5-3話
「――お互い色々応戦しあっていたのだけど、とうとう兄上がオクトさんが飲食店の経費で海賊と繋がっていることまで持ち出してきてね」
話が長くなりそうだったので場所を移して、伯爵邸の客室でカミュの依頼を聞いたのだけれど、私はカミュの口から出てきた『海賊』という単語に嫌な予感を感じた。
「しっかり話し合った結果、今回オクトさんに情報もしくは知恵を出させるということで、泥沼化した兄弟喧嘩をおあいこで終わらせるということになったんだ」
カミュの説明によるとこうだ。今回の兄弟喧嘩は、国外に出ている間に第一王子が流した噂を消すために、カミュが別の噂を被せて流したのがそもそもの始まりだった。結構前の事になるのだけれど、そこからズルズルと今日まで嫌がらせ合戦になっていたらしい。そしてその兄弟喧嘩をいい加減終わらせる為に、私を巻き込みに来たようだ。……なんでそうなる。
「海賊との繋がりを見逃してやる代わりに、オクトに協力しろというわけか」
「そういうこと。これが終われば、兄上も噂を炎上させるのをやめて、鎮火させる方へ動いてくれると思うよ。オクトさんを牢獄に繋ぐという結果でも兄上的には旨味があるから、ここは素直に協力するという選択を選んだ方がいいと思うけれど」
どうして兄弟喧嘩を終止符させる方法が、私が臭い飯を食うかどうかの話になるのだろう。第一王子こそ炎上してしまえと思うが、呪ったら倍以上の呪い返しをされそうな気がするので、平和に暮らしてくれてかまわない。その代り私に平和をお願いしたいところだ。頼むから兄弟喧嘩に他人を巻き込まないで下さいと言いたい。
カミュが言っていた協力しなかった場合の面倒事は、たぶんこれなのだろうけれど、やっぱり知りたくなかった。
「今回オクトさんに白羽の矢がたったのは、魔術師に料理に精通している人材があまりいないからでもあるよ。魔法の研究は基本、戦用な上に、料理を普段からしない貴族出身が多いからね。ちなみに海賊へお金が渡っていく仕組みに関与しているのは犯罪だし、一度捕まるとなんだかんだ理由をつけて釈放しないように兄上は動くと思うよ」
ですよね。
カミュは腹黒だけだけれど、第一王子はそれに加えて野心家でもある。さらに私は彼が政治的に混ぜモノのカードを欲しがっている事も知っていた。判断をミスれば、永遠にブタ箱生活の可能性が高い。ここは大人しく協力しておいた方が無難だろう。
「……それでどんな魔法を求めているの?」
食糧と魔法。どのように組み合わせて欲しいのか分からないけれど、防災の観点から見るなら、魔術師又は魔法使いが居なければ使い物にならない内容では困るのではないだろうか。アールベロ国は、魔術師や魔法使いが他国より多いけれど、魔法を使えない人の割合の方が圧倒的に多い事は変わりないのだ。
「作物がとれなかった時の為に、麦や芋などの備蓄はあるけれど、樹の神から大規模な地震が起こった場合、多くの建物が倒壊して、炊き出しが出来ないかもしれないと忠告されてね。どうしたらいいか考えて欲しいんだ」
この国の主食は小麦からできているパンだ。けれど地震で被災した中、火をおこしてパンを焼くのは確かに大変だろう。
「えっと。つまり魔法ですぐに食べられる物を作りたいと?」
「もしくは時魔法で、すぐに食べられるようにした物を腐らせずに保管できればいいなと思うんだよね」
確かに時魔法は時間を止める事ができる。時間を止められれば、それ以上腐る事はないだろう。しかし時魔法が使える魔法使いは、ほとんどいないのが現実だ。時属性は希少過ぎる為に研究が進まず、別の属性の魔力を時属性へ転換する方法は確立されていない。その為時魔法を使えるのは時属性の持ち主のみとなる。時属性を持っているのは私以外では2人しか見た事がないし、その2人も今はこの世界には居ない。
「時属性を使える魔法使いがほとんどいない中で、時属性に頼るのはどうかと思うが?」
「アスタリスク魔術師の言う通りではあるけれど、調理をした物は、小麦や芋の様に保存が効かないからね。そう言えば、以前冷却をすれば食べ物が長持ちするような事をオクトさんは言っていなかったかい?」
「確かに凍らせれば長期間保存は出来るけれど、凍らせたままの状態を継続しなくてはいけない上に、一ヵ月程度しかもたない」
冷凍庫で保管すれば、長持ちはする。でも継続して魔力を流さなければいけない上に、一ヵ月程度しかもたないのでは、割が合わないだろう。
「それだと使えないね」
私の意見を聞いて、カミュはすぐに提案した内容を切り捨てる。
「他に食べ物を長持ちさせる方法はないのかい?」
「長持ちさせるなら、塩蔵したり、乾燥させたりするのが基本だけど……」
