5-1話 魔術的な防災
異界屋の外へ出ると、人が建物の外に出ていて、それぞれに今あった事を話し合っている雰囲気だった。一応建物の倒壊などはなかったようだが、店先に置いておいた商品が崩れたような場所もある。
「おい。今の揺れは、やっぱり地震だったのか?」
一緒に店の外へ出た店長が、近くに居た猫型の獣人に声をかける。
「たぶんね。私も他の人に聞いたけど、魔法使いが何かやったって話は出なかったから。でも地震なんて久々だったから、びっくりして机の上に飛び乗っちゃったわ」
「この辺りはあまりないからなぁ。うちのせがれは、机にしがみ付いてたよ。獣人のくせに情けない」
「あら可愛い。体が硬直しちゃったのねー」
……机の上に飛び乗る方が、机にしがみ付くよりいいんだ。獣人の血は流れているけど、私は驚いても絶対机の上に乗ることはないというか、運動神経の問題でできないだろうなと思う。それが猫型との違いかもしれないけれど、地震の時に机の上に飛び乗るのは余計に危険ではないのだろうか?
よくわからないなぁと思いながら、私は店主の会話の邪魔をしないようにアスタと一緒に少しだけ離れた場所で周りを伺った。
「アスタは、神様の代替わりって体験したことある?」
店主の祖父が体験したなら、実年齢は爺さんな年齢のアスタは体験した事がある可能性が高いと思い尋ねる。
「一応な。でも、この辺りはあまり関わりがなかったからな。水の神の代替わりの時は、青の大地が結構荒れたってトールから聞いたけど」
青の大地かぁ。
青の大地は、黄の大地の更に隣なのでここからはかなり遠い。確かにそれだけ離れていると、アールベロ国はあまり関係ないかもしれない。
「トールって、アスタの友達の?」
アスタの友達であり、ヘキサ兄の実父でもあるある人の名前だった気がするので聞き返すと、アスタは頷いた。
「ああ。アイツは青の大地からこっちに来ていたんだよ。確か水の神はしばらく生まれなくて不在期間があったから、かなり酷い状況になったって言っていたな。青の大地だけじゃなくて、隣接している黄の大地と赤の大地も干ばつがひどかったとか」
「へぇ」
神様は混血でなければ継げないと以前カンナさんに聞いたので、ちょうど引き継ぎのタイミングが悪かったのかもしれない。特に後継者としては私のような混ぜモノがいいそうだけれど、混ぜモノはあまり生まれない上に、この世界では嫌われモノで数が少ない。状況によっては、適任者が居ない可能性は十分ある。
……ん? だったら、何でもっと積極的に混ぜモノを増やそうとしないのだろう。勿論、混ぜモノが嫌われる理由が国を亡ぼすレベルの暴走にあるからだというのは分かる。でも神様が居なくなったらこの世界自体が滅びるのではなかっただろうか? だから時の精霊であるトキワさんが、新しい『時の神』になって欲しいと私に言っているのだし。
「オクト、どうかしたか?」
「えっ?」
「難しそうな顔をしているけれど」
私の表情筋は鉄製のようにあまり動かないのだけれど、よくわかるなぁと思う。ただ、神様関係の話は気軽にしてもいいものなのだろうか? 本来王族以外で神様に会う事がタブーなので、言ってはいけないことを話して、カンナさんの迷惑になる可能性が高い。
「えっと……アユムとディノは大丈夫かなと」
「ああ。本当に地の神の影響なら、この町以外も揺れている可能性はあるな」
別の言い訳として考えたのだけれど、口に出してみると心配になってくる。
ここはそれほど揺れていないけれど、地盤の状況によってはもっと揺れる事もあり得る。それにたいして揺れていなかったとしても、地震になれていなければ不安になるだろう。すでに十歳になった店主の息子ですらあんなに驚いていたのだ。
「帰ろうか」
「えっ?」
一応今日の目的の場所である異界屋には来たけれど、まだ来てからそれほど経っていない。アスタまで私に付き合って帰るのはなんだか申し訳なくなる。
「あー……私だけでも大丈夫だから」
「別にいいよ。今日でなくても、これからはいつでもオクトと出かけられるだろう?」
「いや。仕事が休みの時じゃないと困る」
アスタの言葉に私は突っ込んでおく。すでに長期休暇をしてしまったのだから、これ以上アスタの職場に迷惑はかけられないし、私自身しばらくは真面目に働くべきだ。
「うん。休みの日ならだよな」
いい笑顔だけど、本当に分かっているだろうか?
