4-1話 久々な異界屋
館長業務を請け負ってからしばらく経ったのだが、相変わらずエナメルとの意思疎通は宇宙人との交信のように上手くいっていない気がしてならない。
ツンデレコンユウも色々意志疎通が難しかったのだけれど、上がり症なエナメルは事前にシミュレーションをして会話に臨まない限り、会話が成り立たない。いや、そもそも会話ができないと言っていい。顔を見れば逃げられ、距離を取られ、喋りかければどもられる。
アリス先輩と一緒に話したあの会談がなければ、絶対嫌われていると思ったところだ。というか、今でも実のところ嫌われているのではないかと疑っているのだけれど、嫌いな相手のフィギュアを作る理由が思い浮かばないので、やっぱり一応は好かれてはいるのだと思う。もしかしたら、エナメルの故郷である白の大地では、フィギュアが呪いの藁人形的な意味合いを持っている可能性もないとはいえないけれど。
「呪いだと、青の大地の方が有名だったような」
昔、図書館で読んだ本にそう書いてあった気がする。魔法の発展が早いのは緑の大地にある、ここ、アールベロ国だけれど、他の大地でも違う魔法発展をしていたりするのだ。神様の取り決めとはいえ、大地をまたいでの交流が出来ないのはなんだか色々もったいないなと思う。
そんな事を考えながら薬瓶に出来上がった湿布薬を詰めていると、ドアがノックされた。
「おはよう。オクト、今いいか?」
「おはよう」
久しぶりの休みだったのでのんびりとアスタは寝ていたはずだが、どうやら起きてきたらしい。
「凄いにおいだけれど、何を作っているんだい?」
「シップ薬。村のお婆さんが薬草を摘んできてくれたから」
部屋の中は何とか片づけができたけれど、中々薬草を摘みに行く時間がとれないなと思っていたところ、顔なじみのお婆さんが腰痛と足の痛みを訴えて薬草自体を持ってきたのだ。どうやら孫と一緒に多量に摘んだらしい。
その為折角摘んできてくれた薬草を無駄にするわけにもいかないので、今日は朝から大量生産をしていたというわけだ。それに一応お婆さんの腰回りと足のマッサージはして、気休めにスッとする薬草を貼っておいたが、早めにちゃんと鎮痛採用のある湿布薬を渡さないと、恨まれそうだというのもある。マッサージの最中、私が留守にしている間どれだけ不便だったかを途切れることなく語られた上に、持ってきたのがあの薬草の量だ。かなりの執念を感じる。湿布薬がきれてしまってから、相当辛かったのだろう。
「へぇ。オクトの作る薬は良く効くって人気だもんな」
「たぶん、私のと言うより、この場所に色々理由があのだと思う」
「場所?」
「えっと。場所というか、薬草の魔力含有量?」
この辺りで薬草を摘むなら、魔の森の麓が多い。奥へ入ると、ハヅキ様の魔法により彷徨う事になるという恐ろしい場所でもあるけれど、魔素の多いパワースポットでもある魔の森の麓なので、魔素の量が普通の土地より多い。その為か、どうも魔力含有量が植物一つにしても高いのだ。
たぶんこの魔力含有量の多さが、普通の薬草よりも効果を上げている原因だと思う。元々緑の大地は、樹の属性の魔素が多い土地柄だ。樹の属性は植物との結びつきが大きい属性なので余計に薬草に影響を与えているのだろう。
「なるほど。草の魔力量は考えた事なかったな」
「うん。ただ、しっかりと他の土地のものと比べたわけではないから、必ずしも正しいとは言えないけれど」
比較実験を行ったわけではないので正しいとは言えない。しかし魔素のなかった前世に比べて薬の薬効が妙に強いなと思ったのと、ファルファッラ商会に薬を納品した時も、他の薬より良く効くと言われた事から推測すると、原因がそこにありそうな気がするのだ。
薬作りは学校で学んだままなので技術の問題ではないだろう。
もしかしたらこの国の医学の進歩が遅めなのは、その辺りも原因しているのかなと思わなくもない。薬を作るにはそれなりの時間がかかる為どうしても値が高価となる。本当に必要ならそれだけのお金を払ったりもするが、多少の事なら薬草を煎じて青汁状にして飲んだり、薬草自体を体に張り付ける民間療法で完治してしまうのだ。民間療法で完治するなら医者の出番も減る。
