3-3話
「あの……」
「ひゃ、ひゃい。うえっと、お口に合いませんでしたでしょうか?」
「いや。椅子に座って欲しいのだけど」
何故、カーテンの影からこちらを伺うのか。
一度落ち着いて話し合おうという事になり、二人で館長室へやって来たのだけれど、ひたすら落ち着かない。主に、エナメルがだ。
受付に居た図書館員の子が状況を察知したのか、お茶を運んでくれたが、お茶なら私がいれるので彼を何とか落ち着かせて欲しかった。リラックス効果があるハーブティーにしてくれているが、飲んだり臭いを嗅いだりしない限り、リラックス効果は発揮できないだろう。
そもそもその程度で、彼のビクつきがなくなるのか怪しいけれど。
「は、はい」
ビクビクしながら、エナメルは椅子に座った。姿勢がよく、普通にしていれば、ヘキサ兄のようなクールな印象の好青年だろうに、今は挙動不審すぎてクールさは半減どころか壊滅状態だ。
「えっと……アリス先輩が復帰するまでの期間、よろしく」
「こ、ここここ。こちらこそ」
コチッ。
エナメルは頭を下げた瞬間、勢い良く机に額をぶつけた。
「えっ。大丈夫?」
「……大丈夫……です」
消えてしまいそうな小さな声で返事が返ってはきたけれど、本当に大丈夫だろうか? すぐに頭を上げないのでどうにも心配になる。
「もしかして、怖い?」
「へ?」
「いや、私が混ぜモノだから」
先ほどからの挙動不審が私に対する恐怖からくるものだという方が、納得しやすい。感激とか、私をたたえるような賛美な言葉をエルメスは選んで話していたが、私を怒らせない為という理由の方がしっくりくる。
うん。オクトファンクラブに入っているとか言っていたような気がするけれど、きっと私の記憶違いに違いない。
「そ、それは違います!!」
エナメルは、顔を真っ赤にしながら、弾かれるようにがばっと机から顔を上げた。
「僕は本当にオクト魔術師に憧れていて。会報誌も毎回購読してますし、姿絵も部屋に飾っています!」
えつ。それは止めて欲しい。
姿絵って……いわゆるポスターみたいなものだろうか。たぶんミウ辺りが描いた作品な気がしなくはないけれど、色々ドン引きしそうな部屋になりかけている気がする。
「それに最近は粘土細工に凝っていまして、オクト魔術師をモデルにした粘土細工を作っているんです。まだまだ、オクト魔術師の可憐さやかっこよさが表現しきれていないですけれど――」
それは……いわゆるフィギュアみたいなものだろうか。
話せば話すほど最初に会った時の真面目な印象がガラガラと音を立てて崩れていっている気がする。距離がありすぎて話ができないのも困るが、鼻息荒く、自分を題材にしたオタク活動を暴露されるも色々反応に困る。
「エナメル。オクトちゃんが困ってるでしょうが。止めなさい!」
パシン。
紙の束でエナメルの頭が叩かれた。その紙の持ち主を見て、私は驚く。
「アリス先輩?」
どうしてここに?
