7-1話 優雅(?)なお茶会
頑張っているはずなのに、忙しさが終わらない件について。
「私は前世で悪いことでもしたのだろうか」
前世の知識しか頭の中から引っ張り出せない私は、実は人には言えないようなことをした極悪人だったのではないかとちょっと思ってしまう。でも前世の罪を来世で払うとか、やめてほしい。罪を償う場所は地獄じゃなかったのか――。まあ、ただの偶然なんだろうけど。
エナメルが故郷に帰るかもしれない話を聞いた私は現実逃避をしていた。
一応エナメルは今すぐに帰る事はないと言っていたが、エナメルの故郷は白の大地だ。本来なら許されていない大地を跨ぐという行為はよっぽどの事がないとできない。だから、赤の大地出身であるミウも故郷に帰る事なく、ずっとアールベロ国にいる。もちろん、故郷なのだから帰る事は許されるのだけれど、そこまで行くだけでも大変な上に、一度帰れば再びアールベロ国へ戻ってくる事は出来ないらしい。アールベロ国にあるウィング魔法学校に通うという条件で、ここへ大地をまたいで来る事が許されているからだ。
この許す、許さないは、神様が決めているので、厳格に見えて色々緩かったりもする。しかし普通は私や王族であるカミュのようにホイホイ会う事は出来ないので、神様が決めた、決まり事の中で動くしかない。
「……仕方がない」
すぐに帰らないとはいってもいずれ帰るなら、やっぱりアリス先輩に相談しておこう。
いくら現実逃避しても、館長候補が居なくなる危機が迫ってる事には間違いない。ただし、私が半永久的に館長をやればいいじゃない的な流れにだけはならないように気を付けなければ。そうしないと、私の隠居生活の夢がまた一歩遠ざかってしまう。
「ペルーラ。少し、アリス先輩に会いに出かけるから、留守をお願い」
薬の調剤室から出た私は、キッチンで夕食の下ごしらえをしていたペルーラに留守を頼んだ。今の時間は、アユム達は外へ遊びに出かけているし、アスタも仕事中なので家には私とペルーラしかいない。
「はい。かしこまりました! アリス様に会われるのでしたら、伯爵様にもよろしくお伝え下さい」
「えっ? ヘキサ兄は忙しいだろうし、会うつもりは――」
「よろしくお願いします!」
ぺ、ペルーラの笑顔が何だか怖い。
笑顔で私の言葉を遮り、再度お願いをしてきたペルーラからは、断らせないオーラのような、気迫のような物を感じた。
伯爵をしているヘキサ兄は、几帳面な性格だった事もあり完璧に仕事をこなそうとするので、いつも忙しそうだ。電話のやり取りはしているわけだし、事前にお伺いなく会いに行くのは憚られる。なので今回もアリス先輩に図書館について相談をしたら真っ直ぐ家に帰る気でいた。
忙しい時に突然会いに行って、しかも用事はないですなんて、嫌がらせをしに行ったも同然である。ヘキサ兄には、家をリフォームしてもらったりしているので、頭が上がらない状況だ。これ以上迷惑はかけられない。
「オクトお嬢様が会いに行かれて嫌がるなんて事は絶対ありませんから。むしろ大歓迎ですから!!」
まだ何も言っていないのに、ペルーラは私の思考などお見通しだと言わんばかりの言葉を投げてくる。どうして、私がヘキサ兄が迷惑がるかもと思って躊躇った事が分かったのだろう。
「……善処はする」
「善処じゃなく、必ず会って下さい」
善処したけれど、やっぱり無理でした作戦は、始まる前にペルーラに見破られ、失敗に終わった。ペルーラとは長い付き合いだけれど、ここまで考えが読まれるようになっていたとは。恐るべし。
「分かった」
どうしてそこまで会え会えと言われるか分からないけれど、ペルーラの雇い主はヘキサ兄なのでヘキサ兄から何か言われているのかもしれない。でもヘキサ兄なら、電話もあるし、ペルーラを通してではなく直接言ってきそうなのだけれど。
「伯爵様はオクトお嬢様がお忙しい事をとても心配されてみえます。少しでも元気な姿をみせていただければ安心されると思います」
「……えっと、少し前に会ってるから大丈夫だと思うけど」
地震の時は……伯爵邸には行ったけど、カミュからの依頼でそれどころではなくなって、会ってはいなかったか。でもホンニ帝国から帰国した直後にはちゃんと顔を出しに行っているので、問題ないと思う。
