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ものぐさな賢者Ⅱ  作者: 黒湖クロコ
師匠編
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1-2話

「まず初めに、無事に帰ってきた事を嬉しく思う」

「はあ……いえ。はい」

 兄の労いの言葉に、私は軽く頷いたが、あまりに緩い返事にブリザードが吹きそうな雰囲気を感じで、慌てて言い直す。とはいえ、私は入れてもらったお茶から目線を上げる事ができず、ヘキサ兄の方を見てもいなかったけれど。

 次は何を言われるのか。

 どんな苦情を言われるのか。

 どんな苦行を強いられるのか。

 ……想像だけで、胃が痛い。


「それにしても、結構時間がかかったわね。ホンニ帝国ってそんなに遠いの?」

 ホンニ帝国は緑の大地ではなく、黒の大地にと白の大地に跨る国だ。その為、海路で行ったとはいえ結構遠い。しかし戻ってくることが遅くなった理由はそれだけではなかった。

「えっと、遠いには遠いけれど……」

「大地が違うのだし、当たり前よね。でも、帰るのが遅くなってある意味正解だったと思うわ。つい最近まで王都を中心に、第二王子が賢者と駆け落ちしたって噂が流れていたから。あのタイミングで帰ってきたら、間違いなくオクトちゃんは第二王子の嫁か、よくても婚約者だったわね」

「ぎゃふん」

 まさか王都から結構離れている、ヘキサ兄の領地までそのうわさが流れているなんて。私はまさかの過ぎる状況に、頭を抱えた。あのトンデモない噂は、第一王子が故意に流したものだとカミュから聞いてはいる。何という嫌がらせだろう。

 カミュ、変な事に巻き込んでごめんと心の中で手を合わせておく。どうか噂も落ち着き、王都へ帰ったカミュが熱愛誤報で振り回されませんようにと祈るばかりだ。とりあえず、私はほとぼりが冷めるまでもうしばらく近づかないでおこう。たぶん私ではカミュの足を引っ張るだけだ。うん。決して噂を否定し回るのが面倒だからではない、私なりの賢い判断だ。


「第二王子の判断もあったのだろう。帰るのが予定より遅れる旨は聞いている」

「えっ」

「やっぱり、アイツと連絡を取り合っていたのはヘキサか」

「えっ?」

 ……連絡取り合っていたんですか? さらにアスタは連絡を取り合っていたのを知っているんですか?

 いつの間にとしか言えないが、よく考えれば、アールベロ国の噂をどうやってホンニ帝国に居たカミュが知ることができたのかといえば、どう考えても情報のやり取りを何らかの形で行っていたはずだ。

「伯爵家の薬師だけでなく、アスタリスク様まで行かれてしまいましたので」

「別に良いだろ? 職場の方には、第二王子の付き添いで出かけるって、後で連絡しておいたし。あいつ等も文句は言わないだろ」

 えっ? いつの間に?

 私が目の前の事でいっぱいいっぱいになっている間に、周りはちゃんと帰ってきた後の事も考えていたらしい。


 ……ま、いいか。

 私の場合、アスタとは違い突然いなくなっても特に問題がない山奥の隠居生活もどきをしていたのだ。薬を売っているヘキサ兄にだけは、出かける前に連絡していったわけだし。

「オクトちゃん、自分は関係ないって顔をしていないかしら?」

「いや、えっと? あ、あの。今日はどんな用事でした?」

 私はアリス先輩の言葉にドキリとしつつ、そこから小言に繋がる予感を敏感に察知し、話を逸らした。

 この用事も怒られる事に繋がる可能性は高いが、どうせこちらは避けられないのだ。だったら、2回も小言を言われるより1回で済ませたい。

「用事って、久々にオクトちゃん帰ってきたのよ。会いたいと思うのは普通じゃないかしら? ……どうしてそこでキョトンとした顔をするのかしら? あら、相変わらず憎々しいぐらい柔らかいほっぺだこと」

「ひひたいでふ」

 ぐいっと頬を引っ張られ、私は離された後も頬をさすった。

「魔力が高いと本当に老化が遅いわねぇ。嫌になっちゃうわ。こっちは高いお金出して化粧品で誤魔化してるというのに」

 そんなの私の責任じゃない。

 どう考えても八つ当たりだ。それに老化が遅いということは、成長が遅いという事でもあるのだ。おかげで私の身長は、今でもかなり低い。10歳ぐらいにみられてしまう事もしばしばだ。……個人的にはもう少し大きいと思うのだけれど。


「でも、元気そうで嬉しいわ。オクトちゃんの事だから、寝食すら忘れて野垂れ死んでもおかしくないし。アスタリスク様とアユムちゃん、それに第二王子達が居てくれたおかげね」

