1-3話
「……押し切られてしまった」
図書館の館長なんて無理ですと言いたかったというか、実際伝えようとチャレンジはしたものの、最終的に押し切られてしまった形で、私は伯爵邸を後にした。
私の能力では絶対無理だと思うのに、どうして分かってもらえないのか。
こうなったら、私なんかよりずっと図書館で館長に向いているだろう、図書館を今まとめている子に押し付け――もとい、お願いをするしかない。
きっとその子だって、混ぜモノなんかを館長に据えるぐらいなら、自分がやると言うはずだ。うんうん。その作戦で行こう。
「オクトの事をそれだけ信用しているんだろ。でも頑張りすぎたら駄目だからな」
「うん。分かってる」
とはいえ、かなり長い間留守にしてしまったので、図書館の時魔法に関するメンテナンスは早急に必要だ。一応蓄魔力装置だけ頼らず、この期間は私の魔力を随時流れる様にしておいたので、トラブルは起こっていないと思う。
でも私が居なければ維持できない装置というのも考え物だ。
それに関しては、これから繁盛するであろう、アイスクリーム屋も同様である。海賊が販売をしてくれるが、アイスクリーム作りは魔法を使っている関係もあって私が行っていた。
でも誰でも出来る様にしておいた方が、後々楽になるだろう。その上でちょっとばかり特許権を主張して、ロイヤリティみたいなものを貰えると、今後隠居生活をする上でなお良しだ。
特にこれからはディノを魔法学校へ入学させる為に私が勉強を見る必要はあるし、アユムだってペルーラにまかせっきりというわけにはいかない。時間が相変わらず足りないのは間違いないのだから。
いや、でも今足りないものは時間だけではないか。
しばらく働かずに海外に居たのだから、勿論お金もちゃんと稼がなければいけない。それに家の方はペルーラが管理してくれていただろうとはいえ、薬棚は整頓しなければ――。
「しまった」
「どうしたんだ?」
家の事を考えて、私はヘキサ兄に色々と確認をしなければならななかった事を思いだした。
「あの新しい家の確認をし忘れた」
アリス先輩の妊娠はまあいい事だとして、その後の図書館の館長云々の話の所為で動揺してしまい、色々と頭から抜け落ちていた。しかもその後も、ホンニ帝国での事や船旅のでの事に関して二人から質問攻めされた為余り話す時間がなかったとも言える。
「ヘキサが勝手にやったんだろうし、また後日確認すればいいんじゃないか?」
「ヘキサ兄も忙しいから今からもう一度行くのはあれだけど……許可なく勝手に住むのも……」
ビフォア―アフターされた家はかなり大きなものだった。あれなら、アユムもディノも、ついでにアスタも1人部屋をつくる事ができる気がする。
ペルーラの事に関しても、ヘキサ兄はお金は気にするな的な事を言っていたのだから、いきなり家に対して借金取り的な事はしないと思う。思うけれど、私とヘキサ兄の関係は、今はただのビジネス関係で兄弟でもない。それなのにそこまでしてもらっていいのだろうかと不安になる。
「アスタは父親だからいいとは思うけれど……」
それにヘキサ兄は間違いなくファザコン系だし。
私の家に転がり込んできてしまったアスタの事が心配で、ヘキサ兄はペルーラの派遣を考えたに違いないと思う。そうでなければ、もっと早くに私の家にペルーラの派遣をしていたはずだ。
「オクトはそういう、書面上の関係を結構気にするのか?」
「そういうわけでもないけれど」
兄弟ではなくなったから申し訳ないというわけでもない。そもそも与えてもらってばかりだから申し訳なく感じるのだ。
「ヘキサはやりたくてやってると思うけど?」
「分かってる。でも何もお返しができない」
もう私だって一人前に独立しているのだ。誰かに面倒をかけていいような時期は過ぎている。余り甘えてばかりというのも問題だ。
そんな事を考えているうちに、私の家が建っている、魔の森の麓までやって来てしまった。こうなったら、明日改めて訪問していいか確認を取ろう。
私はため息をつきならが、とりあえずしばらく留守にしていた薬屋の中へ入る為にドアノブに手をかけた。
「先生、大変だっ!!」
「何が?」
