2-2話
「アリス先輩、どういうことですか?」
エナメルが今日は挨拶だけと言って帰った後、私はすぐさま伯爵家へ電話をした。今まで一方的にヘキサ兄からかかってくるだけの電話だった為出てもらえるか不安だったが、ヘキサ兄はいつもと変わらない様子で電話口に出てくれた。
アリス先輩と少しお話ができないかとお願いをすると、時間があるなら伯爵邸へ来るように言われ、アリス先輩とお茶会をする事になり今にいたる。天気もいいので外の庭でお茶を飲んでいるけれど、正直呑気にお茶を飲んでいる場合ではないと思う。
「まさかエナメル君がお宅訪問しちゃうとはねぇ。アスタリスク魔術師が仕事中で良かったわ」
「アスタは関係ないと思いますというか、問題あるのは私に対してでは?」
図書館の仕事にアスタが口出しをしてきた事はあまりない。
アスタが私の保護者だった頃はいざ知らず、現在は違うし、そもそも私はもう子供ではないのだ。見た目はアレかもしれないけれど、自分の仕事は自分で責任をもってやっている。
「……えっと。アスタリスク魔術師は、オクトちゃんを追いかけてホンニ帝国まで行ったのよね?」
「はい」
何故今、その話?
良く分からないけれど、その通りなのでコクリと頷く。あの時は本当にアスタが怖かったなぁと思う。アスタの記憶が船まで追いかけて来た時点では戻っていたわけなので、普通に過保護親馬鹿モードで、私の家出を止めに来た感じなのだろうけれど、知らない身としてはとにかく怖かった。
「そして、今も同居を続けているのよね」
「はあ。まあ。えっと、アスタが奥さんを見つけられなかった場合は、老後まで見る覚悟はできました」
アスタは私といる事だけを望んでいるのだ。
だとしたら、老後の面倒まで見るのが、育ててもらった事に対する恩返しとなるだろう。幸い、私の方がアスタより絶対長生きできると思う。何といっても、アスタは既に100歳近いのだから。……でも将来、老々介護になりかねないという不安もあるけれど。私は果たして、どれぐらい長生き出来るのだろう。
「何かそこへ至るまでの大切な中間地点が抜けている気がするのだけど……」
「そんな事より、何故図書館を纏める人がファンクラブに入っているんですか?」
ファンクラブ。
それは私の学生時代の黒歴史の一つだ。実際に私が何かやっていたわけではないが、私の在学中にオクトファンクラブという活動を友人であるミウとエストが始め、それが気が付けば同人活動系として広がっていき今に至る。出来るだけ関わりたくないので、その全貌は今もなお謎に包まれていた。
「そんな事……。まあでも、まずは図書館の方が先かしら。ただ前の館長もファンクラブには所属していたし、今更よ? ただあの子の場合、崇拝がちょっと強くてね」
「崇拝?」
崇拝以外にもツッコミどころがあった気がするけれど、私は崇拝という、本来この会話の中で出てくるはずのない言葉を繰り返す。
「オクトちゃんにかなり夢見てるのよ。で、オクトちゃんがただの協力者の場合、エナメルの所為で仕事にならない可能性があるから、オクトちゃんも名目上は上の方が仕事がしやすいと思うのよね」
「夢をみて?」
「慈悲深く、賢く、美しく、女神のようだと思っているのよね」
……誰だそれ。
アリス先輩が指折りながら話す言葉の最初だけで、すでに実物の私から一気に遠のいた気がする。一体、私のどこを見たらそんな人物象となるのだろう。
エストの書いた小説が問題だったのか、それともそこから派生した二次創作の方に問題があったのか。
「私が図書館で働いたら、イメージが壊されたって訴えられる気がするけれど」
たぶん、どれだけ猫を被ったとしても、エナメルのイメージを壊さないのは無理というものだ。私を否定して二次元に走って理想の『オクト』を愛でてくれるならいいが、だまされたと言って、後ろからグサッと刺すとかは、本気でやめてもらいたい。
どうして全く関係ない所で、恨まれなければいけないのか。
「もちろんオクトちゃんに必要以上に迷惑がかからないように、ほかの図書館員やファンクラブ会長のミウちゃんにも連絡しておいたわよ。でもエナメルの為にも、ちゃんと現実を見せた方がいいと思うのよね」
確かにいつまでも私を崇拝していては可哀そうな気がする。
前世のイメージだと、オタクというのは得てしてモテナイ人種だ。図書館を纏められるような実力があるなら、そんな事にうつつを抜かしていては、とてつもなくもったいない青春になってしまう。今のうちに、現実に引き戻してあげるのが情けだろう。背後から刺されたくはないけれど。
「……逆恨みされるかもしれないので、月夜ばかりと思わないようにしておきます」
もしも殺されかけたとしても、即死でない限り混ぜモノは暴走の危険があるので、生き残る方法を考えて心を落ち着かせられるようにしておいた方が良いだろう。精霊との契約は切れているので、止血が出来る魔法陣を考えて魔法具として身に着けるのが一番だろうか。
「月夜ばかり?」
「えっと、真っ暗な夜に闇討ちされるという意味で――」
「闇討ち?! そんなの絶対させないわよ。なんて心臓に悪い。それこそ、そんな事をしそうになったら、私が縄で縛り上げておくわ」
「いや、確かに暴走したら世界滅亡の危機ですけど、アリス先輩は妊婦ですから止めて下さい」
そんな事を妊婦であるアリス先輩にやらせたら、ヘキサ兄に申し訳なさすぎる。アリス先輩の場合、口だけではなく、本気でやりかねないと思うので色々怖い。
「まあ、私がやっらなくてもヘキサが何とかするでしょうけどね。あー、それにしても怒ったアスタリスク魔術師を想像するだけで鳥肌が立ったわ」
「アスタ?」
「当たり前よ。アスタリスク様は魔族なんだし。本当に世界滅亡だけは嫌だわ」
何故、ここでアスタ?
