ククリアの宿 獣耳だ~
宿の中に入ると予想していたよりもキレイだった。毎日拭かれているのか、見える埃は一つも無い。けど椅子とテーブルの数が少ないように見えるが、気のせいかな?
そう確認してカウンターに向かう。〈気配探知〉ではそこにいるはずだけど、しゃがんでるのかこちらからは見えなかった。
カウンターに着くと下に蹲った猫耳がふるふると震えていた。ユキは考えたがとりあえずは話しかけてみる。
「あの~すいません?」
「ヒィ!バレた!!すみませんすみません!...あれ?いつもと声が違う?もしかしてお客さん!?ごめんなさい。今出ますからってキャアアア!!」
別の誰かに怯えていたようだが声で別人だとわかったようだ。
けど人を見た途端に悲鳴を上げるのは酷すぎないかな?他の宿は顔をしかめただけだったけど、そんなに怖い見た目なの?ボクはこの怪しい雰囲気が好きなんだけど......まぁ仕方無い。まだまだ若いんだから人を見た目で判断しちゃダメだよ!だから泊めてください。
「泊まりたいのですが部屋の空きはありますか?」
「お、お泊まりですね。空いてな...空いてますとも!一泊1500リルで銅貨15枚、夕飯と朝食付きですと2000リルで銅貨20枚になりますがどうしますか?」
ここでユキはこれからどうするか考える。何せ森の中にいたのでこの世界の地理に関する知識が無いから何処にどんな国や街などが在るのか、分からないのだ。なので情報集めやレベルとスキルレベルを上げようと考え付くとユキは泊まるならここにしばらく泊まる事にした。
......決してあの猫耳や尻尾を触れるチャンスが有るかなとかは考えてないよ?と心の中で呟く。
「飯付きで5泊、お願いします」
「...え?マジですか。あ、ありがとうございます!代金は10000リルで銀貨1枚になります......はい、お受け取りしました。お部屋は奥から2番目の2号室となります。体を洗いになる場合は鉄貨1枚でたらいにお湯を入れてタオルと一緒にお貸しいたします」
黒の髪から出る猫耳をピクピクさせ、尻尾をブンブンと左右に揺らす。客がいなかったのだろう、ものすごい喜びようだ。笑顔満載。
それはまるで餌をあげたらなついた子猫みたいで...可愛かった。自制心自制心!っとユキはわきわきする手を抑えながら説明を聞いた。
「今から夕飯を食べられるかな?」
「えっと、少し待ってもらえればお出しできますけど、どうしますか?」
「大丈夫、急いでないから下さい」
「わかりました!今準備しますね♪......どうしよう、来ないと思って準備してなかった」
後半の独り言もユキはバッチリ聞こえたが、聞こえなかったことにして厨房に行くのを見送った。猫ちゃんのさっきの怯えた様子で何が有ったかは大体予想が付いていた。
「お待たせしました~!」
いろいろと考え事をしてると夕飯を持ってやって来た。見た感じ野菜スープと黒パンの夕飯で美味しそうに湯気が立ってる。渡された木製のスプーンで掬い上げ、仮面をずらしてから口に入れる。
味はコンソメスープに似ていた。野菜はちょうど食べやすいサイズに切り分けられていてユキの小さな口でも食べやすかった。もう一つの黒パンは歯応え抜群だったがユキなら普通に噛み千切れたし、スープに浸して食べるとさらに美味しくなった。
「あの~つかぬことをお聞きしますが、何故わたしの宿に?見た目はくたびれてるしあの噂もご存知だと思うんですが」
半分位食べたあたりで宿主が質問してきた。食べる手を止めるて視線を合わせる。その目には疑惑の色が浮いていた。噂は知らないがこれだけは言える。
ユキは仮面越しにしばらく見つめ合った後、視線を外して聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟いた。
「......泊めてくれる所が無かったから」
「あ~それはわかっ...すみませんでした。でも何でその格好に?」
......本音が漏れてる。ちょっぴり傷付いちゃうなぁ~。ただ空いてないって他の宿と同じように言いかけたから目に力が入ったけどね。
それはまぁいいとして、いつか聞かれるであろうこの格好の理由はもう決めてあるのさ!
