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ものぐさな賢者Ⅱ  作者: 黒湖クロコ
師匠編
20/26

6-3話

「すみません。エナメルさーー」

「ひぃっ!」

 扉に背を向け机の上で何か作業をしているエナメルに声をかけると悲鳴が返ってきた。そして何故か机の上にあった物を凄い勢いで片付ける。

 混ぜモノなので、悲鳴を上げられたり、顔を青くされたりするのには慣れているけれど、悲鳴を上げた上で机の上の物を隠すかのように片づけだされる状況は初めてだ。


「……えっと、いきなり声をかけてすみません」

「い、いえ。大丈夫です」

 エナメルは真面目っぽいしアリス先輩の信頼も厚いので、仕事中にエロ本を読んだりして遊んでいるとは思えないけれど、一体何をしていたのか。

 ただ仕事が遅かったり、周りから仕事をしないと言われたりしている事はないので、私はあえて詮索するのは止めた。そもそも、私に対しては事前準備というか心の準備がないと相変わらず挙動不審なのだ。しばらくは同僚として言葉のキャッチボールを頑張らなくてはいけないので、ボールが届かないぐらいの深くて広い溝を作らない為にもお互いプライバシーの侵害はしない方が無難だろう。


「あ、あの。ど、ど、ど、どうしたん……ですか?」

「第一王子への返信ができたから、一応確認してもらおうと思って」

 エナメルも第一王子とは面会しないという判断に賛成だったのでその辺りは問題ない。しかしこの返事に対して文句がくるとしたら、普段から図書館に常駐していない私ではなく、エナメルの方だ。なので、一応知っておいてもらった方がいいだろう。

 私が書面を手渡すと、エナメルは真剣な表情で手紙に目線を落とす。先ほどまでのおどおどさがなくなり、数十秒すると顔を上げた。

「い、いいかと……思います」

「早い……」

「ちゃ、ちゃんと読みましたから!!」

「あっ。そうではなくて、凄いなと」

 私が読んでないだろと疑ったと思ったらしいエナメルは、半泣きの顔でぶんぶんと首を振る。先ほどまでの知的な雰囲気漂う真剣な表情は一瞬で崩れた。

 でも、私は別に疑っているわけではない。いわゆる速読というものだろう。私はできないけれど、そういうのができる人がいるというのは知っている。

 アリス先輩に信頼されているのも頷けるぐらい、能力が高いのは間違いない。後はこの挙動不審さえ何とかなれば、彼が館長でもいいと思うのだけど……。どうしてこうもアドリブに弱く、挙動不審になるのか。


「す、すごいなんて。ぼ、ぼ、僕なんて全然で……。はい」

「そんな事はないと思う。アリス先輩に信頼されているぐらいだし」

 アリス先輩が図書館の館長に復帰するのは、子育てがひと段落してからの可能性が高い。だとすると、エナメルに館長の座を譲れるようにするのが、私が隠居生活する為の近道な気がする。

 とはいえ今の状態で譲ったら、アリス先輩から苦情がきそうだし、ここまで図書館を大切にし守ってきたエストにも申し訳ない。


「い、いいいい。いえ。オクト魔術師に比べたら、全然です。あ、あの。そういえば……えっと。もう聞いたかもしれませんが。あの、えっと」

 少し落ち着いてもらえないだろうか。

 そもそも、私は凄い人ではないので、いろんな勘違いがエナメルの中で起こっているとしか思えない。あまり話すことが得意ではなく、どちらかというと口下手なので、もしかしたらこの無口具合が意味深な感じを漂わせているのかもしれない。でも漂っているそれは幻だ。実際は何も漂っていないし、むしろ残念度合いの方が強い気がしてならない。

 かといって、それをどうやったら伝えられるものか。

「聞いたって何を?」

 少し考えたが、いい言葉が見つからず、むしろ下手に余計な事を言えば、更なる誤解が生まれそうだったので、私一人でこの問題に立ち向かうのは止めた。ここはやはり、通訳になってくれそうなアリス先輩を巻き込むべきだろう。そもそも、エナメルと関わらなくてはいけなくなったのは全面的にアリス先輩の所為なのだから、これぐらいの協力を求めたって罰は当たらないはずだ。


「あ、はい。あの、異界屋の本の件なんですが、そちらの本は購入が完了し、ラベル貼り前の新書と一緒に置いてあります。今後どのように図書館で管理していくか、オクト魔術師の方で考えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 これは私に最初から言うぞと決めていたのか、エナメルの口からはキビキビと言葉が出て来る。やればできるのに、とても惜しい。

「分かった。ありがとう」

 それにしても、異界屋の本の件は結構前の事だったのですっかり忘れていた。

 アリス先輩に異界屋の本の購入について相談して、アリス先輩からエナメルに話をしてもらっていたのだ。アリス先輩も私がエナメルに購入の相談をすれば、例え予算がなくても買うかもしれないと危惧した為に……。普段はお金の管理も信頼できるのよとフォローはしていたけれど、私の言葉一つでその信用を失いかけそうな状態って、本当になんでこんなに私の事を尊敬しているのか。

「異界の本にまで興味を持たれるなんて、流石オクト魔術師は賢者ですね」

「そうでもない。ただ、私が知りたい事が載っているかもしれないから」

 混融湖に流れ着いた本は全て過去の世界のものだ。もしかしたら、この中に時の属性がまだちゃんとあった時代のものもあって、エストやコンユウ達と連絡をとる方法が見つかる可能性がないとは言えない。

