2-3話
「今日、図書館へ挨拶に行くけれど、行く?」
朝ごはんを食べながら私はアユムとディノに尋ねた。
ペルーラがパンや卵、野菜などを沢山準備してくれたので、今日の朝はフレンチトーストとサラダにスープと結構豪勢な食事を作る事ができた。ペルーラ以外のメイドを雇っているわけではないので、ペルーラが休みの日は私が食事を作る事になってる。
「行くっ!!」
「もごもごん?」
「口の中の飲み込んでから喋って」
元気よく手を上げたアユムの隣でディノが口いっぱいに頬張りながら喋るので、私は注意しておく。ディノはほとんど放置されて生きてきた為に、マナーなどが壊滅していた。船の中で道具を使って食事をさせるという事は覚えさせたが、色々まだまだな部分も多い。学校に通うとなれば、貴族との共同生活が待っている。最低限のマナーは教えておいた方が良いのだろうけれど……マナーに関しては教えるのが私でいいのか? とも思ってしまう。
私の隣で食事を食べるアスタは、流石貴族様と言うだけあって、食事の仕方はとても綺麗だ。元なんちゃって貴族の娘だった私よりも本物の貴族であるアスタにマナーに関しては頼るべきかとも思うが、アスタも忙しいだろうし、出来る範囲は自分で頑張るべきだろう。
ディノを引き取る事を決めたのは私なのだし。
「図書館って何?」
「図書館というのは、無料で本を読ませてくれる場所」
ホンニ帝国にあるのかないのかは分からないが、混ぜモノだと思われ、村はずれで1人暮らしを強制させられていたディノは全く関わった事がない場所だろう。そもそも、ディノは文字の読み書きがホンニ帝国語ですらできないのだし。
「ええっ。本かぁ」
どうやら既に昨日の書き取りの練習だけで、ディノは本に対して苦手意識ができてしまったようだ。私は反復練習などに全く苦痛を感じない子供だったが、元々勉強の習慣がなく外で動くのが好きそうなディノだとずっと勉強をし続けると言うのは苦行だろう。もう少し勉強方法も見直しが必要かもしれない。
「魔法学校の敷地内にある場所だから見て来い」
「魔法学校っ?!」
興味が全くなさそうなディノに対して、アスタが魔法学校の名前を出すと、目をキラキラさせた。やっぱりディノにとって魔法は相当興味がある内容のようだ。
「なかなか魔法学校の中に一般人が入る事はないからな」
アスタがディノに再度、ディノへ図書館へ行くことを勧める。
「でも魔法学校の敷地の中には入れるけれど、魔法が使えるわけではないから」
魔法使いだらけという珍しい光景は見られるが、でもそれだけだ。
先に一緒に挨拶を済ませた方が楽かとも思うけれど、ディノの勉強がもう少し進んで本が読めるようになった段階でも問題はない。確かに本の読めないディノでは、図書館と言う場所が楽しくないのも分かる。
「別に留守番をしていても構わないけれど?」
アユム1人を残すのは心配だけれど、元々1人暮らしだったディノなら大丈夫な気はする。それにまだこの村にも来たばかりで、この辺りの事もディノは知らないので、外を探検をしてもらったって構わない。魔の森の奥にさえ行かなければ、5歳児だった私がフラフラとうろつけた場所なのだから、それほど危険はないはずだ。
「オクトが図書館の館長を始めれば、これからお世話になる事もあるだろうし、今日は行っておいた方がいいんじゃないか? 昨日、図書館の代表の男が挨拶に来たんだよな?」
「それは私に対してだから気にしなくてもいいと思うけれど」
やっぱりアスタにはペルーラから報告が入っていたか。
これから私の職場になるので、仕事経験があるアスタなりに気を効かせてくれているのだろうけれど、基本的に働くのは私なのだから、ディノ達に迷惑をかけるつもりはない。
「えっ? 代表の男?」
「エナメルという後輩。彼は一応私に対して好意的だから心配はいらない」
好意的が若干行き過ぎて、崇拝になっているそうだけど。
でもあの様子だと、私が混ぜモノだという事で、職場でイジメられる事はないと思う。ただしイメージを壊した事による、後ろからグサリな危険はまだどうなるか分からないけれど。
月夜ばかりとは思ってはいけないを胸に、慎重な行動が必要だ。
「あー……先生、俺も行くよ。魔法学校にはいつか通う事になるんだし」
「そう?」
私としては特にどちらでもいいと思い疑問形で聞いたのだけれど、アスタの勧めもあって図書館へ付いて行くという選択をしたようだ。
「でも疲れているのなら、ディノの挨拶は日を改めてもいいけど」
「大丈夫だって! 本当に!! 今行っておいた方が疲れない気がするし」