突然大声で呼ばれたかと思うと、大きな屋敷の方からディノが転がるような勢いで走って出てきた。
ペルーラがお風呂を用意したのか、髪の毛が濡れたままだ。せめて乾かせばいいのに、よっぽど慌てるようなことがあったのだろう。
今は暖かい時期だからいいけれど、この辺りは冬は雪深くなる。温暖なホンニ帝国から出た事のないディノには辛い寒さになる為、髪の毛を乾かす癖はつけておいた方がいい。
「それより、ディノ髪を乾かした方がいい」
「髪なんてどうでもいいって!! そんな場合じゃないよ。この屋敷は呪われているよ!!」
「……たぶん死人は出ていないと思うけれど?」
ヘキサ兄がビフォア―アフターしている時に事故が起きていたら知らないが、私が住み始めてからは、そういった事故は起きていない。それにここは薬屋であって病院でもないので、死者が出ようがない。
「魔の森の関係じゃないか?」
「ああ。この家の辺りは『魔の森』と呼ばれていて、迷いやすくなっている。あまり森の奥にはいかない方が良い」
この森の奥の方に、樹の神であるハヅキの社がある事が原因なのだが、その事に関してはむやみやたらと喋っていい事ではないので黙っておく。
たぶん今の所、神様とはいい隣人関係を築けているとは思うので、本当にアユムやディノが迷い込んでしまったら、神隠しなどはせずに返してくれるとは思うけれど、奥へ行かない方が良いのは間違いない。私よりずっと前から住んでいるこの村の人達はそうやってこの森と上手く付き合ってきたのだ。
「そういうんじゃなくてさ。呪いじゃなくて、魔法かもしれないけれど、お風呂に入ったら性別が変わったんだ!!」
……漫画の読み過ぎじゃ。
ふとそんな言葉が浮かんだが、私が知る限り、この世界に漫画文化はない。なので水をかぶったら赤毛の女になって、お湯を被ったら男になるなんてネタは前世の中だけだ。
ちなみにそういう魔法を私は知らないし、アールベロ国にはないと思う。もしかしたら、この世界は広く、大地ごとの交流はあまりないので、何処かにそういった魔法や温泉がある可能性はあるけれど……。
「ディノは男のままだろ。それとも、元は女だったのか?」
「そんなわけないよ! 俺は男のままで問題ないんだって!」
もしかしたらアスタだったら性別を変えられるのかもしれないと思ったのだろう。ディノは慌てたように首を振り否定した。
「それなら誰が問題?」
「アユムだよ!! ペルーラ姉ちゃんがお風呂を沸かしてくれたから、一緒に入ったら、女になったんだ!! アユムの奴、まだ気が付いてないみたいで落ち着いているけれど、どうしよう」
……そういう事か。
ディノはアユムをからかったりして遊んでる所を良く見かけるが、一応年上という意識はあるようなので、せっかくだからと一緒に風呂に入って面倒をみようとしたのだろう。
これまでアユムが風呂の時は、私が一緒に入って面倒をみていたし、着替えも同様なので、ディノがアユムの裸を見る事はなかった。
そしてアユムは、ホンニ帝国に居る間は、人さらいなどの危険を減らす為に男の恰好をさせていたし、アユム口調はカミュの悪影響によりボクっ子となっている。可愛い顔立ちはしているが、アユムの年齢はまだ6歳ぐらいだ。ディノが勘違いしてしまっていたのも無理はない。
「アユムは元々女の子だから」
「えっ?」
「くだらない事言ってないで、中に入るぞ」
ディノはアスタに頭をポンポンと叩かれたが、きょとんとした顔のまま固まっている。
「ちなみに私も女だから」
「いや。うん。それは知っているけれど……えっ? ええええええっ?!」
念のためと伝えれば、流石にそれは分かっていたらしい。
しかし結構長い期間、船旅で一緒だったのに気が付かなかったとは。以外にディノは鈍いのかもしれない。
「アユムが女っ?! マジで?!」
今日から、私とアスタとアユム、それにディノを加えた4人で一緒に住むことになるのだが、全員血のつながりがなければ、年齢も生まれた場所も、種族すらバラバラだ。
アリス先輩に押し付けられた事とヘキサ兄による家のビフォア―アフターだけでも頭が痛いのに、これから上手くやっていけるだろうかと、問題山積みの現実に私は心の中で溜息をついた。