少しお腹のあたりが目立ってきているアリス先輩が産休を取るという事で館長の仕事を請け負ったはずなのに。
「少しは冷静になれたかしら?」
「すみません……先輩」
頭を抑えながら、エナメルは答えた。
かなりテンションが上がっていたようだが、アリス先輩の一喝で、一気にテンションは下がったようだ。うぅぅっと小さく呻く。
「ごめんなさいね。エナメルは、仕事は出来るのだけど、かなり上がり症な上に、オクトちゃんの大ファンなものだから、突発的な事が起こると暴走したりするのよねぇ。悪気はないのよ」
「はあ。……えっと、アリス先輩はどうしてこちらに?」
「今、ディノから連絡をもらったのよね。エナメルとオクトちゃんが2人っきりになってるけどどうしようって」
「あー……すみません。迷惑をかけて」
2人きりになったところで何も問題はないのだけれど、アスタとカミュに色々言われているので不安になったのだろう。あの2人の心配性をどう改善するべきか。
「迷惑じゃないわよ。家の中にずっと居たら息が詰まっちゃうし、気にしないで。それに私も色々心配だったし、業務の引継ぎもまだしないと行けない事があったから気にしないで」
そう言って、アリス先輩はエナメルの事を見る。
「それよりもいい加減、上がり症は直しなさいって言ってるのに」
「突発的な事がなければ、僕――私だって大丈夫です。でも、目の前にみえるのはオクト魔術師なんです。 あの伝説の魔術師が居るのに、平常心を保つなんて無理ですよ」
「……伝説?」
私はどちらかと言うと、その伝説の方が気になる。でもその伝説を聞いたら、私の方が平常心で居られない気がした。というか、皆伝説とか、ふたつ名大好きだなと遠い眼になる。お願いだから、これ以上私に対する変な噂は流さないでほしい。
「はい! ですから魔法学校でオクト魔術師のことを知らない人なんていません。オクト魔術師に憧れているのは私だけではないのです」
「えっ?」
握りこぶしを作って話してくれるが、色々おかしい。私は混ぜモノではあるけれど、一応普通の学生だったはずだ。ミウとエストのファンクラブの所為で、若干普通ではない所もあるけれど、ファンクラブだって、同好会レベルの小さなものだったはずだ……うん。たぶん。きっと。
だからきっと、私が有名だなんて、エルメスの思いこみに違いない。
「オクトちゃんは、カザルズ魔術師と同じ最短卒業しているから、そういう意味でも有名よ。後は、学生時代に作ったものとか、解決した事件とか、『賢者』って呼ばれている事とか……上げ始めるときりがないわね」
私が脳内できっとエルメスの勘違いに違いないと否定しているのを見抜いたかの様にアリス先輩に補足説明されてしまい、一気に胃が痛くなる。
おかしい。
基本クラスでボッチを強いられてきたというのに。どうして、私の学生時代にやった事が知られているのだろう――。
「あっ。別に、これは誰かが故意に流した噂じゃないのよ?」
「……えっと。そういえば、私はどのあたりまで仕事をしたらいいですか? 一応館長という事にはなっていますが、本業もあるので」
アリス先輩が、私の退路を断つかのように、私が学校で有名というか浮いていた事を次々に暴露していきそうなので、これ以上胃が痛くならないように話題を変えさせてもらう。
それにあくまでも、図書館は副業で、本業は薬師である事に間違いはない。
「そうね。勤務表を決めたり、日中バイトや職員を纏める仕事とか、本の発注などはエナメルに任せておいていいと思うわ。オクトちゃんは時魔法に関する事と、王家や学校やその他魔法使いとのやり取りと、後はエナメルが決めた事の最終的な採決を決めたりする事かしら。お金の運営に関しては、不安なら私の所に持ってきていいわよ」
王家や学校、魔法使いとのやり取りという言葉だけで、一瞬で憂鬱になる。どれもこれも、魑魅魍魎というか、今までの人生で厄介事ばかり運んできたというイメージしかない。
やりたくないなと思うが、エナメルのあのビビりっぷりだと、私以上にまずそうだとちょっと思う。
「後は王家から何か言われたら、第二王子に相談すると上手く行くんじゃないから?」
確かに、カミュなら色々王家事情には詳しいし、一番いい方法を一緒に考えてくれそうでもある。でもあまり頼ると、後が怖そうなんだよなとも思う。貸し借りはあまり作りたくない相手だ。
「あ、あの」
「どうしたのエナメル?」
不安要素が色々ありすぎて、頭を抱えたくなった所で、エナメルが小さく手を上げた。仕事の分担で何か意見があるのだろうと、私もエナメルに注目する。
「やっぱり、その……あの噂って、本当なんですか?」
「噂?」
アリス先輩が先ほど伝えてくれた、私が学校で浮いていたネタ以外の噂ってなんだろう。私より、私の噂に詳しそうな相手に心配になる。
「ほ、本当にオクト魔術師が第二王子の事が好きなら……応援したいとは思うんです。第二王子も、魔術師だと聞いているので。でも――……オクト魔術師?」
ゴンッ。
私は自分自身聞き覚えのある噂を思いだして、机に額を打ち付けた。
第一王子め。本当に、碌な事をしない。
この噂を帰ってきてから耳にするのは、一体何度目なのか。
人の噂も七十五日とはいうけれど、きっちり七十五日では消えてくれないんだろうなと思い、いい加減にしてくれと私は心の中で恨み言を叫んだ。




