7-2話
お茶会。
それは、貴族の女性の必須行事。うふふ 、おほほと優雅に会話を楽しむ中で、裏では情報収集をしたり、牽制しあったり、人脈を広げたりと動く。その姿はまるで水面下の見えない場所では必死に足を動かしている白鳥のような光景だ。
でもそれは、貴族の話。貴族でない私はそんな苦労せずに、お茶とお菓子を楽しめばいいはずだ。
そのはずなのだけれど。
「お菓子はどうだろう?」
「とても美味しいです」
用意されたお菓子はこの地域では主流の焼き菓子、パウンドケーキだった。中にりんごの果肉が入っていて美味しい。美味しいのだけど、ヘキサ兄を前にしているとなんだか試されているような気持ちになり、ドキドキする。
「最近育て始めたりんごを使っているのだが。改善点はないだろうか」
「あっ、えっと……。りんごを使うならシナモンを入れても美味しいですし、サツマイモとかも一緒に入れても美味しいかもしれないです。はい」
やはりヘキサ兄主催のお茶会で、ぼーっとしながら飲んではいけないのだ。
私は気を引き締め、ヘキサ兄の質問に全力で向かう。いまだに本物の妹の様に身内として扱ってくれるのだ。家の事もあるので、ヘキサ兄の為ならどんなことでも協力は惜しまない。
「りんごは、栄養的な面ではどうだろう?」
「えっと、栄養価は高いです。すりおろして食べると、お腹にも優しいので、体調が悪い時にはおすすめです」
前世の知識を探せば、リンゴは医者いらずな果物と言われていたという内容が思い浮かぶ。
たしかビタミンCや食物繊維が豊富で、更にポリフェノールがあるとか。……うーん。この辺りはどうやって噛み砕いて伝えようか。
「久々の兄妹の会話だから口を挟まずに見守ろうと思ったけれど、あえて言うわ。なんで、そんなりんごの話をしてるの?」
私がりんごについて説明を続けようとしていると、お茶会のもう一人のメンバーであるアリス先輩がツッコミを入れてきた。
でもツッコミを入れられても、どう答えればいいものか。ヘキサ兄はきっと、このりんごを使って名物を作ろうとか何か考えているに違いないのだ。だから、ヘキサ兄の質問に答えるのは当たり前で――。
「オクトちゃんの近状を聞きたかったのでしょ? もう一度言うわね。それがどうしてりんごの話になっているのかしら?」
どうやら私に対してではなく、ヘキサ兄への質問だったようだ。
言われたヘキサ兄は、眼鏡をくいっと上げた。
「和やかに話す話題をふってみただけなのだが?」
「どこが和やかよ。明らかに仕事モードじゃない。オクトちゃんも、真面目に返してしまうし。普通に、久々にオクトちゃんのケーキが食べたいなー。自分が育てたりんごが沢山とれたから、何か作ってくれないかなぁ。チラチラって言えばいいのよ! というわけで、帰りにりんごを渡すから、それで何か作ってまた持ってきてくれないかしら? りんごの栄養価が高いなら、妊婦にもいいでしょう?」
……アリス先輩。それでは、ヘキサ兄のキャラがかなり壊れている気がします。
チラチラって、私が知っているヘキサ兄はそんな事しない。いや。待てよ。もしかしたら、奥さんであるアリス先輩にはそうやって甘えてるのか?
「ちらちらとは何だ?」
「うーん。口に出さずに、目線で訴える的な感じかしら? 例えばそうねぇ……オクトちゃんの近状をしっかり尋ねて欲しいわ。チラチラ」
「……アリス先輩。色々使い方がおかしい気がします」
そして質問するということは、やっぱりヘキサ兄はチラチラなんて言わないようだ。よかった。チラチラするなんて、あまりに私のイメージするヘキサ兄から遠い。
「そうかしら? ヘキサに話してはいたけど、オクトちゃんに伝わったでしょ? それで、最近はどう?」
「えっと……どうとは? いつもとそれほど変わりないですけど」
嫌なぐらい通常運転で忙しい毎日だ。
少しこの生活にも慣れてきてはいるけれど、あっちこっちへ転移して仕事をしなければいけないのは、少々体負担がかかり少し疲れが溜まっていたりする。年かなぁと続けたいところだけど、アスタの半分も生きていないのだから、それはない。たぶん、普通に過労なだけだ。
「私が聞きたいのは、アスタリスク様との関係よ。どうなの? 少しは進展したの?」
……アスタとの関係。
基本的にアスタとの関係性については考えないようにしていたので、ズバリ聞かれると答えにくい。アスタにとって私は特別で、逆に私にとってもアスタは特別に大切な人だ。
ただ、その特別という感情は、何なのかと言われると答えが見つからない。
「進展と言われても……今までと同じ、家族的関係というか……」
「家族的って、じれったい。ぶっちゃけ、好きなんでしょ?」
アスタが好きだ。
これだけは、否定したいけど否定できない真実である。私の特別は多分ソレだ。
でも、だからといって、今の関係から変化させたいかと言われると首を傾げたくなる。関係が変わるのが怖い云々ではなく、ただ一緒にいるこの状況がとても居心地がいいのだ。
「えっと……その……。ヘキサ兄……すみません」
何と答えようと考えていたが、ヘキサ兄の顔を見た瞬間、すっと頭が冷えた。
別にクールビューティーなヘキサ兄から冷気が出ていたというわけではない。ただ私がアスタの事が好きだという事実は、アスタが父親であるヘキサ兄に取っては衝撃過ぎる内容だろう。結婚は全く考えていないけれど、家族的関係と言えばそうとられかねない。そしてそのあり得ない状態で連想を続ければ、ヘキサ兄は私の義理の息子となる。……うん。それはない。
私的にはないけれど、ヘキサ兄からしたらもっとない状態だろう。
「何の謝罪だろうか?」
「いや、その。本当に、結婚とかそういうのはしないので。迷惑はかけませんので。はい」
「別に、結婚をしても私としては問題ないが?」
……えっ。
そこ、肯定するの?
