8-1話 準備万端な家庭訪問
さて、エナメルと一度しっかり話をするとなると、突然の訪問は控えた方がいいだろう。
伯爵邸から帰って来た私は、真っ先にそれを考えた。しかしどういう方法を考えてもテンパったエナメルと会話が失敗する未来しか見えない。
「まず彼にどうやって話を切り出そう」
一番最初の挨拶の時は普通だったのだ。だとしたら、事前に訪問するよーと伝えておけば、何とかなるかもしれない。でも色々な話を聞くとなれば、どれだけエナメルが脳内で練習していても、上手く対応しきれなくなりそうだ。
いっそ誰かクッション材を挟んだ方が……いや、でも。ちゃんと私が聞かないといけない事だし、又聞きだと情報の受け取り方がおかしくて、こじれることもある。
後は第三者に一緒に同席してもらうかだけれど。うーん。私がいる時点で、結局同じような……。エナメルの事に詳しい人がいっしょにいてくれたら心強いけれど、アリス先輩ですらエナメルが故郷に帰ろうと考えている事を知らなかったぐらいだ。適任者が分からない。
「あっ」
先輩以外でエナメルの事情に詳しそうな人はいるだろうかと考えていたが、ふと先ほど先輩からもたらされた情報を思い出した。そうだ。エナメルには、妹がいたはずだ。まだ未就学という事なので、幼いか、もしくは成長が遅いのだろうけど、妹なら白の大地に居た頃のエナメルも知っている。帰らなければいけない事情までは知らなくても、彼の人となりを聞くには丁度よさそうだ。
だとすると、図書館や学校と言う場所ではなく、いっそ彼の家を訪ねた方が早いだろう。
「ペルーラ。手紙を書きたいんだけど、何かいいものある?」
突然魔法で連絡すると、やっぱり絶対碌な事にはならない気がするので、まずは文通からだ。そう思ったが、普段あまり手紙を書く習慣がないので、私は便せんを持っていない。
何もなければ町まで買いに行こうかと思ったが、念のためペルーラに声をかけてみた。するとすぐさま、可愛らしい紙が手渡された。
「これもしかしてペルーラ個人のもの?」
「はい。どうぞ使って下さい」
「ごめん。今度買って返す」
「いいえ、いいえ。オクトお嬢様のお役に立てるなら、何枚でも使って下さい!!」
ぶんぶんと手を振られたが、街中の可愛らしい雑貨屋でしか見ないだろうと思うような便箋だ。……確かに私が買って返すには少々ハードルが高い。かといってお金を直接渡すのも、何だか微妙だし。
そのうちいいものがあったら、ペルーラへの手土産にしようと思いながら、便箋を受け取る。
「ペルーラはよく手紙を書くの?」
「そうですね。両親とか……まあ、色々と」
聞くと微妙に端切れの悪い言葉が返って来た。両親は何となく理解できるが、色々って何だろう。別にペルーラが誰に手紙を出していても問題はないけれど、何となくこの歯切れの悪さが気になる。
「……ペルーラ、何か困っている事はない?」
思えば、ペルーラはずっと私の家で働いている。ちゃんと休憩はとれているのだろうか?
それにペルーラの両親とかも気にした事がなかった。もしかして何か病気を患っているとかないだろうか? 獣人であるペルーラは私よりずっと成長が早かった。つまりは老化のスピードも速いという事だ。一度長期で休ませてあげて故郷に帰らせてあげた方が良いだろうか。
エナメルの時にも思ったが、私は本当に周りを見ていない事が多すぎる。
あまり踏み込むのは不躾っだと思い一歩引いている部分もあるけれど、結局のところ私の意識がそこまで向けられていないという事だ。
「えっと、故郷に帰りたいなら――」
「か、帰りませんから!! 私ここでずっと働きたいです!! 駄目でしょうか?!」
「えっ。駄目ではないけど……」
何か言葉の選択肢をミスったらしい。ぐわっと掴みかからんとばかりに、ペルーラに詰め寄られて私はのけ反りながら、慌てて答えた。
「なら辞めたくないです!!」
「えっ? 辞める?! そ、それは、困るかも。どう頑張っても手が足りないし」
ヘキサ兄にすごく甘えてしまっている自覚があるので、凄く申し訳ないが、この家の維持とか、アユムとディノの面倒とか、アスタの面倒まで考えると、現状私一人でどうにかなるレベルを超えている。
「あの。故郷に帰るってどういう意味でしたでしょうか?」
「いや、そのまま。親に一度顔を見せに行った方が良いかと思って。お休みがいらないかなと」
「申し訳ございません。私の勘違いでした。でも実家には、オクトお嬢様が黒の大地へ行かれている時に顔を出したので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「いいなら、いいけど。行きたい時とか、休みたい時は遠慮しないで欲しい」
ペルーラにはお世話になりっぱなしなのだ。折角年頃なのに、ずっと仕事ばかりでは――あっ。
「そうだ。ペルーラは結婚したい人はいない? ずっと働きっぱなしだけど、本当に大丈夫?」
私は馬鹿だ。
私の時間感覚とペルーラの時間感覚は全然違う。もうペルーラは立派な成人なのだ。しかも結婚するには少し遅いぐらいになっている気がする。
その理由はどう考えても私だろう。
ドタバタと私がやらかしている間に、ペルーラの大事な時間が奪われていた事に今更気が付いた。
「け、け、結婚?!」
「えっ」
その反応。まさか、いい人がいるの?!