もっともこれも推測でしかなく、魔法を除いた他の文明の発展速度から考えれば、案外妥当レベルかもしれない。
「エンドなら、その辺りも詳しいだろうけど……アイツはなぁ」
「あっ。別に研究しているわけではないから、大丈夫」
エンドさんといえば、アスタの同僚のエルフ族の方だ。私の推測でしかない事で、忙しい王宮魔術師の手を煩わせるのは申し訳なさすぎる。すでにアスタが、私の所為で長期休暇を取ってしまった為に色々ご迷惑をかけたのだ。これ以上迷惑をかけたら、そのうち闇討ちされてしまう。王宮魔術師VS混ぜモノなんて、何ソレ怖い。
既に図書館関係で大問題を抱えているのに、これ以上敵を作りたくはないというのが正直なところでもある。平穏万歳。
「そう?」
「そう。それより、何か用事があったんじゃ?」
薬を作っている時にアスタが部屋へ入って来ることは少ない。わざわざ来たのなら、何か理由があってだろう。
「ああ。久々の休みだから、異界屋に顔を出そうとおもうけど、オクトもどうかなと思って」
「異界屋?」
「店主から来いって催促がうるさくて。ついでにオクトも連れてきて欲しいって言われているんだ」
アスタが懇意にしている異界屋といえば、初めて私とアスタが出会った場所でもある、あそこだろう。王都のすぐ隣町である、チリエージョ。公爵家が治めている土地で、王都並みに栄えている。王都は地価が高いので、チリエージョから王都に通っているという人も結構居るぐらい近い場所であり、王都並みに人の行き来が多い場所だ。
「行ってもいいけれど、先に薬を届けないと」
薬草を持ってきてくれたお婆さんの家には、いち早く湿布薬を届けるべきだろう。腰痛が酷くて仕事が大変だと言っていたし、あの家のお嫁さんからは良く卵を頂いているのだ。成長期の子供が居る家の最低限のご近所付き合いは、混ぜモノでも必要である。
「弟子二人にお使いくらい任せればいいんじゃないか?」
「えっ?」
弟子って、ディノとアユムの事だよね?
二人にお使いを任せるなんて考えても居なかった事なので、きょとんとしてしまう。
「普通、魔術師の弟子になったモノは、勉強させてもらう代わりに師匠の身の回りの世話とかをやったりするんだよ。ここにはペルーラが居るから別に一から十までやる必要はないけれど、お使いぐらいさせておくべきだと思うんだけど」
「あ。そういうものなんだ」
魔術師を目指す場合、学校に通う以外に、魔術師に弟子入りするという方法もある。後者は数こそ少ないがないわけでではなく、エルフ族などそのパターンが多い。
私自身は、ある意味アスタに弟子入りしたような立場で勉強させてもらい、その間家事などを請け負っていた。
「それにディノは、家にこもってばかりだと耐えられないタイプだろ? お使いに何度か出していれば、そのうち遊び相手を見つけるんじゃないか?」
確かにディノはインドアよりアウトドア派だ。図書館など出歩かないわけではないが、文字と算数の勉強に辟易している気がする。
それにアユムも同じ年ごとの友達を作れるものなら作った方が良いだろう。私よりは社交的で、海賊や図書館員と仲良くなっているが、年上ばかりだ。私やアスタのように対人関係音痴の称号を貰う様な大人にならない為にも、そういった交流は大切な気がする。
「確かに。お婆さんの家なら大丈夫か」
伯爵領であるここには、私が幼い頃からちょくちょく顔を出していた上に、伯爵様であるヘキサ兄の妹分という事もあって、私の存在は比較的受け入れられている。特にお婆さんは薬を買いに来てくれる家なので、私とアユムやディノに血の繋がりはなく、混ぜモノでもない事は良く分かっているはずだ。お使いに行って嫌がらせを受ける可能性も低い。
あまり過保護になりすぎると、将来2人が苦労する事になってしまうだろう。
「分かった。ちょっと2人にお使いを頼んでみる。ここの片づけだけしてしまうから、少し待っていて」
私は手早く湿布薬を瓶詰めしてしまうと、大鍋を持って、外にある洗い場へ向かった。