「実は我が家では滅多なことでは肌を晒しちゃいけないって教えられててね。まぁもう家から出た身だからいいんだけど、これに慣れちゃっててさ。顔とか肌を他人に見せるのが苦手になっちゃったんだよ」
ふっふっふ、どうよこの完璧なる理由。最後の方は本当だよ?それに見られたとしても顔に火傷とか何かあるとかじゃないから誤魔化せるしね。
「つまりは元貴族様なのですか!」
「いや普通の家庭だよ?」
何故その発想になったのやら。でもまぁそんな家が普通とは断じて言えないが。
「えっと......まぁどんどん食べてください!冷めちゃいますよ」
「そ、そうだね。冷める前に食べないとね」
二人とも苦笑いながらユキは食事を、猫の獣人の宿主は部屋のチェックをしにそれぞれ動いた。今回はゆっくりと食べたユキは皿を猫の獣人(皿を渡すとき聞いたらククと言う名前)ククさんに渡した後、自分の部屋に入った。
中は簡素でイスと机とベッド以外の物がが見当たらない。いや、天井に部屋を照らしてる石みたいなものが確認できた。豆電球に似てるが微量の魔力を感じる。〈鑑定視〉で確認してみた。
〈発光球(小)〉
弱の光を放つ事ができる魔具。
魔物の魔核に『ライト』が込められてる。
使用可能時間412/600H
「おー、魔法の道具だ!豆電球みたいな大きさなのに部屋全体が明るいけど、これで小なのか...中や大とか目が潰れそうだね」
でもあれってゴブリンの魔核の大きさに似てるよね。もしかしたらあの魔核は魔具に使われてるのかもしれない。だったら自分でも作ってみたいなぁ~。どうやるかは調べるとして。
「久しぶりのベッドや~!」
仮面とローブを脱いだユキは目の前にある寝台にダイブした。ここ一週間は固かった地面の上にそのまま寝ていたのだから嬉しくてやった。しかし誤算が生じる。
「ふみゅ!くぉ~痛い~!!」
飛び込んだユキを迎え入れたのは柔らかいモフモフ感ではな無く、薄い布団越しにあったのは硬い木の板の感触だった。
打った鼻を押さえ、ゴロゴロとベットの上を転がり回る。打った鼻はすでに治ってるのだが痛みが記憶に刻まれてるのでほとんど条件反射だ。
まさかこんな罠が有ったなんて!
......まぁ清潔感があるだけでもいいか。美味しいご飯と寝床さえあれば生きていける。
さて、やること無いし早く寝て明日の冒険者の仕事を何かやろっかな。
ベットから起き上がり、壁を見回す。すると扉の近くにスイッチみたいなボタンを見つけたので押してみると予想通り魔具の光が消える。
〈暗視〉を使ってベットに着くと横になり、目を瞑るとそう時間が経たない内に意識を手離した。
― 翌日 AM 3:00 頃 ―
薄く、そして徐々に瞼を開いていく。朝と言うには早い時間に起きたユキは手の甲で目をゴシゴシしながら完全に意識を覚醒すると仮面とローブを装備して一階へと降りて行った。
何故、こんな時間に起きたのか。それは人の気配が3人ほどこの宿屋内に入って来たからだ。でもここまでは客として来たのかもしれないと気に掛けなかったが、店主のククさんがその3人と会話してる内に囲まれてしまった。
明らか何かあったのだろう。少しの会話だったが悪い人では無いとユキは感じたので、これから仲良くなりたいと思ってたユキは困ってたら助けよう、と思いながら降りてきたのだった。......決して猫耳や尻尾を助けたお礼に触らせてくれるかもしれないとは考えてない。
部屋が並ぶ廊下を通り、階段を〈隠密〉の《忍び足》で音を立てずに降りていく。下に降りるごとに段々と会話が聞こえてきた。その内容は胸くそ悪くなったユキは苛立ちながら問題の部屋に入って行った。
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「んー!むんーー!!」
「ったく!抵抗しやがって。余計な時間食っちまったじゃねえか!!」
「さすがは亜人だな。力だけは有り余ってるぜ」
「だが見た目は良いんだよな。本当にデブァーラ様に渡しちまうんですかい?」
