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ものぐさな賢者Ⅱ  作者: 黒湖クロコ
師匠編
14/26

4-3話

 店主が持ってきた本は5冊だった。

 ぱっと見それほど多い冊数ではないけれど、混融湖に流れ着いた本なら、かなり貴重品なので多いとも言える。念の為、目に魔力を通し確認をして見たけれど、すべての本が紫色の光を帯びていたので、混融湖から来たもので間違いないだろう。

 店長が準備してくれた椅子に座り、私は腰を据えて中身を確認する事にした。

 最初に受け取った本をパラパラとめくっていたが、水に一度浸かってしまった事もあり、ところどころくっ付いてしまったりしてあまり綺麗な保存状態ではない。でもこの世界では、この1冊しか存在しない可能性のある本だ。現在使っている文字ではないので、読む事できないのが難点ではあるけれど、でも解読ができたら面白そうではある。


「どうだい。オクト嬢ちゃんもみた事がないだろう」

 私は店主の言葉に頷きながら、次の本を手に取る。

 こちらも印字のようだが、また英語とも日本語とも違う文字が並んでいた。先ほどの本とは、違う地域、もしくは違う時代から流れ着いたという事だろう。パラパラと確認したが、紙同士がくっついては居ても、破れなどは見られなかった。

 更に次の本を手に取ったが、今度はどうやら手書きのようだ。赤茶色の表紙にも何か文字が書いてあったようだけれど、インクが滲んでしまって読めない。中も印刷媒体ではなく、手書き感があった。本とは言っても、もしかしたら手帳やメモのようなものかもしれない。文字の記入の仕方がバラバラで、図形も書かれている。図形は魔法陣のようなものもあったが、私が知っているモノとは違うので、魔法陣ではない可能性も高い。

 既に滅びた世界だと、魔力ではなく、魔素を使って生活していたと以前カンナさんに教えて貰った事があるので、もしかしたらその時代の可能性もあるのだろうか? 文字が読めないのが残念でならない。長生きなエルフ族などだったら、もしかして何か知っていたりしないかなと考えていた時だった。

「えっ?」

 パラパラとめくっていた中に、唐突に読める文字が混ざった。


「オクト、どうかしたか?」

「えっと……ここだけ文字が違う気がして」

 私が驚いて声を出した事に気が付いたアスタが不思議そうにこちらを見たので、私は英語に近いような文字が書かれている中に、唐突に現れた『日本語』を指さす。

「確かに模様というよりは、文字みたいだな。後から書き足されたか、それとも何か意味があるのかもしれないな」

「うん」

 私にはその文字が読めたけれど、それを伝えればどうして読めるという事になるだろう。いつも通り、ママに聞いたでもいいかもしれないけれど、わざわざそんな言い訳してまで伝える事ではない。

 本に書かれた文字は『龍玉』、『龍神』。それと、日本の古い季節の名前がずらりと並んでいた。その上に、英語のようなものでふりがなが書いてあるようにもみえる。だとするとこの文字の読みは『むつき』、『きさらぎ』、『やよい』――という事だろう。

 そしてこの音は確か――。


「どうだい? 中々他では手に入らないし、これが解読できれば凄いと思わないかい?」

「思う」

 どの時代のかは分からないけれど、でもこれは既に滅びた時代の魔法について色々書きとめたものではないだろうか? 筆者が研究者なのか、学生なのか分からないけれど、もしも解読できたら、今までの魔法とはまた違う魔法が出て来る気がする。

 図書館に欲しいというよりは、個人的にとても魅力的なものに思えた。ここになら、もしかしたら今はほとんど研究が進んでいない『時魔法』についても何か書いてある可能性もある。


「図書館で買えるかどうかは分からないけれど、個人的にも興味があるので、取り置きしてもらえますか?」

 どれぐらいの金額になるかは分からないけれど、是非買いたい。あまり高額になると、図書館の今期の本の購入が減ってしまうので、あまり無茶な事は出来ないだろう。その場合は自腹を切る事になるけれど、それでもいいと思えた。

 上手く解読できるかどうかは分からないけれど、元々時属性に関する内容は手詰まり感があり、私自身が腰を据えて研究したとしても、一生かけてどこまでできるだろうという感じだ。やっぱり神様にならない限りコンユウやエストには会えないのかなぁと感じつつ調べている状態なので、手掛かりになりそうなら、しらみつぶしに解読を試みたい。

「もちろんできますよ。いやー、ありがたい。それで、全部買い取ってもらえますよね?」

 店主の声が少しトーンを上げ、猫なで声になった気がする。

 まあ商売上手なのはいい事だ。


「全部買ったら、勿論その分値引くんだよな? 元々解読ができていない異界の本なわけだし」

「……いやですね、先生。勿論、分かってますよ」

 アスタが不正はするなよと言った様子で、店主に圧力をかけた。私はあまり値引き交渉が得意ではないので、店主の気持ち一つで値段が変わってくる異界屋での買い物に、口を出してくれるのは正直ありがたい。

 ただ、アスタは貴族なので、値引きとか良くできるなぁと思ってしまう。この場合は値引きじゃなく、ぼったくり防止のようなものではあるけど。これは経験の差というものだろうか。

「勿論、全部買わせてもらう」

 残り2冊はちゃんと見てはいないけれど、異界の本が増えれば同じ文明の本も出て来るだろう。サンプルが多い方が、文字の解読には役立つ気がする。


「なら金額はこれぐらいですかね」

 店主がサラサラっと値段を紙に書く。一冊づつにつけられた値段は、本としてはかなり高いが、法外な値段ではなかった。合計金額からは、値引き金額も書かれている。これなら自分でも買うことはできるだろう。 

