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episode 02 いとこの姉はいとこ?

 群青色した秋空が窓の隙間から薄汚い天井とのコントラストを作っている。その明かりで何度か目が覚めたが、意図的に朝寝坊し、チェックアウトぎりぎりに宿を出た。


 士官学校へ事の顛末を説明する義務があった。辻馬車を止めてカバタの東端に向かった。


 通りに自動車が増えたような気がするのは気のせいだろう。一日一台見るか見ないかの三年前に比べたら随分と増えたが、六日前と比べてその違いが分かるわけがない。


 三十分ほど揺られて士官学校へ着いた。


 すべての事務的説明と事務的質問が終わると、担当官は最後にこう言った。実習は後二ヶ月以上残っている。君は足も怪我していることだし、なにより、充分に実習をこなしたと学校は判断し、実習の終了を承認する。但し、寮でぶらぶらされては下級生たちに示しが付かないので、実家で休むように、と。


 さて、困った。


 実習と授業でみんな出払っている閑散とした寮の自室にて、着替えやら読みかけの小説やらを大きめの鞄に詰めた。窓の向こうの練兵場では、後輩達が訓練に励んでいた。


 両親を早くに亡くし、陸軍幼年学校からずっと寮生活だったトータツにとって実家なるものはなかった。夏や冬の長期休暇となると、後見人であるナガツギ中将が自分の邸宅に呼んでくれることもあったが、学校がなくなってしまうと、基本的に彼は根無し草だった。


 今は頼みの綱のナガツギ邸も改装中。ナガツギ中将は南方へ赴任していて不在。


 あと頼れるのは中将の息子のアルミュ・ナガツギ。


 六つ歳が離れている。トータツにとっては兄のような存在である。二ヶ月間やっかいになろうと企んだ。面倒までは見てくれなくても、相談には乗ってくれるはずだ。


 陸軍本部ならここから歩いて行ける。


 カバタの街はカバタ川を挟んで、行政区と市街地に別れている。市街地側にはカバタ川と平行して王立公園が広がる。


 秋の暮れにしては暖かい日差しを浴びて、王立公園の中を過ぎる。橋を渡れば陸軍本部。アルミュの務める第四軍を訪ねた。


「貴官のこれよりの通行は認められない」


 がたいの良い衛兵は手のひらをトータツにかざしながら言った。


 士官候補生の証明証は軍関係の部署はフリーパスのはずである。


「なぜですか?」


「佐官以上か、もしくは第四軍専用の通行証がなければ通すことは出来ない」


 ため息が出て、自然、背筋が丸くなった。もはや行く当てはなかった。根無し草であることを思い知らされた気がした。かくなる上は二ヶ月間旅行でもして、貯めた遺児年金を使い果たしてやろうか。


