6-2話
カンナさんに手紙を送ってから一月経ったが、特に返事はなく、私はいつも通り仕事に明け暮れる日々を送っていた。
「先生。本を読んでも魔素と魔力の違いがよくわからないんだけど」
図書館で館長宛の手紙を確認していると、ディノが本を持ってきた。その手には、入学生が読むレベルの魔術書が握られてる。
文字を読むのが苦手なディノには、魔法についてはまだ教えず、基本の数学と龍玉語のみ教えていたが、自力で本を読んで魔法の勉強をする事にしたらしい。焦らなくても いずれは教えるつもりだったんだけど。そうは思っても、ディノは何を焦っているのか、一刻も早く学びたいらしい。まあ、文字の勉強がそれではかどるならと、私は質問に関しては答える事にした。
「あっ。忙しいなら後でもいいんだけど……。でも、ちゃんと言われた通り本を読んでの質問だからさ――」
「別に教えないとは言わないし、今やっている事も大したものじゃないからいい。ただ、魔法の本を読んで基礎を学ぶのはいいけれど、絶対魔法を自分一人で使わないと約束して」
私もアスタに教えてもらっている時は、そう約束していた。魔法は魔法陣さえ書ければ、発動してしまう。でも正しく発動できるかどうかは別だ。
「基礎も何も知らないんだから、勝手になんてそもそも無理だって」
「きっとディノは基礎を知れば、実践をしたくなると思う。本に書かれている魔法陣を丸写しすれば、実践の練習は可能だから。もちろん実践をしてはいけないとは言わないけれど、その場合は必ず私か、魔術師の資格を持っている人に付き添ってもらって。これが約束できないなら、私は一切教えない。魔法に関しては学校に通い始めてから学べばいいと思う」
混ぜモノのような暴走は、ディノは起こせない。けれど、魔力は暴走するもので、制御不能な魔法を使った場合は自分だけではなく、他者も危険にさらす。
誰かを傷つけてから後悔しても遅い。
そして私はその後悔を取り除いてやれるほど優秀ではない。せいぜい、後悔させない為に助言をして、少しだけ動いてやれるだけだ。
「分かった。先生がいいっていう時しか使わないよ」
「そう」
その約束をどこまでディノが守れるか分からないけれど、守ると彼が言う限りは、私も彼が学校に入学するまでは面倒をみるべきだろう。それが彼を元々住んでいた場所から連れてきてしまった私の責任だ。
「魔素と魔力の違いだけれど、簡単に言えば魔素はこの世界に漂っているもので、魔力は生物が魔素を変換して作るもの。そして魔力は生命を維持する力で、余剰部分を使って魔法に変換する事ができるという流れ」
そして魔法として使われた魔力は消えるというのが、現在解明されているメカニズムだけれど、ちょっとこの辺り、もしかしたら違うかもなぁと思っていたりもする。
「えっと。魔素にも魔力にも属性があるって書いてあるんだけど、同じ属性の魔素じゃないと魔力って作れないって事でいいの? なんか、その辺り良く分からなくて」
ああ。そういう事。
確かに、今の魔法は魔力頼りで、魔素を使ったものはほとんどない。まるで規制でもかけられているかのように魔素についての研究は進んでいないのだ。だから魔法の初級のような本にはそこまで詳しく、魔素から魔力へ変換される時の事は書かれていない。
以前カンナさんから聞いた話が本当だとすれば、昔、魔素を使いすぎた為に滅びかけたそうなので、神様辺りが研究が進まないように待ったをかけている可能性は高い。
それにしても、私も魔法を習い始めた時は、魔素の属性について特に何も疑問を感じず、そういうものだと思っていたので、意外にディノは鋭い。勉強していく上で色々疑問を持って学んでいけるならば、案外ディノは研究職が向いているかもしれないと思う。ただ研究職は、王家に仕えるという事なので、簡単にお勧めはできないけれど。
「人体はどんな属性を帯びた魔素でも、自分が持っている魔力に変換する事ができる。ただし、変換する効率が同じ属性でない場合は、あまりよくない。10の魔素があったとして、同じ属性なら10の魔力ができるとする。でも違う属性の魔力に変換する場合は、5の魔力しか作れないという事」
これが場所によって使いやすい魔法が違うという結果を生み出している。
樹の神が居る緑の大地は、ほとんどが樹の属性の魔素なので、樹の属性の魔法が一番使いやすい。とはいえ、生命を維持する程度の魔力を作るだけなら、別にこんな変換効率など気にする必要もないぐらい少量でまかなえてしまうのだけど。
「えっと魔素とか魔力って、必ず属性を帯びているんだよな?」
