6-1話 不在中な神様
結局、カミュの仕事を断る事ができなかった私は、非常食の備蓄に関する依頼を受ける事にした。
神の代替わりが原因の地震ならば、今後何が起こるか分からないので、早めに着手するべきだし、結果も出さなければいけない。しかし明らかに私の仕事量はキャパを超えている。
なので非常食を作るにあたって、海賊とアリス先輩の叔父を上手く使う事になった。まあ、この辺りは、私の事を多少なりとも憐れに思ったカミュの助言なのだけれど。
「いや、そもそも仕事を持ってきたカミュが悪いんじゃ……」
カンパン作りの為の実験方法を紙に書きながら、私は首を捻った。
元々はカミュ達兄弟の喧嘩が原因のはずで、私は完璧に巻き込まれただけだ。なので感謝するのはちょっと違う気がする。いや、でも、そもそもこの兄弟喧嘩の発端は、私の海外旅行にカミュが付き添ってくれたからで……だけど、別に付き添いがなくても良かったような――。
うん。まあ、いいか。
原因を探っても、やる事は変わらないので、私は無駄な事を考えて時間を浪費するのを止めた。時は金也だ。
とりあえず今回カミュが助言してくれた事により、災害時食をアールベロ国へ優先的に納品する代わりに、他国へ売る権利を全て渡すという条件で、実験を海賊とファルファッラ商会に代替わりさせる事になった。しかもその実験に対して国が半分費用を出してくれるそうだ。
私一人で実験を繰り返していたら途方もない時間がかかるけれど、人手が多ければ多いほど早く終わる。海賊は夏のアイスに代わる何かを提案しなければいけない所だったので丁度良かった。それにアリス先輩の叔父に関しても現状を知ってもらえた上に、王族が関わっているならゴリ押しはできないと納得してもらえるので好都合だ。
色々上手く収まったので感謝してもいい気もするけれど、何だか釈然としないのは、カミュにとって都合がいいように全て動いているからだろう。
とはいえ、カミュに口で勝てるわけもないので、考えるだけ無駄だ。別に自分が損をしているわけではないし、流されていい時は流されておいた方が面倒事が少なくて楽だ。……まあ、流されすぎると、後々痛い目を見る事が多いので、気を付けないといけないけれど。
「そういえば……」
地の神が代替わりするという噂は本当なのだろうか?
樹の神であるハヅキさんが生やした木が倒れそうになるぐらいなのだから、本当な気がするけれど、直接ハヅキさんにそう言われたわけではない。確かカミュは、今後こういった地震が増えるかもと、助言を受けたとだけ言っていた。
家の柱の様になっている木が倒れてアユム達が怪我をしては困るので、どうしたらいいか生やした本人であるハヅキさんに早めに確認をとっておくべきだろう。確か現在の私はハヅキ様の愛児というものにしてもらっているので、呼べば来ていただけそうだけれど……。
「流石にアポなし呼びだしはなしはなぁ」
いくらなんでも、神様相手に事前連絡なしで呼びだしするのは気が引ける。
そもそも神様は王族しか会えないぐらいの雲の上の存在。一般市民である私が、ほいほい呼びつけていい相手ではない。
それに代替わりが本当だとしたら、ハヅキさんも忙しいだろうし、私に会いに来る時間を割く余裕もないのではないだろうか。
色々考えた末に、まずは精霊に手紙を運んでもらい、やり取りをする方法を取る事にした。幸い私の周りにはいつでも精霊が居るとてもファンタジーな状況なので、お願いもしやすい。
……ん?
