装備が、体がじわじわと溶かされていった。
「いだいいだい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
ゆっくりと溶かされる体は、もう皮膚が無い。わざわざ顔だけは出されたガゼルは、痛みで気絶したあとすぐに起こされるの繰り返しだった。
もう体が有るのか解らない。感覚が痛みしか感じさせなかった。
皮膚、肉、骨。最後に頭を呑み込まれて。
ガゼルはスライムに溶かし殺され、吸収された。
あとに残ったのは、スライムだけだった。
「...我が主よ。今、行きます...」
お読みいただき、ありがとうございます。