3-1話 館長なお仕事
「ええっ。そんな、隠さなくてもいいよ?」
私は分かっているからねという目でミウに見られながら、私はぶんぶんと首を振った。
「ライとは付き合ってないから。あの時は、ちょっとそうしておかないと色々問題があったから、ライにお願いしただけ」
ライと今もお付き合いをしているという勘違いをしているミウに対して真実を伝えているのだけれど……微妙に伝わりが悪い気がする。
「それにライの好みは、もっと大人なお姉さんだから」
私の場合、ライからしたらまるっきり子供だろう。年齢や精神面での話ではなく、主に肉体的成長の面でだ。私の叔母は、女性的な体つきをしているので将来的に望みがないわけではないが、現在は程遠い。そもそも身長も低く、ぐんぐん成長しているアユムを見るたびに、いつか追い越されそうだと不安になる毎日だ。とりあえず、牛乳効果はアユムにしか出ていない。
「オクトちゃんがそう言うなら、そう言う事にしておくけれど、私は応援してるから」
応援しないで下さい。お願いだから。
何やら、私が隠さなければいけない事情があるかのように勘違いしている気がするが、ライとの関係を隠して何の得があるのかさっぱりだ。
それでも一応ライとは付き合っていません(仮)状態にはなったので、後は今後の私の行動を見て納得してもらうしかない。……色眼鏡をかけずに見てくれるといいけれど。
「それと、オクトちゃんファンクラブの会員が迷惑をかけたら言ってね」
「あー……うん。ありがとう」
拳を掲げたミウの後ろに、迷惑かけたら殴り倒すの文字が見えた気がして、少しだけ顔が引きつった。逆恨みされたら怖いので、できれば穏便に済ませたい。
「本当に言ってね。絶対だからね」
「分かった。気を付ける」
ミウに何度か念を押されて、逆に不安になってくる。
もしやミウも、私が背後から刺される可能性があると思っているのかもしれない。でも実際に闇討ちをされたら、ミウに相談する前に混ぜモノ特有の暴走を起こして、犯人だけでなく国と一緒に無理心中コースな気がしてならない。なんて迷惑な。
これはエナメルの前で、そう簡単にボロを出せなくなったなと思う。くっ。どうして過去の私は、ファンクラブなんて許してしまったのだろうと思うが、今さらどうしようもない。
まだ授業が残っているというミウと別れて、私は何か言いたげな目線を向けて来るディノと、いつもと変わらないアユムと一緒に図書館塔へ向かう。
「……えっと、何?」
ディノの視線が気になり、最終的に私の方からディノに訊ねた。多分今までのミウとのやり取りに関して不審に思っているのだろうと分かるのでスルーしてしまいたいが、これから先一緒に暮らすとなれば、悪女説的勘違いは早めに解決しておくべきだろう。ライとの関係を誤解しているミウの様に、いつまでも悪女だと思われてるのもアレだし、変に勘違いした事によって周りに妙な噂を流されても困る。
特にアスタ辺りがライとの恋人説を真に捉えたら、何だか頭の痛い事になりそうだ。
「えっと。先生、ファンクラブって何?」
「あー……この学校特有のもので、特定の先輩を応援する後輩の集まりの事。その集まりの中で、先輩が後輩にこの学校の規則を教えたり、魔法についての情報交換をしたりもしていたと思う」
嘘はついていない。事実、そういう場になっているファンクラブもあったはずだ。
私のファンクラブの様に同人活動が活発化した例は少ないと思うので、ファンクラブが何かを問われれば、これで間違いない。
「えっ。あのウサ耳姉ちゃんって、先生より大きいのに後輩なのか?」
「ウィング魔法学校の入学年齢は特に決まっていないから、年齢が逆転する例もある。それにミウと私は2歳違うだけだし」
「2歳?!」
ギョッとしたようにディノが叫ぶ。
まあ確かに、パッと見2歳差には見えなくなっているよなと思う。私の成長が遅すぎる為、幼い頃より周りとの外見の差が開いてきていた。混ぜモノの成長は結構特殊な事が多い上に、魔力が強い分仕方がない事ではあるけれど――。
「もしかして、魔力の差で成長がゆっくりになる事を知らなかった?」
「えっ? 種族の差じゃなくて?!」