そう言えば、さっきもアスタの事をすごく気にしていた。やっぱり、ヘキサ兄の奥さんになるという事は、義父がアスタになるので色々気を使わなければならないのかもしれない。
「……結婚って大変ですね」
「結婚?!」
アリス先輩は目を丸くしたかと思うと、素っ頓狂な声を上げた。
何故、そんなに素っ頓狂な声を上げられたか分からず私は首を傾げる。
「い、いつ?! えっ?!」
「いつって……」
「まさかホンニ帝国で?!」
何だかアリス先輩と会話が噛みあっていない気がしてならない。
どうしてアリス先輩の結婚式がホンニ帝国が行われるのか。すでに先輩の結婚式はアールベロ国でやったと記憶している。もしも新婚旅行に行くにしてもホンニ帝国は黒の大地にあるので、そんなに簡単には行けないはずだ。
「ホンニ帝国だといい事があるんですか?」
「駄目よ。やるなら、アールベロ国でもやらないと! ヘキサが拗ねてしまうわ」
まあ、ヘキサ兄はアールベロ出身だし、外国でやるよりも自国でやりたいだろう。特に、伯爵という位も持っているのだ。領民の手前、ここで盛大にやる必要がある。
でも女性なら海外ウエディングに憧れるのだろうか? 前世の知識を漁れば、日本人の中にはハワイという場所で結婚式をするというのが流行っていたとある。
私にはあまり関係のない話だけれど、アリス先輩なら色々結婚に夢があってもいいだろう。
「ヘキサ兄でも拗ねるんですね」
いつでもクールビューティーなヘキサ兄がすねる姿は、あまり想像できない。やっぱり奥さんの前だと普段と違う表情を見せたりするのだろうか。
「そりゃ拗ねるわよ。妹のドレス姿は見たいに決まってるじゃない」
「……私?」
何で私?
「分かりにくいかもしれないけれど、あの人あれでかなりシスコンよ」
「ヘキサ兄が?」
シスコン?
……何というか、似合わない言葉だ。まあ、それなりに可愛がってもらえているとは思う。そうでなければ、家なんて突然建ててもらえないだろうし、ペルーラを私の家へ派遣する事もないはずだ。……でも、ヘキサ兄はファザコンだと思うので、アスタが私の家に居候しているからというのが理由な気がしなくもないけれど。
「シスコンよ。シスコン。オクトちゃん達がホンニ帝国に言っている間どれだけ心配していたか。追いかけるわけにもいかないから、落ち着く為に家を建て直しちゃうぐらいだし」
「えっ。あの家ってそんな理由?!」
いきなり私の家がビフォアーアフターされて驚いたけれど、まさか落ち着くためって。家の改築に一体いくらのお金がかかったのか考えるだけで、庶民の私は怖いと言うのに。
貴族のストレス発散方法は恐ろしい。
「話はついたか?」
「あら、丁度良かった」
アリス先輩と話していると、ヘキサ兄がやって来た。どうやら仕事がひと段落ついたようだ。
「今、オクトちゃんと話していたんだけど、結婚式の日程はいつがいいかしら?」
「結婚式?」
アリス先輩ってば、本気で海外ウエディングを目指しているんですか?
そして私はまたドレスで参加ですか?
確かにアリス先輩の叔父さんが倒れたりして、アールベロ国での結婚式は色々ドタバタしたけれど。でも海外ウエディングをするなら、この国での披露宴は一応終ったのだし、是非二人っきりでお願いしたい。
「オクトちゃんとアスタリスク魔術師の結婚式よ。あ、でも既にホンニ帝国でやったなら、披露宴という感じかしら?」
「……えっ?」
「そうだったか。だとしたら、盛大に行わなければならないな。会場はここを使うといい」
えっ?
ええっ?
「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!」
ようやく自分がアリス先輩にどんな勘違いをされているかに気が付き、私はその誤解を解くため、この後一苦労する事になったのだった。