アスタの場合十分な貯蓄があるような気もしなくはないけれど、働かざるもの食うべからずだ。特に私の場合は、薬師の仕事だけでなく、図書館の方もアリス先輩が復帰するまでは頑張らなくてはいけない。……復帰するよね?
一瞬嫌な予感が脳裏をよぎったが、復帰するという事にしておこう。駄目だった場合は、エナメルに何とかなってもらうしかない。私の隠居生活の為にも。
「店主、今日は帰るな」
私がちょっとだけこれから先の事に不安を感じ考え込んでいると、アスタが店主に声をかけた。
「もう帰っちまうのかい」
「ああ。また近いうちに寄らせてもらうよ」
どうやら、本当にアスタも帰るようだ。私のわがままで申し訳ないと思い、ぺこりと店主に頭を下げる。
「すみません」
私が店主に謝罪すると、アスタは私の手を握った。そして次の瞬間には、私は自分の店の前に立っていた。転移魔法で本当に帰ってきてしまったらしい。
ありがたいけれど、何だか申し訳なくもある。
「アスタ、ごめん……えっと。ありがとう」
おずおずと顔を上げると、アスタは笑顔で私の頭を撫ぜた。もう子供ではないのだけれど、アスタに頭を撫ぜられるとやっぱり安心する。
「オクトお嬢様、それに旦那様、お帰りなさい!!」
ともかく帰ってきてしまったのなら、さっそくアユム達のところへ行こうと思うと、突然ペルーラが上から降ってきた。
……降ってきた?
目の前の状況が理解できず、私はマジマジとペルーラを見る。ペルーラは犬型の獣人族なので、翼族のように空を飛んだりはしない。だとしたら、この場所だと屋根の上から降りてきたとしか思えないけれど、屋根の上に何でいたのだろう。メイドには忍者のスキルがいるとか? ……いやいやいや。私の家で屋根裏に隠れて諜報する意味が分からない。
だとすれば、獣人は驚いたら本当に高いとこに登るのだろうか? 前世でも豚も驚きゃ木に登るという言葉が――ん? いや、ちょっと違うか。驚きゃじゃなくて――。
「屋根の上で何をやっていたんだ?」
「あっ。さっき地震がありまして、家の中心に生えている木がかなり揺れたので、屋根に異常がないか調べていたんです。穴が開いて雨漏りがしたら困ると思いまして」
「あ、そうだったんだ。ありがとう」
そしてごめん。もしかして獣人はみんな、驚いたら高いところに登るのかもと思ってしまって。うん。そうだよね。ペルーラがそんな変なことするはずないし、そもそもペルーラは豚でも猫でもない。
「いえいえ。メイドたるもの、この家を守り切ってみせます」
「……地震で危ない時は逃げてね」
木が揺れて倒れたら、家が倒壊する恐れがあるので素早く逃げて欲しい。メイド業務に家を守り切らなければならないほどの責任はないと思う。そもそも私が雇っているわけではないので、家事をやってくれるだけで十分助かっているわけだし。
「確かにそうですね。もしもの時はオクトお嬢様を担いで逃げますね!!」
「えっと。そういう意味でもなくて――」
うん。まあ。私の運動神経だと逃げそびれる可能性が高いけどね。でもそういう意味じゃない。
「あの木が倒れそうって、危ないな」
「そうなんです。皆様が外出されていてよかったです。今までは嵐や大雪の時も大丈夫だったのに……」
危険な時は、まずは自分の身を守ってと伝えようとしたのだが、アスタと会話をし始めてしまった為タイミングを逃す。
「だとしたら、早めに撤去した方がいいか?」
「もしもできるならその方が安全かと思います」
「えっ。ちょっと待って」
あの木は、ハヅキさんが魔法で生やしたもので、神様の木なのだ。今まで何があってもびくともしなかったのにどうして今回はペルーラが慌てるほど揺れたか疑問ではあるけれど、勝手に切り倒したら神罰があるかもしれない。
「木に関しては、一度生やした方に確認してみる」
そもそも家とくっついてしまっているので、普通には切り倒せない状態でもあるし。早めに今後どうしていくべきか確認しておいた方がいいだろう。
「よろしくお願いします。あっ。それからなんですが、伯爵様からオクトお嬢様が戻られたら伯爵邸へ来るようにと、言付かっております」
「ヘキサ兄から?」
「はい」
何の用だろうか?
昨日も電話で話したが、その時は何も言っていなかったのだけれど……。
「えっと。じゃあ、アユム達の様子を見に行ってから伺う」
「よろしくお願いします」
特に心当たりはないが、アリス先輩に異界の本についての相談もあったので、私はペルーラにそう伝えた。