「いや、それじゃあ勿体無いだろ。あんだけ時間をかけてじわじわと命令通りやってたんだぜ?俺達が味見したとしても文句言わねえだろ」
そんな会話をする領主の自警団、元盗賊の男達が話してる間に店主のククはどうやって脱出するかを考えていた。手足をきつく荒縄で縛られ、口には布で叫べないようにされていて動くことが出来ない。
くぅ~しくったなぁ。まさか実力行使に出てくるなんて。上のお客様が心配だけど、幸いにあいつらは気付いてないから大丈夫として......こんな奴等に肌を許したくない。
ククはどうするか考えても何も出来ないことに悔しさを覚える。
村から出て街に着き、貯めたお金で宿屋を買ったまでは良かった。客はそれなりに来たし、常連もいても財政は厳しかったけど食べられるだけ稼げていたから。
でも領主が新しくなってからは駄目だった。税は重くなり、食べるどころか税も払いきれない。借金も増えていつ奴隷になるのかは時間の問題だった。
ククは逃げる準備をしておいていつでも出れるようにした。遠くの街に逃げるつもりだったがその日に人が来る。あいつらかと思って隠れたが別人で珍しくお客さんが来たのだった。
領主が変わった日から段々と来なくなったお客は最近ではパッタリと来ない。怪しい人だったのでホントは泊めたくは無かったが強い視線を感じて思わずOKしてしまった。5日泊まらせることになったけど最後の客と考えてそのくらいの日数は居ようと考える。結果は変わらない。
部屋とご飯の用意を急いでしたが喜んで貰えたようで嬉しかった。この宿はたった5年の付き合いだけど愛着があるから。
今日は疲れたからもう寝ることにする。あいつらは珍しく来なかった。嬉しい限りだ。
夜中の3時に人が入ってきた気配がした。きっとあいつらだ。今日は借金を少し返せるのでユキさんが泊まる期間は大丈夫だろう。そう思って出たら男3人に捕まった。抵抗したけど数の差で捕まった。
せめてあの楽しかった頃のおもてなしをユキさんにしたかった。仮面で素顔は見えなかったけどまだ14歳位の子供だろう。守れたのなら良かった。
「何をしてるのですか?」
その時くぐもった声が、あの特徴的な声がこの場に響いた。声のした方を向くと不思議な仮面をした昨日見たまんまのユキさんがいた。
まるで気配が感じられ無かった。獣人のわたしでもだ。おかしいと感じたが、それでもわたしはそれよりもユキさんの身が心配だ。どうして来てしまったのだろう。
「ん~?誰だぁお前」
「ここに泊まってる者ですが......何でククさんが拘束されてるのですか」
その声にはどき怒気が混じってる。でも何でわたしのために怒るのだろう。この人数差ではユキさんが負けるのが目に見えてる。逃げてと視線に思いを込めても気付いて貰えなかった。
「あん?ガキには関係無いだろうが!早くここから出ていかねえとぶっ殺すぞ!!」
「まぁ落ち着けよ。いいじゃねえか、教えてやっても。おいガキ、こいつはな5000000リルの借金してるんだぜ。金貨5枚、お前みたいなのが払えんのか?」
悔しくて、恥ずかしくて、悲しくて。どんなに働いても客は減っていき、いつしか来なくなった。それでもわたしは待った。ユキさんみたいに喜んで貰えることが嬉しかったから。だからこれは自業自得だとわかってる。
そう諦めてるとユキさんはローブの中から何かを取り出したのが見えた。それを男の一人に渡すとその男は驚愕の表情になる。
「ならこれでいいですよね?」
「はぁ?これはなんっ!!」
「おい、どうした?何を渡された......金貨!しかも5枚だと!」
「...クッハッハッハ!おもしれえじゃねえか。ここは見逃してもよ。でもな、俺達の目的は金じゃないんでね。デブァーラ様がお望みなのさ。そこは覚えておけよ」
「んむ!?んーんんー!!」
うえ!?ちょっと待ってー!気になること二つ言ってるんですけど~!金貨5枚とかデブァーラ様とか!しかも領主じゃないですか~デブァーラ様。それにユキさんはそんな大金をポンッと出して貰ったらどう返せばいいの!?
