5-2話
「あれ? アユム達、ヘキサ兄の所にいる?」
アユム達の現在地を確認すると伯爵邸にいると地図に映し出された。お使いを頼んだのは村のおばあさんの所だったのだけれど……何でそんな場所にいるのだろう?
「地震があったから、避難したのでしょうか?」
「ここはそんなに揺れたのか?」
「はい。私は初めて体験しました」
アスタの質問に答えるペルーラは、若干青い顔をしている。私もアールベロ国では一度も地震を体験したことがなかったので、前世の記憶がなければ相当驚いていたと思う。
もしかしたら、アユム達も地震に驚いてヘキサ兄に助けを求めに行ったのかもしれない。怖い思いをさせてしまって悪かったなと思うと同時に、早急に連絡をとりあえる携帯電話のようなものを作らないとなと思う。二人ともまだ魔力を自力で込めることができないから、自動で使える設計でーー。
「オクト、行かないのか?」
「……ごめん。行く」
今は魔法陣を設計している場合ではなかった。
アスタに言われて、慌てて転移用の魔方陣を構築するために手首に巻いたブレスレットへ視線を落とす。すると魔法を使うよりも先にアスタが私の手をつかんだ。
そして次の瞬間には、私の目の前に伯爵邸の門がそびえたっていた。どうやらアスタによって私は伯爵邸前へ転移したようだ。道具を使っていないにも関わらず、魔法の発動の速さは流石である。
しかしだ。
「アスタ。呼ばれているのは私だけだと思うのだけど」
「息子に俺が会いに行っても問題ないだろう?」
いや。うん。その通りなんだけど。
アスタに正論で返されたが、本当に言いたいことはそこではない。
「うん。別にアスタが会いに行くのはいい。ただ私も転移魔法は使えるから」
「知ってるよ?」
「えっと。使わないと、使えなくなるからあまり甘やかさないでほしい」
私はさほど頭が良くないので、使わない状態が長期間続けば、思い浮かべるだけでは使えなくなってしまう。なので、普段から必要な時は自分で発動させるべきだ。一緒に外出する時など、たまにならいいけれど、毎回では魔法の腕が鈍る。
「俺がいればいいだろ?」
アスタは何を言っているんだという顔をしているが、私の方が何を言っているんだと言いたい。
一時期、記憶喪失になっていたアスタだが、現在はきっちり記憶を取り戻している。その為私に対して保護者気分でいるのかもしれない。実際にアスタが私の保護者であった時は、かなり過保護だった。当時はあまりの甘やかしっぷりに、私をダメ人間に成長させる気かと恐怖したモノだ。
しかし今は引き取られたばかり幼児ではないし、そもそも親子関係も解消されている。勿論親子関係が解消されていても、国外まで追いかけて来たぐらいアスタは心配性だ。私に対する甘やかしは多分継続されているだろう。しかし私としては、アスタとは対等な立場で居たいので、楽だからといって頼ってばかりはいたくない。育ててもらった恩返しの為にも、頼るより頼られたいが目標なのだ。
「そうじゃなくて。アスタ――」
「あっ。オクトさん、ようやく来たんだ」
ちゃんと対等になりたい旨を伝えようとした瞬間、別の声に遮られた。
「えっ? カミュ?」
何で、伯爵邸にカミュが?
カミュも私と一緒に国外に出ていた為、アールベロ国に帰ってきてからは第一王子に多量の仕事を渡され、とても忙しくしていたはずだ。
ただし、この間遊びに来たライ情報によれば、第一王子がカミュを必要以上にこき使っているのは長期に国外へ出ていたからだけではないらしい。どうやら第一王子の元へ多くの婚約者候補がなだれ込む様にカミュが周りの貴族をけしかけた事に対しての腹いせの一環だそうだ。
最初に仕掛けたのは第一王子の方で、私とカミュが駆け落ちしたなどという荒唐無稽な的噂を流したからだったので、その事に関して第一王子に同情する気はない。ただし私とカミュの噂を撲滅する事を考えれば、カミュが忙しい事で私の所へ遊びに来ないのはとても都合がいい。その為第一王子もっとやれとか思っていたり、いなかったり……。
「会いたかったよ、ハニー」
「……嫌がらせをしに来たんだったら帰れ」
誰がハニーだ。
会って早々に嫌がらせをするカミュを私は睨みつけた。
「つれないなぁ。僕ばかりが兄上に働かされていて辛い思いをしているというのに。オクトさんと僕は運命共同体だっただろう?」
「噂が悪化するジョークは止めて」
「僕が忙しい方がいいななんて考えている酷いハニーが悪いんだよ」
うぐっ。
ライの裏切り者。
ついうっかり、ライと話している時に漏らしてしまった自分が悪いと思っても、つい恨みがましく思ってしまう。
「でもまあ、怖い保護者に睨まれているから、冗談はこれぐらいにしておこうかな」
「で? 忙しいはずの王子様が、どうしてこんな辺境に居るんだ?」
怖い保護者って、アスタの事だよね?
