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episode 04 太陽がもう一つ

 晴れの日が続いた。早朝のきりりとしまった空気を肌に感じながら、トータツは昨日買ったサイフォンでいれたコーヒーをベランダに凭れながら楽しんでいた。


 忙しそうに交差点を渡る人々を、天使のつもりになって、優しく見守っていた。


 ここに来て一週間ほど経った。


 ベッドは近所で使っていないものをミンツが探して持ってきてくれた。扉を外している部屋に入れて、計画通り寝室とした。机ももらった。椅子は二脚、チェスカがどこぞの古道具屋からよさげなものを勝手に見繕って買ってきてくれた。


 彼女は自分の部屋が食事をするにもままならないほど散らかっているので、たびたびトータツの部屋にやってきては一緒に食事をしていた。


 安物のパステル画を壁に飾った。部屋の角に置いた小さな引き出しの付いている棚は拾ってきたものだった。昔からの憧れであった大きなソファーを、少し高かったが奮発して買った。


 それに腰掛けたり、寝ころんだりしていると、にんまりしてしまう。


 まだ数日なのだが、この風景はトータツにとって愛着を覚える大切なものになっていた。いつか飽きるかも知れない幸福な休暇に、のんびりと浸っていた。


「トータツ、いるんだろ? 入るぞ」


 ノックと一緒にミンツの声がした。


 トータツはもったいをつけて客人をテーブルの椅子に座らし、コーヒーをいれてやった。


「朝飯まだじゃろ? 昨日お得意さんがクッキーをくれたんじゃ」


 ミンツは抱えていた大鍋ほどもある丸い缶を机の上に置いた。


「クッキーなんか朝飯になるの?」


「なに言っとるんじゃ? 見てみろ、この大きさを。とても一日じゃ食いきれんぞ」


「そういう問題? ――あ、ミンツさん、これなんだけど」


 引き出しから紙を出して、テーブルに置いた。


「履歴書、なんじゃあ?」ミンツはトータツが出した紙を覗き込む。「トータツ・ウジサリ 出身 カバタ州王都カバタ 年齢 二二歳 身長 一七五センチ 体重 六〇キロ 陸軍士官学校在学 特技 射撃 …………」


「ここの住所教えてくれない?」


「特技が射撃って、なんの仕事をするつもりじゃ?」


「別に、なんでもいいけど、荷下ろしとか、ペンキ塗りとか、単発なの」


「なら、特技は『力仕事』ぐらいにしとけ。……あと、官学の生徒が副業できるのか?」


「駄目なの?」


「これだから官学の学生は」ため息をつく。「わしだって一応事業主じゃからな。そのくらいのことは知っておる。かせっ」


 雇いたくなるような履歴書を書いてやる、とミンツは履歴書をひったくった。


 菓子の甘さからか、何杯もコーヒーをおかわりした。大の大人二人がかりでも、クッキーはほとんど目減りしなかった。


 血糖値が上がった、などと物騒ことを言いながら、ミンツは店を開けに下へ降りた。


 トータツも一緒に下へ行き、そのまま、王立公園へ足のリハビリも兼ね散歩に出かけた。彼の日課であった。



      †††††††



 カバタ市が一望出来る小高い丘に二十数人の屈強な男たちがやってきた。群生する木々の間に、思い思い腰を下ろし、小鳥のさえずりを聴きながらカバタを見下ろしていた。


「オンディさん。ここ、いいですね。よく見えます」


「おう。間に合ったみたいだ。ぎりぎりだったな」


 オンディは長身を伸ばして下界を見遣り、タバコの煙を吐き出す。日焼けか生まれつきか、浅黒い肌が精悍な面魂を強調している。しかし、今日はいまひとつ冴えない目をしている。


「検問が厳しくて遠回りとかしましたからね」


 オンディとルジェのみならず、長旅の疲れもあるかのか、彼らの顔は曇っていた。


 オンディはなにかが胸を塞いでいるかのようにため息混じりに話す。


「将軍まで捕まっちまったらしいしな」


「しょうがないですよ」ルジェは地面に生えた草を意味もなく千切り、「シュテイン様が……」


「……ルジェ。シュテインのやつは上手くやるかな?」


「やります。シュテイン様はオンディさんよりも優秀ですから」


 オンディは手にしていたタバコを咥えると、哀しそうに笑ってルジェの頭を小突いた。


 頭を押さえて笑むルジェもまた、痛みとは別の辛さをその全身に滲ませていた。



       †††††††



 豪華な調度品に囲まれ、ロノームはぼんやりと、果てしなく続く空を眺めていた。眼下には、カバタ川と、それに連なる街並みが一幅の絵画の如きありようで広がっている。


 建物の硝子や屋根がきらきらと天日を反射して眩しい。


 王城の中にあるこの塔は、貴人を幽閉するためのものだった。


 ロノームはなんの通知もなしに、あれ以来、ここに閉じこめられている。


 外を眺めるくらいしかやることのない毎日だった。


 彼は窓からふらふらと離れ扉の所まで行った。分厚い堅木の扉には小さな覗き窓が、わざとらしい嫌らしさで付いていた。


「君、君、今日は何日かね?」


 ロノームはその小さな窓から看守の姿を探して、明瞭な口調で聴いた。


 年若い看守は訝しがった様子を見せたが、聞かれたことのみを味気なく答えた。


 ロノームは礼を言うと、また窓枠へ戻り空を見た。


 彼のその姿には、もはや将軍や要人といった威厳が見受けられなかった。窓から物欲しそうに顔を出す仕草は、一個の弱々しい中年男性そのものであった。



       †††††††



 湿度の変化だろうか、もうほとんど治っていたと思った傷が、突然疼いた。トータツは軽く舌打ちをして、カバタ川を正面にした王立公園のベンチに座って休んだ。


 天が遠い。吸い込まれそうな、平らな青だった。葉を落とす草木、蕩々と流れる大河、その向こうで泰然と構える王城。


 すべてが静かに冬ざれていた。


 ミンツが書いてくれた履歴書を眺める。


 身長が五センチ高くなっている。出身地はなぜか田舎。特技、二十四時間働ける。なんじゃこりゃ……。


 一つ、空に大きな点が動いていた。ゆっくりと頭上を横切っている。


 近くで見たときは度肝を抜く威容だった大飛行船ウスタリカ号も、どのくらいの高さを行くのであろうか、初めて見たときの威圧感は受けなかった。


 飛行船を見たいと言っていたロノーム将軍のことを思い出した。


 だが、突然ウスタリカ号が光を放った。空に二つめの太陽が煌めいた。

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