長旅の疲れに合わせて慣れない環境だからか、ディノの様子は朝にも関わらずどこか疲れている様に見える。しかし本人が強く行きたいと言うなら、無理に止めるのもあれかと思い、私は特に深く追求するのは止めた。
◇◆◇◆◇◆
「人が空を飛んでる?! 何で?! 魔法?!」
ディノが箒を使って空を飛んでいる生徒を見上げながら、目を見開いている。確かに本来空を飛ぶ事のできる人は、翼族ぐらいのもので、普通はあり得ない光景だ。アールベロでも、この学校の中だけの光景とも言える。大抵の魔法使いは、卒業する頃には箒なんて移動方法ではなく、転移魔法を覚えてしまうからでもあるけれど。
「魔法じゃなくて、ほうきだよ」
「ほうき?! ほうきって掃除道具だよな?」
既に何度か魔法学校へ来たことがあるアユムには普通の光景な為、ディノに説明をしている。元々アユムはアニメ世代であった為か、特にほうきで空を飛ぶ事に抵抗はないが、ディノにとっては何でだという疑問と違和感しか湧かない状況だろう。
私も初めて箒に乗った時は、どうしてこの乗りにくい形状にしたのだと声を大にして訴えたくなったものだ。
「魔法使いって意味分かんねー。先生も乗ったりするわけ?」
「いや。転移魔法の方が便利だから」
本当は高所恐怖症で、カミュと相乗りをしたあの1回きり乗る気がなくなったというのが理由だが、あえてそれをバラす必要もないかと、事実ではないが嘘でもない話を伝えておく。
「ボクも飛んでみたいなぁ」
……うーん。
アユムは魔法が使えないので、その夢を叶えるのは中々難しい。あの光景は、魔女っ子のようで憧れるのだろうけれど。
「先生と相乗りすれば出来るんじゃないか?」
「……大きくなったら、また考えよう。相乗りは転落とか危険が多いから」
ディノの言葉にギクリとしつつ、誤魔化しておく。そして本当に大きくなった時はアスタとか、誰か別の魔術師にお願いしよう。
持つべきものは、魔術師の友人だ。
「オクトちゃん?!」
図書館へ向かい歩いていると、名前を呼ばれた。そしてそれと同時に、ぎゅぅぅぅっと抱きしめられる。
「久し振り! アリス先輩から聞いてはいたけれど本当に帰ってきたのね!!」
全身でうれしいと表現され、相手の顔を見なくても声だけで誰なのかはすぐに分かった。
「ミウ、久し振り」
「帰ってこないのかなって心配したんだから」
「いや。流石に永住はしないから」
もともとはもっと早く帰ってくる予定だったのだ。ただ、少々噂に振り回されて、ほとぼりが冷めるまで滞在期間を延ばしただけである。
もっとも、そんな事をアールベロ国の寮で生活しているミウが知るはずもなく、せめて手紙を送っておけばよかったかなと思わなくもない。ミウとは毎日会っていたわけではないが、それでも全く連絡を取り合わない仲でもないのだから。
「本当に? こっちでは、オクトちゃんが第二王子と駆け落ちしたって変な噂が流れていてすごくびっくりしたんだから」
抱きしめていた手の力を抜き、ミウは私の顔を見て笑いながら伝える。笑っているという事はミウも信じていたわけではないという事だろうけれど、魔法学校の中にまで伝わっている事態が、あまり笑えないなと思う。
「それは第一王子の嫌がらせだから」
「だよねー。オクトちゃんが、カミュエル先輩と付き合うわけがないもんね」
ミウの返事に、友人やヘキサ兄達が信じてなくて良かったと私はほっとする。まあ私達を知っている人ならデマだと分かってくれそうだけれど。もしも本当に私と駆け落ちしなければならない状況に陥ったら、カミュに同情してしまう。
「だって、オクトちゃんはライ先輩と付き合ってるんだし。応援してるから頑張ってね。あっ、そう言えば、もしかしてこの子が新しいオクトちゃんの弟子?」
「えっ……あ。弟子はそうなんだけど……」
今弟子の話題を出す直前に、ミウにトンデモない爆弾を落とされた気がする。
誰と、誰が付き合ってる? ……うわぁぁぁぁっ。もしかして、ミウってばまだあのネタを信じてるのか?!
アスタが記憶喪失の時に咄嗟にライと付き合っているという嘘をついた事があったが、まさか自分でまいた種がこんな風に根を生やしてしまってたなんて。今更ながらに、ミウにアレが嘘だったと伝えていない事を思い出す。
カミュとの噂といい、アリス先輩がアスタとの関係を勘違いしていた事といい、どうしてあり得ない話だと思ってくれないのか。まあ、ライに関しては完璧に私の自業自得なのだけど。
「……先生って、もしかしてこの国では悪女だったりするわけ?」
「まさか」
後ろにいる弟子に変な勘違いをされながら、私は上手く行かない現実にため息をついた。