「そう。私は魔力が大きいから、かなり成長はゆっくりになっているし、逆にアユムは多分ディノより早く大きくなると思う」
アユムは魔力が全くない状態だから少し特殊例になりそうではあるが、ディノの場合はそこそこ魔力もありそうだ。だから確実に追い越される場面は来るだろう。
「マジ?!」
「ボクの方が大きくなれるの?」
ギョッとしたディノとは変わり、アユムは嬉しそうに目を輝かせた。
「そのうちに。それにアスタは、ああ見えて90代だから」
「嘘っ?!」
「アスタ、おじいちゃんだもんねー」
ディノの出身地である村は、同じぐらいの魔力量の持ち主しかいない上に、人族ばかりだった為、そういう体験をした事がなかったようだ。
アユムも元々は人族のみどころか、魔力というものが存在しない世界で生きていたはずだが、幼いうちにこちらへ来てしまった事により、この世界はこういうものだと素直に受け入れられたのだろう。
「うわぁ。ちなみに先生は……」
「十九歳」
「……約七十歳差」
「そういう事」
遠い目をされるが、嘘のような現実なので納得してもらうしかない。
その割に90年生きた過程が見られるのが、魔法に関する知識のみで、性格が子供っぽい所もあるよなと思ったりもするけれど。
「俺……誰を応援すればいいんだろ」
「応援?」
「あっ。いや、えっと、こっちの事で」
ポツリと呟いた言葉を繰り返すと、何故かすごく慌てられた。よく分からないけれど、アスタの事を少しは敬わないといけないとか思ったのかもしれない。
「特別応援はしなくてもいいけれど、一応年上として敬うべきではあるかも。でも今まで通りでも問題はないとは思う。あっ、図書館の入口はこっちだから」
ようやく図書館にたどり着いたので、私は会話を止め中へ入る。
ホンニ帝国に行っていた為、本当に久し振りの図書館だ。普通の家よりも天井が高い造りとなっているのだが、そんな壁を埋めつくす本棚は相変わらず圧巻である。
「先生の家だけでも本が無駄に多いと思ったけど……すごっ」
「ここの創設者が、色んな国の書物を長い年月をかけて集めたから」
とても、とても長い年月、ここでずっと本を読んで、待っていてくれたのだろう。最近こそ、紙の値段が下がり、安くて読みやすい本というのが多く出回るようになったけれど、昔はそういうわけではなかった。だから簡単に集められるものでもなかっただろうなと思う。
「それに私はまだまだで、アスタの家の方が本は多い。図書館には負けるけれど」
「えっ。アスタって、別に家があるのか?」
「ああ見えて、貴族だから。子爵邸と、王宮魔術師だけが住める宿舎に部屋を持ってる」
そして、どちらも本が山ほどあるのだから、相当な数だと思う。
「貴族?!」
「としょかんでは、うるさくしたらダメなんだよ」
大きな声を出すディノに、図書館利用は先輩なアユムが注意する。
「アユムの言う通り、ここではあまり煩くしないのがマナーだから」
「はーい」
ディノは素直に返事をすると、物珍しそうにキョロキョロとまわりを見渡した。それなりに楽しそうなので、ほっとする。このまま本に興味を持って文字の勉強に精を出してほしいが、そこまでは欲張りすぎか。
私はとりあえず挨拶をする為にカウンターまで行く。
「あっ、オクト魔術師。お久しぶりです」
私が近づくと、青髪をした女の子が声をかけてきた。たしか図書館でアルバイトをしている子で、アリス先輩と一緒にカウンター業務をしている時に何度か顔を合わせた事はある子だ。その為特に混ぜモノだからといって怖がられる事はない。新人じゃなくて良かったと少しだけほっとする。
「こんにちは。時魔法が上手くいっているか見に来たのだけど」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。ただ、エナメル先輩が今は授業で席をはずしていて……」
「昨日わざわざ挨拶に来てくれたから大丈夫。じゃあ、ちょっと見させてももらうから」
エナメルが不在で良かった。
イメージを壊さないって難しいし、初日から疲れたくなかったので、ちょっとだけラッキーと思いつつ、私は時魔法が使われている場所へ向かった。