 だから興味があるだけで、アスタほど魔法オタクではない私は、面白そうとは思っても、自分の知識を増やしたいとかそういう感覚はまったくなかった。そもそも、私の性格はそれほど勤勉ではないのだ。厄介事を回避するために真面目に勉強をしていたが、それは真面目に勉強しなかった時の方が面倒な事になる混ぜモノという立場だったからだけである。嫌々でもないけれど、好きで勉強に励んだわけでもない。真面目に勉学に取り組んだ結果、現在進行形で、面倒事がドンドン押し寄せてきている気がしなくもないけれど……うん。人生計画のほとんどが失敗続きで、ショッパイ気分になってきたので、考えるのは止めておこう。


「でも、そうだとしてもオクト魔術師はやっぱり凄いです」

「……どうしてそんなに凄いと思うの?」

 キッパリと言いきられて、私はたずねた。

 一体、私のどこに緊張するぐらい尊敬するような所があるのか。アリス先輩を交えて誤解を解こうかと思っていたのだけれど、ふと気になってたずねた。

「えっ。えっと……最年少、最短で卒業した事とか……あと、時属性の魔法を唯一使えるという事とか……、が、学生時代に研究で新しい発見をしたとか……賢者の知識で人の命を助けたとか……えっと、上げ始めたらきりがないんですけど……その……」

 色々な偶然とか、私だけの力じゃない部分とか多くありそうだけれど、一応どれもこれも嘘ではない。ミウ達が作ったオクトファンクラブの会報誌で嘘大げさ紛らわしいがなければだけれど。

 もしかしてエナメルが残念な感じになってしまった諸悪の根源は、オクトファンクラブだろうか。

「でも、一番は、貴方が混ぜモノだからです」

「……混ぜモノは尊敬するようなものではないと思う」

「あっ、すみません。そういう事ではなくて……えっと、混ぜモノというハンデがあっても、素晴らしい成果を残して、周りに実力を認めさせた所が凄いと思うんです」

 私は真実を言っただけのつもりだったが、エナメルは私に怒られたと思ったらしく頭を下げ説明を続けた。

「ぼ、僕は、えっと、なんの種族に見えますか?」

 何の種族?

 エナメルは印象的な銀髪だけれど、耳が長いわけでも、獣痕があるわけでもないし、角や牙もない。大きくも、小さくもなくて特徴の薄い姿だ。

「人族……もしくは翼族?」

 人族は特徴がないのが特徴だし、翼族は翼を縮めて服の中に隠してしまえば、人族とほぼ変わりない外見だ。私が知らない少数種族の可能性もなくはないけれど、私は確立の高いその二つを答えた。


「人族は当たりですが……実は、エルフ族とのハーフなんです」

「えっ?」

 私は想像していなかった種族名にキョトンとしてエナメルの耳を見た。しかし、エナメルの耳は長くはない。それに綺麗な顔立ちではあるが、エルフ族の作り物めいた美貌とも違った。

 普通、人族とエルフ族のハーフならば、エルフ族の姿で生まれるものだ。人族の血は何処にでも混ざりやすく、その特徴を出さないのが特徴だから。

「お、驚かれますよね。エルフ族の特徴は、ほとんどないですから……。ちょっと、その所為でエルフ族の村に居づらくて……この学校に来たんです。普通のエルフ族なら、エルフ族から魔法を学んで、村の外には出ないんですが……」

 確かに、エルフ族は魔力が高いにも関わらず、魔法学校にはあまりいない。元々排他的な種族なので、ここに来るエルフ族はわけありか、変わり者の二択だ。


「えっと、つまるところ……逃げたんです。あっ。村の皆が僕に嫌がらせしたわけじゃなくて……その、周りと違う自分が嫌で仕方がなくて……」

 エルフ族はハーフにも、とても優しい。

 と言うか、エルフ族の血が一滴でも流れているなら、その者に好意的だ。私もエルフ族の血が流れているので、アスタの職場に居るエルフ族の人には親切にしてもらった事がある。

 でも私は外側から見たエルフ族しか知らない。もしも、エルフ族しかいないその村で過ごす事になったら、感じ方は変わるだろう。

「だから、この世界に同じヒトが居なくても堂々として、自分の力で周りに存在を認めさせたオクト魔術師が僕にはとても眩しく感じるんです」

 勘違いしていると伝えるには、エナメルの言葉は重かった。これでは、私はそんな大した人間ではないと伝えられない。

「そんなオクト魔術師を知る切っ掛けとなったオクトファンクラブの本を初めて読んだ時は雷に打たれた様な衝撃でした。この世の中には、こんなに凄い人が居るなんて――」


 ……やっぱり、諸悪の根源は、オクトファンクラブじゃないか?!

 ミウ達の布教活動の成果はしっかりと出てしまったようで、明らかにエナメルは変な宗教にのめり込んでいる。人の弱みに付け込んだ宗教は、正常な判断ができる人から、叩かれる事になるというのに。

 どうか、エナメルの親族の方が、エナメルを洗脳したとか言って包丁を持って私の所へ来ませんようにと祈るしかない。エナメルが滑舌が良くなった口で、つらつらと私の賛辞を語るという惨事を目の当たりにしながら遠い目になる。


 しばらく惨事に耐えていた時だった。エナメルの身の上話に話題が変わり、それを聞いていた時に、ふと彼は爆弾を落とした。

「――最近、地の大地の災害が酷いので、一度戻ってくるようにエルフ族の村から手紙が届いているんです。何でも、地の神の代替わりが起こる可能性が高いそうで」

「えっ」

 帰るの?

 白の大地に?

 館長を押し付け――もとい、引きつがせよう作戦が、始まる前に終わりを告げそうな、むしろ今よりも私の仕事が増えそうな現実に、私は呆然とした。

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