「一度相談してみる」

 この場合、エナメルがいいか、アリス先輩がいいか。エナメルに相談した方が本来正しいのだけれど、いまだに彼の行動を私はつかめていない。もしかしたら私が買いたいと言っただけで、本来使ってはいけない予算を回してしまうのではないかという心配もあった。

 駄目な事は駄目と言えるタイプならいいのだけれど、気弱すぎて不安だ。流されやすい私ともまた違う気がするし、周りに居ないタイプだったのでどういう行動をするか未知過ぎる。

 やっぱりここは先にアリス先輩に確認してから、エナメルにも確認が一番面倒な事を回避できそうだ。……何でこんな厄介な事を引き受けてしまったのだろうと思うけれど、アリス先輩に私が勝てるはずがないのだから仕方がない。


「まいど。先生の方はどうです? 今回も当たりが多いでしょ」

「そうだな。これらは偽物だけど、後はちゃんと異界のものだよ」

 私の隣で店主が買い集めた物を確認していたアスタは、そう言って机の上で仕分けたものを見せた。

「今回も結構豊作だなぁ。俺の勘もまだまだ健在だ」

 嬉しそうに店主は話しているけれど、ハズレも混ざっていたのにいいのだろうか?

「ギャンブルが本当に好きだな」

「異界屋は、大当たりを引いた時が楽しい職業だからいいんですよ」

「大当たり?」

 何かハズレを引かない方法はないかと思ったが、本人が楽しそうなので、案外このままでもいいのかもしれない。それにしても、大当たりとは何だろう。

「使い方が分かっている商品の事ですよ。商人も異界の物を全部を知っているわけではないから、二束三文で飛び切りのお宝が手に入る事もあるんですよ」

 なるほど。

 確かに、混融湖があるドルン国では使い方の分からない異界のものは、子供でも手が出るぐらい安くお土産として売られていた。でもどの商人だって、全ての道具に精通しているわけではないので、本当なら凄い宝だった物を、二束三文で売ってしまう事もあるだろう。または二束三文だった物が、使い方が後から分かり、凄い宝に化ける可能性もある。

 偽物は店にも置けないゴミとなるが、当たりならそれほど問題はなく、大当たりが出れば一攫千金というわけだ。

 ……一瞬、前世の知識を使えば私も一攫千金を目指せるのではないかと悪い考えが頭をよぎる。しかしすぐに、一攫千金が厄介事に繋がると分かるので却下をした。そもそも、平穏に山奥で引きこもる人生設計に一攫千金の文字はなくても大丈夫なのだ。若干今の生活がズレている気はするけれど、まだ軌道修正できる範囲のはず。


「さてと。じゃあ、また面白そうな物が見つかったら連絡を頼むな」

「はい。その時は、是非オクト嬢ちゃんも来て下さい。お菓子も用意しておきますから」

 ……お菓子を用意って。

「えっと。本が入った時は行くけど、お菓子は大丈夫」

 成長が遅い為に、いまだに彼にとって私は幼い子供に見えるようだ。うん。お菓子は好きだけど、お菓子につられる年齢ではない。そもそも、昔から私はお菓子につられていなかったと思う。

「オクト嬢ちゃんが一緒の方が、先生の機嫌がいいからお願いしますよ」

「はあ」

 アスタの機嫌か。

 よっぽどの事がなければ、そんなにアスタの機嫌が悪い事もないとは思う。でも確かにキレたアスタほど厄介なモノはない。アスタが怒っている時は私も近づきたくないが、魔法が使えない人ならなおさらそうだろう。これも同居しているモノの役目だと思っておくことにする。


 そんな事をしゃべっている時だった。

 不意に地面が揺れ、ガタガタっと店内のものが振動で音を立てた。

「えっ? 地震?」

 前世では、それほど珍しくはない災害だけれど、アールベロ国ではほとんどない事だ。とっさに、机の下に潜ろうかとしたところで、アスタが私を守るように抱きしめた。

 うーん。それは多分地震が起きた時の対応としては間違いだとは思ったけれど、アスタも地震には慣れていないのかもしれない。

「あっ。止まった」

 大きな揺れが来たなら、机の下に入るように言おうと思ったが、その前に地震が止まったのでほっとする。震度2ぐらいの揺れだったので良かったが、もしももっと大きな揺れがきたら、地震が少ないこの国では結構大変な事になりそうだ。


「び、びっくりした」

 隣を見るとタレッジオが、机にしがみついていた。緑色の目をこれでもかというぐらい見開き、ズボンから出ている尻尾をピンと逆立てている。

「これぐらいの揺れで情けないぞ」

「だって、地面が揺れるなんて思わないし。大体、今の何? 外で魔法使いが何かやったわけ? ったく

、アイツら本当にムカつく」

 先ほどまでは父親の隣で大人しくしており、年齢の割に丁寧な口調もあって、良くできた子だなと思ったのだけど、地震の所為で素に戻ったようだ。自分だけが怖がっていたことが恥ずかしいらしく、少しムスっとした様子で外を見る。

「どうだろうな。後で近所に聞いてみるが、もしかしたら前に商人が言った事が本当かもしれんし」

「商人が言った事って何だ?」

 確かに魔法を使えば、これぐらいの揺れを引き起こすことは可能だろう。

 私は地震だと咄嗟に思ったけれど、魔法使いの多いアールベロ国ならただの魔法の可能性も高い。

「ただの噂なんですけどね。そろそろ、白の大地にみえる、地の神が代替わりするらしいんですよ。代替わり次期は災害が増えると爺さんから聞いた事がありまして。実際体験した事がないので、どういうもんんなのか分からないんですけど」

 そう言って店主は困ったように鼻の頭を掻いた。

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