私は思わぬ返答に、冷汗が出る。やめて、変な流れを作ると、本当に結婚式という流れになるパターンが多いから。
「いやいやいや。結婚しません。第一、結婚したら、書類の上だけかもしれませんが、ヘキサ兄の母親になるという事ですよ?!」
ないですよね。いえ、ないと言ってください。お願いします。
なんとなく祈る気持ちで、ヘキサ兄の反応を待つ。普通に考えたら祈るまでもないことだけれど、ヘキサ兄の思考は時折私では読みきれない。
「母のようには思えないが……」
「ですよね!」
良かった。普通の返答が返ってきた。
「家族だと思っているから、問題はな――」
「大ありですよね。アリス先輩!」
ヘキサ兄、何を言う気ですか。言わせてはいけないと慌てる私を見て、アリス先輩は大笑いしていた。くっ。奥さんなら旦那さんの暴走を諌めるのが役目でしょう。
「そうかしら。私は、結構ありだと思うけど。歳の差、種族の差、血の繋がらない親子、ハッピーエンドな溺愛ストーリー。素敵じゃない」
「それは、小説の中だけです」
そして普通に考えたら倫理的問題が多大にある。私のような子供らしからぬ子供だったからまだいいものの、もしも普通の子供を引き取って恋愛に発展したら、それは前世で言うロリコン、もしくは紫の上である。世間から白い目で見られるのは間違いない。
「それにアスタの気持ちは恋愛ともちょっと違うかと思いますし」
愛されている自覚はある。いや、あれでなかったら、鈍感にもほどがあるというものだ。
でもアスタの気持ちはなんと言うか、たぶん魔族特有のものな気がする。
私に対して見返り的な気持ちが薄いのだ。私を誰かにとられたくない、嫌われたくないといういう執着はあっても、同じ思いを返してほしいという気持ちがない。
恋人が一般的にするような行為も特に興味はなく、アスタが求めるのはただ一緒にいることだけだ。それだけでアスタは満足する。次から次に欲が出る事もない。
「まあ、魔族だからねぇ。でもきっと、それが魔族なりの恋愛なのよ。魔族ほど一途な人もいないし。ほら、義祖父や義祖母もこれだけ長い間旅行に行かれても、相手がいるだけで飽きないようだし」
……あっ。
アスタの娘ではなくなった時点ですっかり忘れていたけれど、そう言えば、前伯爵様達をずっと見かけていない。ヘキサ兄が伯爵を継いだ時に旅行に行くとか行かないとか聞いた気もする。あの頃は色々ありすぎて、すっかり忘れていた。
えっ。あれから、もしかしてずっと旅行に行ってるの?
「近々一度ひ孫を見に戻られるそうだが、また旅行へ行かれるらしい」
「へぇ……」
「戻ってこられるのだから、ついで――」
「アリス先輩が出産の時期に戻られるなら心強いですね。お婆様は出産を経験されていますし」
ヘキサ兄の言葉を遮り、私は作り笑いを浮かべ誤魔化した。だから、ヘキサ兄。何を言う気ですか。
「まあ、その辺りは本人の気持ち次第だから、私はどちらでもいいけど。それにオクトちゃんの場合、既に子供が二人いるようなものだし。結婚をすっ飛ばして家庭を築いている感じだものね」
……私にどう反応しろと。
それに二人共、すでに私とアスタが付き合っている前提で話をしている感があるのだけれど、どうしてそうなるのか。
「そもそも、家族ではありますが、付き合ってるわけではないので」
オクトがずっと一緒に居てくれるなら、どんな形だっていいから。
そうアスタは言い、私は頷いた。だから、多分これから先も、アスタと一緒に過ごす事になるのだろう。でもそれがどんな形でという明確な言葉はなく、実際昔と変わらない生活だ。
「なら聞くけど、今もアスタリスク様の髪を乾かしたりしているの?」
「アスタの生活能力は相変わらずですから」
お風呂の後に、水浸しのべたべたな状態で歩いていたりするので仕方がなくだ。ペルーラは夜までいないし、そもそも身支度まで手伝うのは仕事の範疇を超えているだろう。
「一緒のベッドで寝たりは?」
「……寂しがり屋なので時折添い寝はありますが。深い意味はありませんから」
というか、私が本を読みながら寝落ちしたりすると、アスタのベッドに運ばれていたりするのだ。もちろん、添い寝以外は何もない。
自分でアリス先輩達に告げながらも、色々おかしいなと若干気が付きかけて目をそらす。うん。大丈夫。もしかして普通じゃない? と思ったのは気のせいだ。そうに違いない。そうでなければ、私の胃がキリキリしそうだ。
「それは、付き合っていると言わないのか?」
「ぎゃふん」
アリス先輩ですら私の告白に目線をそらしたのに、ヘキサ兄が直球で聞き返してきて、私は顔を引きつらせる。本当に付き合ってはいないはずなのに、上手くいい返す言葉が見当たらない。
私は胃の痛みを抑えるためにお茶を飲み干した。