と心の中でククは叫んだが口の布が邪魔して伝えられなかった。
男達3人はそれぞれ思い思いの欲しい物を言い合いながら宿を出ていく。それを見送ったユキはククに近付いて拘束していた縄を取って解放した。
動けるようになったククはユキに顔が当たりそうになるほど近付いて言いたかったことをマシンガンのように言う。
「ユキさん何で逃げないんですか!ちょうど良くあいつらは気付かなかったのにわざわざ出てくるなんて、お客様を危険な目になったら自分が許せませんよ!!それにわたしの借金を払って何がしたいんですか!?わたしに出来ることはたかが知れてるんですよ!」
はぁ、はぁ、と息を切らしながら言い切った。猫耳はピコピコ動いて尻尾はピン!と立ってる。その事にユキは一瞬止まったがおずおずと自分の願望を話した。
「えっと、じゃあ猫耳と尻尾触らせて下さい!」
「え、それは......う~ん」
その行為の頼みにククは動揺してしまう。何故なら猫耳や尻尾を触らせる行為は愛情の証として自分の大事な獣耳や尻尾を触らせてるのだ。つまり「あなたのことが好きですよ」となる。
確かにピンチに助けてもらってドキッと乙女心がときめいたがまだ恋はしてないとそう思っていた。何せ顔すら見てないのだから。
だがユキの雰囲気はどこか愛情と言うよりも好奇心に近いと分かるし、金貨5枚の礼だから!っとククは決断したら速かった。
「よし!良いですよ!バッチ来いです!!ただし、優しくしてね?」
「良いの!?では失礼して、もふもふ~♪」
ユキさんは許可を出すと同時にきっと目をキラキラさせながら手をわたしの猫耳に伸ばしてきました。緊張、だって誰にも触らせたことないからさ!
「......っ!!くぅっ!...ぁ...うにゃぁ~」
「この撫でるたびになんの抵抗も無く通らせるほど艶々な毛!撫でるとピクッと動いてカワイイ~!!」
まずい!触られる度に変な声が出そうになる!いや実際漏れてるけどさ。何故か撫でられる度に快感が押し寄せてくるのは何でなの~!
でもこんな感覚がしてしまうのなら好きな人以外に触らせるのは嫌と言うのは分かる。敏感な部分だったんですね!
幸いユキさんは美食家みたいなことを言いながら如何にも幸せです!って触ってこちらには気付いてないかな?ならこのままバレないように声を押さえ......
「ふんふ~ん♪よし!次は尻尾~♪もふもふだよ~♪」
「ひにゃあ~!!」
「え!あのごめんなさい!痛かった?」
...ふふ、声を押さえられなかったよ。完敗だぜ。
「いえ!そんなことないですよ!?むしろ気持ちよか...コホン、そろそろ朝食の用意をしちゃいますね!」
「お、お願いします?」
何とか逃げられた。あの感覚はヤバかった、もう少しで虜になるところだった...
途中で止める口実作ったからには美味しい朝食を早く作んなきゃ!
そう思いながら厨房に駆けていった。
お読みいただき、ありがとうございます!