ようは微生物が増えづらい環境を作り出せばいい。後は前世の記憶を引っ張りだせば、缶詰がでてくるけれど、アールベロ国の技術から考えると、瓶詰ぐらいしか難しいだろう。
でも瓶詰するにしても、どんなものが向いているのか。ジャムとかでは、お腹は膨れないし――。
「……乾パンとか、フリーズドライしたものとか?」
前世の記憶を確認すると、災害時の食べ物としてカンパンやフリーズドライといった方法が出てきた。アルファ米というのもあるが、米はそれほど主流の主食ではない。だとすれば、ビスケットの延長上にある乾パンの方が受け入れやすそうだ。
「カンパン? パンの一種かい?」
「そう。使用する油を最低限にした上に、二度焼きして水分を飛ばしているからとても固いけれど保存は利く」
私の中にはざっくりとした配分量しか知識がなさそうなので、試しに何パターンか作る必要がありそうだ。それでも魔法に頼らずに作れるので、一番無難な気がする。
「フリーズドライというのは何だ?」
「えっと、食べ物を急速に冷却して凍らせた上で、真空状態……空気を抜いて、水分を昇華……えっと水分を無くす方法。水を無くせば腐らないし、この方法だと栄養も壊れないから保存食に向いている。えっと火の魔法と風の魔法を組み合わせれば可能だと思う」
火の属性は持っていないのでそこまで詳しくはないが、温度を変化させる魔法なので、急速冷凍も可能なはずだし、真空にする魔法は以前使った事があるので、大丈夫だろう。
「ちょっと想像がつかないけれど、どんな食べ物でもできるのかい?」
カミュの質問に私は首を横に振った。
「向く食材、向かない食材があると思う。色々試してみないと分からないけれど……」
この方法も、カンパン同様実験が必要だ。魔法陣の構築からスタートなので、カンパンよりも大変かもしれない。
と、そこまで考えて、はたりと気がつく。
「カミュ」
「何だい?」
「もしかして……試すのは私?」
知恵を出してほしいという話だったけれど、見た事も食べたこともない、カンパンやフリーズドライの食べ物を私以外が作りだすというのは困難じゃないだろうか。
「そうなるだろうね」
カミュが苦笑ぎみで肯定したため、私は頭を抱えた。
「もちろん、研究費や人材が必要ならだすよ」
「それは当たり前。でも私がそれで頭を抱えているわけじゃないと分かっているよね」
その辺りは心配していない。何と言っても、王家からの依頼なのだから、支払いはいいはずだ。私が頭を抱えているのは、時間が足りない事に対してだ。
「薬師の仕事はしばらく休んでもらう事になるかな。でもその間の生活費は出すよ」
「……それだけじゃない」
私の本業は薬師だ。なのでそこは間違いないのだけれど、悲しい事に私が抱えている仕事はそれだけじゃないのだ。
「アユムとディノの指導と、図書館の館長の仕事と時属性の魔法陣のメンテナンス。それに、海賊の方にも借りがあるから近いうちに行かないといけないし……」
海賊にはホンニ帝国まで連れていってもらったのだ。今回、海賊と関わったがためにこんな事をする羽目になっているのだけれど、だからといってこのまま何もしないなんて、恐ろしくてできない。というか薬の納品もできていないので、そのうちここまで乗り込んでくる気がする。
「図書館の館長ってどういう事だい?」
「それは――」
「それは私がオクトちゃんにお願いしたんです。あと、オクトちゃん。叔父の方も忘れないでね」
やる事の多さに頭を抱えていると、女性の声が頭の上から降ってきた。
顔を上げれば少し困ったような顔をしたアリス先輩と目が合う。いつの間に部屋に入ってきたのか。
「勝手に話に割り込んでごめんなさい。でも商人の叔父がね、結構しつこく私に連絡をとるように言ってきているの」
アリス先輩の叔父? ……あっ。
そう言えば、以前薬を売る約束をしていた事を思い出す。その後ホンニ帝国へ私が行ってしまったので、すぐに取引が中断してしまったけれど。
「えっと。お断りは――」
「うちの叔父、しつこいわよ」
つまりは、無理と。
何でホイホイ飛びついてしまった、過去の私。海賊とのつながりを消す為ですね、分かります。でも縁が切れないどころか借りを作ってしまった現実が目の前にあるのはどうしてだろう。
「オクトさん……」
カミュが呆れたような目で見てきているけど、私自身分かっているから、そんな目で見ないで欲しい。
ホンニ帝国から帰ってきて、これで隠居生活が出来ると思ったのに、どうしてこうなった。
時属性の研究もしたいというのに、自分の流されやすく断れない性格がもたらした仕事ハーレムな状況に、私は顔を覆った。