しかし、私の答えが気にいらなかったのか、ペルーラが深くため息をついた。昔はこんな嫌味っぽいため息をついたりしない、素直な獣人族の女の子だったのに……。
「オクトお嬢様は長寿の種族ですので、時間の流れが私が感じているものとは違う事は分かっています。しかし伯爵様は魔力が高いとはいえ人族なのです。何ヶ月も前に会った事を少し前とは表現なさらないと思います。今は伯爵様もオクトお嬢様が忙しいと思われて、会うのを躊躇されてみえますので、伯爵邸へ行くならば必ずお会いして下さい」
アスタじゃあるまいし、ヘキサ兄はそんなさみしんぼうではないと思う。
でもペルーラがここまで言うのだから、もしかしたら電話口だけでは気づけない何かがあるのかもしれない。たぶん、きっと……うーん。でもまったく、理由が思い浮かばず、私は首を傾げた。
それでも行く事には変わりないので、ペルーラに念を押されながら私は、早速伯爵家へ向かった。
いつもなら手作りのお菓子を手土産に持って行ったりもするけれど、今日は時間がなかったのと、妊婦であるアリス先輩はもしかしたら体重管理に気を使ったりしているかもしれないからと止めておく。欲しいと言われたら、後日持って行こう。
「すみません、アリス先輩に面会したいのですが」
「少々お待ち下さい」
伯爵家へ着いた私は、犬型の獣人の執事に用件を伝えた。
ヘキサ兄に会うなら電話で事前に連絡を取る事もできたのだけど、忙しくて会えなかったならペルーラも納得するだろうというちょっとした下心もあって、あえてせずにここまで来た。一応アリス先輩に会ったらさりげなくヘキサ兄の忙しい現状を聞き、面会は無理っぽいという流れに持っていくつもりだ。ペルーラには悪いがヘキサ兄の妹ではない今、これ以上ヘキサ兄に甘えて迷惑になってはいけないと思う。
「サッと用件を話して、サッと帰る。これが、一番」
アリス先輩だって、伯爵夫人だ。貴族というのはそれなりに色々貴族同士の付き合いとかがある。暇ではないだろうし、うん。それがいい。
お茶を飲む時間ぐらいはあるけれど、私の方もそんな暇がないくらい忙しいという事にしておいて――。
「お茶を飲んで行く暇さえないぐらいに忙しいと?」
「そういう事にしておくのが――……コンニチハデス」
あれ?
心の声を復唱されて思わず本音がポロリと出かけた私の目の前には、いつも通りピシッとした雰囲気のヘキサ兄が立っていた。……眼鏡の向こうからくる眼差しが、いつもより冷たい気がするのは、気のせいだと思いたい。
「こんにちは。それで、そういう事にしておくのがの続きは何か聞きたいのだが?」
律儀に挨拶をした上で、私のついうっかりを繰り返し、更にその後の言葉まで要求するヘキサ兄の口調は淡々としている。しかし淡々としているのにどうにも怖くてまともに顔を見られず、私は下を向いた。だらだらと冷汗が出るのは何でだろう。
「……忘れました」
「そうか。ではもう一度聞くが、お茶を飲んで行く暇さえないぐらいに忙しいと?」
ここはYESと答えていい場面だろうか。
何だろう。この緊張感。これがゲームなら、セーブして両方の答えを見るのに。
しかし今は現実で、間違えたらきっとヘキサ兄からブリザードが吹くに違いない。もしくは、理論攻めで言葉の雨が降り注ぐか……。
「それほど忙しいなら、アスタリスク様をお呼びして――」
「飲めます! がぶがぶ行けます」
何を言う気ですか?!
アスタは義父ではなくなった現在も心配性の病気を患いつづけている。下手に私が忙しすぎるなんて言った日には、全てを捨てて私を連れて逃避行しかねない。……許されぬ恋の末の逃避行なんて乙女のロマンっぽい話だけれど、実際は許されぬ仕事の山からの逃避行。絶対碌な事にならない。
うん。この場へのアスタ投入は悲劇を生む。主に、私の。
やっぱり嘘は良くない。
「なら、アリスの部屋へ案内しよう」
……どうして伯爵自ら案内しているのですか?
貴族って普通はフットワークが重いはないずなのに。私は、戻ってこない執事を恨めしく思いながら、ヘキサ兄の後ろをついて行った。