顔を真っ赤にさせて、耳をピンと立てたペルーラの動揺に、私の方が驚く。でもいておかしくない年齢なのだ。むしろ、何故いないと思っていた、私。
いや、うん。そこまで頭が回っていなかったからだけど。
「お付き合いされている方がいるの?」
「そ、その……はい」
「もしかして、ここで働いているのが原因で、結婚できないとか?」
「そんな事はございません!! むしろオクトお嬢様を蔑ろにするなら、ロベルトをぎったんぎったんに叩き潰して別れま――あっ」
そうか。相手はロベルトって言うのか。
……ん? ロベルト? どこかで聞いた名前というか、ペルーラの交友関係を考えると――。
「ロベルトってもしかして、子爵邸で働いている?」
「……そうです。そのロベルトです」
「えっ。もしかして、私の所為で引き離してしまった感じ?」
「ち、違います。私がオクトお嬢様の近くで働きたかったから、自分からこの仕事に立候補したんです。ロベルトもその点は納得してます」
そうだったのか。
アスタはその事を知って――ないな。絶対、ない。アスタの周りへの関心度は私と同じか、更に悪いと思う。
ヘキサ兄もその辺り鈍そうというか……。
とにかく、過去は考えても仕方がない。大切なのは、今で未来だ。
このままではペルーラが結婚できない、もしくは近いうちに辞める必要が出てくる。ペルーラは私の様に転移魔法も使えないので、王都と往復するのは無理だ。
「えっと、ペルーラはどうしたい? 私の事情は気にしなくていい。私に恩があるとか、借りがあるとか、そういう事も気にする必要はないから」
ペルーラには居て欲しいけれど、それは私の我儘だ。
「あの、もしもお願いできるなら、ロベルトもここで働かせてもらえないでしょうか?」
「へ? 子爵邸にペルーラが帰るんじゃなくて?」
「それは、ないです。絶対、ないです。あり得ません」
ロベルト、本当にごめん。
どうやらペルーラは恋心より、忠義を守りたいらしい。犬系の獣人だから、その反応は分からないでもないけれど、本当に申し訳なくなる。
「でも、ロベルトは嫌だと思う。田舎だし、そもそも私はただの薬師でしかないから」
「ただの?」
「いや、様々な肩書は見なかった事――じゃなくて、その、本業ではないから。本来の意味ではという事で」
ギロリと睨まれて、私は口ごもる。
ペルーラは少々私に夢見過ぎている感があると思う。でもここで私の賛美なんて聞かされたくないので、適当に流して話を促す。
とりあえず、元々の私の職業はただの薬師なのは変わりない。本来なら使用人などいなくて当たり前だ。
「その件なんですけど、以前からオクトお嬢様は薬草の栽培に興味を持たれてましたよね」
そうなのだ。
魔力量とか、地質とか、色々調べてみたいと思っていた。でも、時間がない。本気でない。もう、絶望的なぐらいない。
でも絶対将来的にはやったほうがいい研究だと思っている。魔の森という魔素が多い土地柄というだけで、薬草の効能がかなり違うのだ。絶対この先役立つとは思う。
だから素直に私は頷いた。
「その育てるのを、ロベルトに任せませんか?」
「へ?」
「馬の世話も得意ですし、彼は庭造りも得意です。そもそも貴族お屋敷で働くには色々問題ありな奴ですし、何よりここならお酒を飲みすぎません」
そう言えば、ロベルトはお酒が好きなヒトだったなぁとぼんやりと思い出す。そしてそれをペルーラが探し当て取り上げていた。
王都にある子爵邸とは違い、この土地柄なら、中々お酒が買いに行けないので、飲み過ぎる事はないだろう。
「それと薬草が多く手に入るならば、買い取りたいと言っている人が多いと、伯爵様から伺っています。オクトお嬢様の薬の効きがあまりにいいので。なので薬草の販売を始めれば、ロベルトの給料ぐらい取れると思うんです」
「えっと、それ、直接ロベルトが商売した方がいいような?」
「ロベルトは商売人向きじゃないです。絶対色々騙されるタイプなので、間にオクトお嬢様が入った方が良いんです。それに育てる薬草もどんなのがいいかとか、知識ないですから」
確かに。商売人向きかどうかは私では分からないが、薬草の知識なら、多分私の方が多いだろう。だとすると、後々独立を見据えた上で雇う形がいいかもしれない。
「ロベルトの方に確認をちゃんととってくれるなら、私は問題ない。ヘキサ兄の方にも雇うにあたっての事を相談してみる」
「わかりました。よろしくお願いします」
たぶん書類とか、雇う上での雇用体制とか教えてくれると思う。ついでにアリス先輩にエナメルの住んでいる場所と妹さんについての情報をもらっておこう。
偶然だけれど、ぺルーラの思わぬ事情に気が付けた私は、彼女が困る前に気が付けて良かったと、ほっと胸をなでおろした。