ちらっと上を見上げれば、不機嫌さを隠そうともしない顔のアスタが見えた。昔から私がアスタの顔を見ると怖がらせない為か笑顔を向けられるという事が多かったが、最近はわざわざ取り繕った様な笑顔を向けられる事はなくなったなぁと思う。
まだまだ過保護ではあるが、少しは認められた為だと思いたい。
「その忙しい仕事の一環ですよ。僕が直接オクトさんの家を訪ねると、また面倒な事になりそうだから、伯爵に協力してもらって呼んだんです」
「あっ。用事があるのは、ヘキサ兄じゃなくてカミュ?」
そういえば、さっきも『ようやく来た』と言っていた。つまりは私がここに呼ばれているという事を知っていたという事だ。
「そういう事。ちょっと、オクトさんに協力してもらいたくてね」
ちょっと協力と言って、ちょっとで終わる気がしないのは、相手がカミュだからだろう。
カミュが仕事の一環で来たという事は、王家関係の協力案件という事になる。今までの経験上、王家からの命令には酷い目にあわされてばかりなので正直嫌だ。
「えっと。さっき地震があった事でアユム達が怖がっているといけないから、また後で……」
「アユム達は僕が保護したから安心して協力してね」
とりあえず、時間稼ぎをして抜け道を探そうと思ったが、カミュは清々しいぐらい笑顔で私の言葉をぶった切る。笑顔とは裏腹に口調ははっきりとしていて、イエス以外は認めない雰囲気があった。
「保護って」
「そうしないと、オクトさんも話に集中できないと思ってね」
よくわかっていらっしゃる。
そしてそこまでするという事は、ちゃんと話を聞いて協力しろという意味だろう。正直面倒くさいのだけれど、だまし討ちで協力させられないだけマシと思うしかない。
「拒否権は?」
「してもいいけれど、その場合もっと面倒な事になると思った方がいいかな」
「……了解」
「どんな面倒事か聞かなくていいの?」
「聞きたくない」
カミュが面倒事と言って回避しようとしている内容なんてろくなものではないだろう。聞くだけで疲れそうだ。
「協力してほしい内容が、危険な事ではないなら何でもいい」
私一人が被害をこうむるようなものなら……いや、もちろん嫌に決まっているのだけれど、アユム達を巻き込むよりはいいと思う。
「内容は危険ではないし、オクトさんが不利にはならないようにするよ。簡単に言えば、ちょっと防災の対策について意見が欲しいなという話だから」
「防災?」
何故私に意見を求めるのかが分からず首をひねる。
「さっきも地震があったけれど、今後さらに頻回に、より大きなものがあるかもしれないという情報を樹の神からもらっていてね」
ハヅキさんから?
神様経由の情報ならば、地の神が代替わりするかもしれないという話は、ガセではないのかもしれない。
「防災といっても、私は建築に関する知識はない」
地震に対して私がどうこうできるとは思えない。
日本という国では、地震は多く起こっており、家も耐震構造になっていたという知識は探すと出てきた。しかしそれがどんなものかまでは、前世の私は知らないようだ。
地震だと、津波や火災など二次災害の心配があるという情報もわずかながらあるが、それに関しても専門的知識はないのでそんなに協力できるとも思えない。
「建物が崩れないようにする事に関しては、アスタリスク魔術師の職場で考えてもらう予定になっているから、安心していいよ。オクトさんに協力してもらいたいのは、魔法を使った食糧支援かな」
「魔法を使った食糧支援?」
何故そんなものの協力要請が、王宮からわざわざ私に来るのか。面倒事の予感に私は眉間に皺を寄せた。