「――あれ? トータツ君?」


 振り返ると、栗色の髪を伸ばした背の高い女が立っていた。吹き抜ける川風にスカートを揺らされ、膝頭を出している。


「あ、チェスカさん」


「なに、トータツ君でも入れないの? わたしも。その無愛想なのに追い払われた」


「ちょっ、チェスカさん……」


 チェスカが聞こえよがしに言うものだから、トータツまで衛兵にギロリと睨まれた。


「だって、ほんとのことだもん。これは、言論に対する挑戦よ。こういうことだから軍の隠蔽体質が――」


 チェスカの腕を引いて、その場を立ち去る。例え事実だとしても、陸軍本部で言うことではない。


「プレスカード没収されるよ」


「そうなったら全面戦争も辞さないわ」


「新聞屋やめて、軍人になれば?」


「あ、それ、このまえアルミュにも言われた。でも、わたしは平和主義者なの」


 陸軍本部から出て橋を渡り、市街地に戻った。二人は適当な喫茶店に入りコーヒーを啜っていた。


 チェスカはアルミュの従妹でナガツキ邸で過ごしたときに知り合いになった。トータツよりも二つか三つ年上なのだが、正確なことは本人が韜晦するのでわからなかった。


「ねぇ、トータツ君、聞いてよ。これはね、まだ裏とったわけじゃないんだけど、ある情報筋によると、なんとレーメラのロノーム将軍が捕まったらしいわよ」


 チェスカは人に聞かれまいと身を机に乗り出す。


 トータツは口に含んだコーヒーを戻しそうになりながらも、どうにかこらえて、


「――へぇ。そうなんだ」と知らぬ振り。


 政府や軍が発表しないことを自分が漏らしてはまずかろう。チェスカは新聞社に勤めている。なにを書かれるかわかったものではない。


「それでね、今も軍部に取材に行って色々聞き出そうとしたんだけど、あいつら、知らぬ存ぜぬで、まったく役立たず! ――ねぇ、トータツ君。あなたなにか知ってるでしょ?」


「し、知らないよ。おれは下っ端だよ。下っ端」


「うそよ! あなたレーメラに行ってたってさっき言ってたじゃない。ねぇ、なにか聞いてない? どんなことでもいいんだけど?」


「知らない」


 トータツが冷たく答えると、チェスカは表情のよく変わる顔を拗ねたように窄めて睨んできた。


「……ほんとに知らないんだ」気圧されて弁明してしまう。「おれは足を怪我して、それでこっちに戻ってきたんだよ」


「え? 怪我したの。――大丈夫?」


「うん。もうほとんど治ったかな。軽く弾に抉られただけだから」


「うそっ! 痛そう……」チェスカは手で顔を覆っていた。


「いや、おれの怪我なんか序の口で……」


「序の口で?」


「……なんでもない」


「なに? 言いなさいよ」


 興味津々と前傾姿勢のチェスカが聞いてきた。


「……いや、だって、書くでしょ?」


「面白ければねー」


「つまらないから」


「一応言いなさいって!」


 軍人には守秘義務がある、とどうにか頼み込んで諦めてもらった。


 チェスカはやはり面白くなさそうで、トータツが茶代を出す羽目になった。


 しかし、窮すれば通ず、行く当てのないという話をしたら、チェスカが自分の下宿の隣の部屋が空いていると教えてくれた。一泊換算は安宿の半額である。新築したばかりで水道も引かれているらしい。この話に飛びつかぬわけがなかった。


 一度新聞社に立ち寄った後、王立公園のスタンドでまたもコーヒーを買わされて、市街地である高台へ向かった。


 チェスカの下宿先は、王立公園の中央付近を背にし、徒歩で約十五分の場所だという。


 暮れ方の街は未だ活気に溢れていて、所狭しと並んでいる石造の建物は、夕映えに照らされ朱い壁となっていた。


「さっき、あなた普通に会社の前で待ってたでしょ?」


 新聞社に寄ると、ちょっと待ってて、と言って入っていったチェスカを、トータツは素直に待っていた。彼女が出てきたのは一時間も後のことであった。


「そうだよ。全然ちょっとじゃないじゃん。あんなに待つってわかってたら公園かどっかいったのに」


「あなた、わたしの男と勘違いされてたわよ。光栄ね」


「勘弁してよ。――で、なんて答えたの?」


「うん。従兄の弟って答えた」


「……それ、変じゃない?」


「そうなの。『なら、従弟じゃん!』って突っ込まれちゃった」


 自分で言って、腹を抱えて笑っていた。


 立場の微妙さ加減を改めて痛感した。


「ところでさ。ナガツギ邸改築してる間、アルミュはどこに泊まってるの?」


「なんか忙しいみたいよ。軍の寮か、そうじゃなければ女の人の所でも渡り歩いてんじゃないの? あいつ無駄にモテるし」


 チェスカはつまらなそうにそっぽを向き、街角のゴミ箱に下投げでコーヒーの紙カップを投げた。が、風に流されて、それは石畳を転がった。あれ、と駆けて拾い今度は普通に捨てた。


 大き目の十字路までくると、チェスカはその一画を指して、


「ほら、あそこよ。あの鉄砲屋」

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