 私はどこまで信用が低いのだろう。

 確かに、数年前に寝食忘れて栄養失調で倒れた時はあったけれど何だか釈然としない。

「まあ、勿論会いたかったという用件だけじゃないから安心して。実は少しオクトちゃんにお願いしたい事が出来て」

「お願い……ですか?」

 アリス先輩のお願い。聞いてあげたいのはやまやまだが、どうにも不安になる。

「実は、私のお腹に赤ちゃんができてね」

「はあ……。ん? えっ? 赤ちゃん?!」

 普通に相槌を打って、何かがおかしいと感じてその言葉を反芻した私は、ギョッとした。アリス先輩に赤ちゃん? 誰の子? って、ヘキサ兄しかいないわけで。

 結婚もしてるし、おかしな話ではないけれど、でも子供なんてまだまだ先の話だと思っていた。


「そうなの。まだあまりわかりにくいかもしれないけれど」

「おめでとう」

「あっ、おめでとうございます」

 アスタの言葉に、私も慌てて祝いの言葉をつづける。別に祝福していないわけではなくて、ただただ驚いてしまっただけなのだ。

「ありがとうございます」

「いつごろ生まれるんですか?」

「収穫祭がある秋頃になるかしら」

 収穫祭の頃かぁ。この地域は収穫祭を結構大きくやるので、なんだかんだで慌ただしくなるかもしれない。

 でもアリス先輩の子供が生まれるからといって、とりわけ私ができそうなこともない気がする。私は産婆ではないので、お産の手伝いはできないし、いくらなんでもアリス先輩だってそこまでの無茶ぶりはしてこないと思う。

 

「それで、流石に生む直前や生んだ直後は、私も仕事ができないと思うのよね」

「ああ。そうですね」

 前世の記憶を頼れば、日本には女性の場合、産休というものが存在していたはずだ。ただアールベロ国では、どうなのだろう。女性が働いていないかといえばそうでもないけれど、産休という制度は存在するのだろうか? 基本的には子供ができたらよっぽどのことがない限り仕事を辞めている気がする。

「だから図書館の館長の権限で、オクトちゃんに館長に返り咲いてもらおうと思います!」

「……えっ?」

 ん? 今、おかしな言葉が聞こえた気がする。

「あー、やっと肩の荷が下りたわ」

「いやいやいやいや。無理です」

 それは無茶振りです。

 私が館長を任命されたというのは、本当に一瞬の間の事で、その間も館長らしい事は全くやっていない。つまり返り咲きと言う前に、そもそも咲いていないのだ。そんな私が突然任されたって何も出来ないに決まっている。

「もちろん、オクトちゃんは伯爵家の薬師もやってもらわないといけないから、ほとんどの業務は別の子に任せておくわ。でもクロワ館長から引き継いでいる遺物の管理はその子じゃできないし、突然オクトちゃんに協力してもらいなさいと言っても……たぶん色々難しいと思うのよね。というわけで、形としてオクトちゃんが館長をやって、そのサポートを他の子がやる方がいいと思うのよ」

「私がサポートの方が……。その。先日弟子ができて、その子の勉強も見てあげないといけないですし、アユムの面倒も見ないといけなくて。時間が足りないといいますか」

 そんな責任ある役職の人が不在である日の方が多いというのはマズイだろう。

 

 それにこれからまた夏がやって来るので、再びアイスの作成にも取り掛かる事になるだろうし……といいわけを考えると色々出て来る。ぶっちゃければ、責任あるような役職が面倒――もとい苦手なのだけれど、事実私は結構忙しいと思う。この状態で図書館の館長は無理だ。

「別に図書館に弟子を連れてきても構わないわよ。本だけは色々揃ってるから、丁度いいんじゃないかしら。それにアユムちゃんの面倒なら、ペルーラも居るじゃない」

「えっと、ペルーラの件なのですが、あまり伯爵様に甘え続けるのもどうかというのもありまして……」

 ペルーラは私が雇っているわけではなく、ヘキサ兄が私があまりに倒れたりするのを心配して貸してくれているだけだったりする。

 あの頃は忙しいだけではなく、精霊との過剰契約があった為に調子が悪かっただけで、今はその点も解決していた。あ、でも、もしかしたらその話をヘキサ兄は知らないのかもしれない。

「実は精霊魔法の件もなんとかなりまして、体調の方も――」

「伯爵家の薬師が滞りなく仕事が出来る様にするのは私の仕事だが?」

「えっ、いや、その」

「それとも伯爵家の財源がそれほどまでに困窮していると?」

「いや、そういうわけでもなく」

 ヘキサ兄が突然会話に加わったかと思うと、ツラツラツラと私に対して反論し始めた。いつもながらのクールビューティーな感じでしゃべられると、私ごときでは反論できなくなる。

「最近の伯爵家の収支経済状況の見たいのなら持って来よう」

「け、結構です。分かりましたから」

 別に私も伯爵家の財源なんて心配していない。ヘキサ兄に変わったのだから、それはもう、きっちりとその辺りは管理されているだろう。

 そして元数学教師のヘキサ兄の持ってくる資料はきっと見ていたら数字が苦手でない私でも頭が痛くなるようなものに違いない。

   

 ……別にヘキサ兄を馬鹿にするつもりはないけれどそう感じさせてしまったらしく、私は反省する。ペルーラの事は、またおいおい伝えた方が良いだろう。

「とにかく、館長の権限で、オクトちゃんには館長代理をお願いするわ」

「えっ」

「私も、前任の館長にそう言って押し切られたの。ね、オクトちゃん?」

 ……前任の館長って、もしかしなくても私だ。アリス先輩に押し付けた事を結構根に持たれていますか?

 私は凄味のある笑顔を前に頷くしかなかった。

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