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ものぐさな賢者Ⅱ  作者: 黒湖クロコ
師匠編
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2-1話 とりあえずな先生

「なあ、先生。これ、全然魔法に関係してない本な気がするけど」

「魔法は後。まず文字の読み書きと数学から」

 眉を寄せて本をめくるディノに、私はそう説明する。

 ディノの勉強を開始する事になって、私はアスタに引き取られたばかりの頃に使っていた絵本と、数学の本を持ってきた。

 私も引き取られた当初は、文字練習からだったのだ。魔法を勉強するとなれば、どうしても本を読まなければいけないし、多少の計算というのも必要となってくる。

「えええっ」

「それに将来魔法学校へ通うなら、国語と数学は必須」

「なんでだよぉ。魔法って、それを勉強すればいいんじゃないのか?」

 今まで、ろくに勉強をしてこなかったディノにとっては、これから結構苦痛だろうが、魔法を使いたいなら我慢するしかない。 

「魔法を使えるようになる為には、国語と数学は必要だから。社会は、この国で生活する上で、最低限知っておいた方がいい事だからだと思う。魔法学校は貴族の子供が多いし、魔術師の資格が取れれば王宮で働く人も多いから」

 社会は私の苦手科目でもあったけれど、結局はそういう事なのだろうと予測している。アスタの様に貴族階級をそこで授かる場合もあるので、その時にこの国の事は何も知りませんでは済まないだろう。

「師匠は魔術師じゃないのか?」

「魔術師だけど?」

「なら、なんでこんな森の中に住んでるんだよ」

「……就職先については、人それぞれ考えがあるから」

 混ぜモノだから王宮では働けないと言ってしまえれば楽なのだけれど、私の知り合いがカミュだという事は既にディノに知られている。だから、私がただ山奥に引きこもりたいという理由からこの職業を選んだことはいずれカミュの口からばらされそうだ。……人様に迷惑さえかけなければ、生き方はそれぞれ自由でいいと思う。

「とにかく、まずは文字と四則演算を覚えること。これができないと魔法は絶対できないから」

「しそくえんざん? まあ、いいや。分かったよ」

 不服そうだが、一応は納得してくれたようだ。とりあえず、文字の練習からしてもらおうとすると、突然部屋の中にアユムが飛び込んできた。


「ボクもやるっ!!」

「これは遊びじゃないんだから、子供は出来ないんだよ」

「やーるーのー! ディノだけズルイ!!」

 さっきまでペルーラの手伝いをしていたはずのアユムは、バタバタと部屋の中に飛び込んできた。その顔には、仲間外れにはされないぞと言う意気込みを感じる。 

 アユムももしも日本に居たなら小学校に通っているような年齢だ。だから、文字の勉強も四則演算を覚えるのも悪い事ではない。元々龍玉語を全く知らない状態からここまで喋られるようになった事から考えて、頭は悪くないと思う。

 ただ一点問題があるとすれば、アユムはこのまま勉強を続けても、ディノとは違い、魔法を使う事は出来ないという事だ。アユムは生まれつき魔力がない。魔力がないという事は、一般的な魔法は使えないという事だ。

 魔法を使う方法はもう一つあるけれど、アユムはディノのように、ウィング魔法学校へ通う事はできないという事には変わりない。いざそれに直面した時、アユムはどう感じるだろう。


「それに、ボクはソレ読めるよ」

「えっ。マジ?」

 アユムには、引き取った当初から言葉を教えていた。その過程で絵本の読み聞かせをしていたので、文字を覚えているというよりも、本の内容を覚えているのだろう。でも意味が分かった状態で文字を覚えていくならば、きっと習得は早いはずだ。

「分かった。アユムも文字の読み書きと四則演算を教える」

「うん!」

 私の言葉に、アユムは目を輝かせ、嬉しそうに頷いた。

 その頭を撫ぜながら、魔法について考えるのはもう少し先延ばしにしようと思う。文字と四則演算については、魔法使いや魔術師でなくても覚えておいて損はないものだ。きっと、アユムが生きていく上で役に立つだろう。

 こうして、ディノとアユムの勉強の日々は始まった。




◇◆◇◆◇◆




「オクトお嬢様。お客がおみえですが、どうされますか?」

 ディノ達に勉強をさせつつ、しばらく放置していた薬類を使える物と破棄するものに仕分けしていると、ペルーラにそう声をかけられた。

「薬はまだ売れないけど……」

 私が戻ってきたという事で、村の誰かが来てくれたのかもしれない。しかし、ペルーラが掃除をしていてくれたおかげで、綺麗ではあるのだけれど、大事な商品自体がほとんどない状況だ。

「えっと、村の人?」

「いえ。たぶん服装からして、魔術師のようです。エナメルと名乗られましたが」

 エナメル?