「……と、されてるけれど、魔素に関しては絶対そうだとは言えない。何といっても研究をほとんどしてない分野だから」
ディノに言われて、初めて私は属性がないという状況はあるのだろうかと考えた。
神様が作りだしている魔素は、たぶんそれぞれの神様が司っている属性の魔素なんだと思う。だからこの世界にある魔素の大半は確実に属性がある。
でも世界には神様が作りだしたわけではない魔素も存在する。身近だと、混ぜモノである私が作りだした魔素になるのだけれど……あっ。
「ディノ。もしかしたら、凄い発見をしたかも」
「へ?」
考えた事もなかったけれど、私の属性と同じ魔素を私が作りだしてるのだとしたら、私の周りにいる精霊族は私の属性と同じ精霊族が一番多くなるのではないだろうか。でも、そうではない。
もしかしたら、混ぜモノが作る魔素には属性がない可能性がある。
神様は混ぜモノよりも効率よく魔素を作り出せる存在だと言っていた。その差がどこにあるのかと思ったけれど、もしかしたらある一つの属性の魔素だけをつくるようになる事で効率化が図られているのかもしれない。
一般の人は、魔素を神様や混ぜモノが作っているなんて知らないから、誰も研究していない事だけれど、そうだとしたら大発見だ。ちょっと、今度カンナさんかハヅキさんに会ったら聞いてみよう。何か知っているかもしれない。
そして属性がない魔素があるなら、もしかしたら属性を持たない魔力というものも作れるかもしれない。属性がない魔力なら今までと違った魔法の使い方ができる可能性がある。
「――い。おーい、先生。戻ってきてって!!」
「ああ。ごめん」
考え始めたら面白すぎる新しい可能性に意識を取られてしまった。
「俺の所為で仕事が進まなかったとか、後で色んな人に苦情を言われるから、そろそろ仕事に戻ってよ」
「……色んな人?」
「あー、今のなし。えっと。そうだ。大した仕事じゃないって言っていたけど、今は何をやっているわけ?」
どうやら、ディノは私が知らない所で色んな人にチクチク何やら言われているようだ。アユムほど幼くないけれど私の弟子っぽい立場なのが災いしているのだろう。
私に仕事を押し付けてきているカミュやアリス先輩、後は海賊の船長辺りが怪しそうだ。特に今は仕事量が多すぎて上手く回っていないから、余計にそれぞれ苦情を言っているのだろう。混ぜモノと勘違いされていた事で苦労していたのに、それが違うと分かってもいまだに苦労性とか、ディノは可哀想な星の下に生まれているようだ。少し位優しくするべきかもしれない。
「今は、断りの手紙を書いているだけだから」
「えっ。先生が断る?!」
「……私だって、できない事は引き受けない」
私の事を何だと思っているのか。流されすぎている所ばかり見せている所為か、ディノに驚かれた。
「断るって、一体何を?」
「第一王子との面会」
その弟から厄介な仕事を押し付けられて、現在災害時食についての研究をやっているのに、更に館長としての私に会いたいとか、いい加減にしろよというレベルである。これ以上彼ら兄弟に利用されるのはごめんだ。内容は地震が頻発している事に関してになっているので、絶対厄介事を言われるのは目に見えている。
これがカミュだったら、なんだかんだで会ってしまいそうだけど、第一王子は私にとって鬼門だ。絶対会いたくない。全力で拒否する所存だ。
色々確認したが、国からお金は受け取ってはいるけれど、幸いな事に館長であったエストがため込んでいたお金があれば十分に図書館を運営し続けれる資金がある。何ならこれを元手に更にお金を増やして、国からのお金は一切受け取らないし関わらないとする事も可能だ。国もそれは避けたいだろうから、ゴリ押しはしてこないはず。
本当に、いまだにこの図書館はエストによって守られているよなとしみじみと思う。
「えっ……第一王子って、この国の二番目に偉い人って事だよね? いいの?!」
「大丈夫」
「……先生ってやっぱり、かなり凄い人? いや、でもそのわりに色々利用されすぎだし、お人よし過ぎだし、抜けてるし……」
「分かった。私は仕事で忙しいから、ディノはしばらくは自主勉強のみで」
「えっ。先生、ごめんって!! 俺は尊敬してるから。ね? そんな、殺生な事言わないでよ」
色々、失礼極まりない独り言をつぶやくディノに自主勉強をいい渡し、私は色々忙しく、面会時間をとれない旨を書きしたためた。
もしかしたら、ディノの苦労性は彼自身が招いているのかもしれない。