今更気が付いたけれど、私の周りに精霊が常時いるという事は、私の行動は常時観察されているという事だ……。でもって、精霊族というのは、人間っぽい姿をしていなくても、人の枠組みの中に入る知的生命体で……うん。止めよう。考えると胃が痛くなりそうだ。
別に魔力を目に集めなければ見えないのだから、見えなければ居ないと同じ。たぶん、プライバシーとか気にした方が負けだ。
私は普段精霊族の皆さんが私の事をどう思って観察しているのかは考えないようにして、ハヅキさん宛に手紙を書いた。とりあえず用件は簡単に、最近の地震が本当に地の神の代替わりが理由なのか、家の中に生えた木が倒れそうだけれど大丈夫なのか、更に時間があればお会いしたいとしておく。
目に魔力を集めれば、やはり私の周りには低位の精霊がちらほら居た。居たのだけど……あれ?
「何だか、人数が少ない?」
前に見た時は、もっと電球、もとい精霊がイルミネーションの様に沢山いたはずだ。しかし今、私の周りに居る精霊はまばらで、人数を数えようと思えば数えられるほど減っている。まるで、人気に陰りが出てきて追っかけが減ったアイドルの様な感じだけれど、そもそもアイドルをしているわけでもなければ、彼らも私の追っかけをしているわけでもない。
私の声に反応した精霊が私の傍に寄ってきたが、声を持っていない彼らと意思疎通を図るのは至難の業だ。以前コックリさんの要領で会話した事はあるけれど、○×形式の質問しかできなかったので、人数が少ない理由を聞くのは難しい。
「もしかして、私がハヅキ様の愛児になったから遠慮してるとか?」
微妙に彼らは動いたが、何かを訴えているのかいないのかも分からない。
「まあ、いいか。えっと、この中で樹の神に会う事ができる方はいる?」
特に精霊の数が少なくても私に不都合があるわけではないので、疑問は保留して本題をたずねた。しかし、特に目の前へ進み出てくれる精霊は居ない。
「……もしかして、樹の精霊族の人がいない?」
赤や黄色、青などはあるけれど、そういえば樹の魔力の色である緑色の精霊族が見当たらない。
……なんで?
普通なら、緑の大地に属しているこの国は、他の大地よりも樹属性の魔素が多い。そして樹属性の魔素は樹属性の魔力への転換効率が一番いい。なので精霊も樹の精霊族が一番多いはずなのだ。今までこんな事がなかったので戸惑う。
もしかして、ハヅキさんの身に何かあったのだろうか?
ハヅキさんが生やした木が大きく揺れた事もあって心配になる。しかし、王族でもない私がハヅキさんが住んでいる場所へいきなり会いに行く事はできない。
「えっと。この中で風の神に会う事ができる人はいる?」
私がたずねると、黄色の電球――じゃなくて、精霊が近づいてきた。彼らは風の精霊なので、きっと任せておけと言っているのだろう。
カンナさんに会いたい旨を伝えてもらおうと思った所で、以前私の呼びかけにカンナさんがすぐに来てくれた時の事を思い出す。しかしその時ハヅキさんがカンナさんを注意をしていたので、本来は王族ではない私と勝手に会うのは駄目なのだろう。一応伯母さんにあたるけれど、カンナさんの立場が悪くなるような事は止めたい。
だとすると、カンナさんに対しても手紙を書いて都合を伺うべきだろう。
ハヅキさんと連絡が取れないので、便宜を図って欲しい旨を書くと精霊に差し出した。
「私の魔力を渡すから、これをカンナさんに渡してもらえる?」
風の精霊は私の声賭けにくるくると踊ると、部屋の中で風を作った。そして私が手紙から手を離した瞬間、まるで紙飛行機のように風を使って窓の外へ飛ばす。少しだけ体から力が抜けるような感覚があったので、きっと無事にカンナさんの所へ運んでもらえたのだろう。
地の神の代替わりが本当ならカンナさんもきっと忙しいはずだ。
なのですぐに返事はこないだろう。でもそれなりに早めに返事が返って来るだろうと考え、私自身時間を作る為、再び災害時食の実験方法を紙に書き出す作業を始めた。
しかし予想に反し、まるで郵便事故にでもあったかのように、カンナさんからの返事は一ヵ月経っても返って来ることはなかった。