 記憶をあさってみるが、聞き覚えのない名前だ。しかし私の場合同級生の名前をほとんど覚えていなかったので、魔術師となれば、もしかしたら顔ぐらい知っている可能性はある。

 でも、そんな顔しか知らない相手が私に何の用だろう。

 薬が欲しいのならば、こんな辺鄙な場所へ来なくても王都でいくらでも買える。

「追い返した方がよろしいのでしたら、そうしますけれど」

「……一応、会ってみる」

 わざわざこんな辺鄙な所まで来たのだ。追い返したとしても、再びやってきそうな気がする。特に魔術師の場合は転移魔法が使えてしまう。何度も何度も来るならば、さっさと用件を聞いた方が良いだろう。


「では、客室にお通ししますね」

「えっ?」

 ペルーラは私が驚いた事に気が付かないまま玄関の方へ戻っていった。私は訪問者と玄関先で話すだけの感覚でいた為、何やら大事になった気がするが、仕方がないかとため息をつく。

 貴族が玄関先で話すなんて事は普通あり得ないので、ペルーラはその常識に従って動いているのだろう。でもそもそも私は貴族でも何でもない、ただの薬師なのだけど。ペルーラについても、状況的には、伯爵であるヘキサ兄に貸し与えられているという形だ。だから別に私はペルーラの主人でもなんでもない。それでもペルーラは私を貴族のお嬢様の様に扱う。

 魔術師の中には貴族の位を貰い受ける人もいなくはないけれど、そのためには国に仕えて国にとって優良な事をしなければならない。そしてそれ以前に、国に仕える為には、この国の戸籍が必要だ。魔力の強いモノを積極的に受け入れている国なので、魔法学校を卒業していれば、戸籍取得は意外に簡単だったりするけれど……そういえば私は特に何も申請していなかったなぁと思い出す。そもそも、元々旅芸人で生まれた私は何処の国にも所属をしていない。

 旅芸人ならば問題がないのだけれど、そうでない場合は住む場所などの関係で不便が多いため、普通は戸籍の取得をする。しかし私の場合は、取得した所でヘキサ兄のような知り合いの居ない場所で住むこともできず、利点が全くない。おかげで書類に煩いヘキサ兄でさえ特に何も言わなかったので、忘れていた。

 ヘキサ兄的にも外国人の多いこの国では、戸籍の有無なんてそれほど気にしなくてもいいと思ったのかも知れない。


 今更ながらにそんな事を思い出しながら、仕事場から客室の方へ向かった。服装は白衣を着てるし、仕事をしていましたと言えばこのままでも問題ないだろう。

 ペルーラは少し眉をしかめそうだけど。

 客室へつき、私は扉をノックした。すると、ペルーラが中から開けれくれる。

「失礼します」

 相手は魔術師のようだという話だけれど、貴族かどうかは分からない。訊ねてきたのは向うだけれど、貴族だった場合は、最低限の礼儀は欠かない方が良いだろう。

「突然来てしまい申し訳ありません」

 ヘキサ兄のような銀髪の青年は、私の姿を見るなり慌てたように立ち上がると、頭を下げた。……私に頭を下げるという事は、たぶん貴族ではないのだろう。銀髪という事は、白の大地の出身者かもしれない。

「別に大丈夫です。えっと。頭を上げて座って」

 

 薬師の所に突然やって来るなんて普通の事だし、頭を下げる必要は全くない。なので、どう扱っていいか分からず、とりあえず席を勧めた。

 私は見覚えがなかったが、私の顔の痣を見ても驚かなかったところを見ると、私が混ぜモノであることはちゃんと知って、ここに来ているのだろう。

「それで、ご用件は?」

「オクト魔術師がこの度、図書館で館長をしていただけると聞いて、居てもたってもいられなくて、挨拶をしに来ました。あ、これつまらないものですが」

「えっ。あっ、その件で……」

 もしかしたら、この青年がアリス先輩の代わりに、現在図書館をまとめている人なのかもしれない。あえて手土産まで持ってくるところを見ると、もしかしたら時魔法の事で早く何とかして欲しいと考えているのかもしれないと思う。


「時魔法の調子が悪い様なら、今日にでも伺うけれど?」

 とりあえず、今日は薬の片づけをして、明日にでも様子を見に行こうとは思っていた。しかし早急に何とかして欲しい部分が出ているならば、今すぐ向かっても問題はない。

 幸い、私の店はいつでも閑古鳥が鳴いているので、薬がなくて困っている人は居ないと思う。伯爵家の方の薬の補充も、特に急ぎのものはなかった。

「いえ。オクト魔術師が手掛けた魔法装置は問題なく動いています。あの技術を見るたび、私は感動しています」

「いや、感動するほどでもないような?」

 基本的には、前館長が構築したものだ。その為、緑色の瞳をキラキラさせて見られると困ってしまう。

「そんな事ありません! それに魔法だけでなく、あなたの活躍そのものに、私は魅了されているんです」

「は?」

 活躍? 魅了? 

 妙な単語に頭が痛くなってきた。なんだか、こんなノリの展開、前にも経験した気がする。そう、あれは、まだ私が学生だった頃だ。

「私はオクトファンクラブの会員として、全力でオクト魔術師をサポートしたいと思っています。ですから、これからよろしくお願いします!!」

 やっぱりかっ?!

 というか、ミウ!! まだ、続けていたの?!


 いい加減滅んでほしい会合名を聞きながら、私はアリス先輩が何故私に図書館の館長なんていう面倒なものを押し付けてきたのかが何となく見えてきた気がした。

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