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episode 01 士官候補生と将軍の雑談

 列車はレーメラからウスタルへ向かい走っている。貴人用の特別車両にはトータツとロノームしか乗っていない。二人で使う特別車両はいささか広すぎる。


 ウスタル王国の士官候補生であるトータツ・ウジサリは、レーメラで捕らえたロノーム将軍をウスタル本国へ護送していた。


 トータツはロノーム将軍から、レーメラ国でなにをしていたのか説明するように求められた。




 畏まるなと言われましても、閣下は敵ながら将軍。自分は士官候補生に過ぎません。陸軍幼年学校から士官学校まで、この世界の教育しか受けていないので、どうか、ご容赦願いたいと存じます。


 自分は実習生として従軍したんです。


 ええ、従軍ということになってます。ウスタルはレーメラを独立国として認めていない。属領と扱っています。しかし、旧レーメラ領内で、レーメラ武装勢力との戦闘は内乱ではなく外征の扱いとなり、経歴に加えられたりと……、色々細かい規定があるのですが。


 この線路を通りレーメラへ向かったのは五日前。レーメルは北国。ウスタルでは見られない深い雪に足を取られて、動きにくいし、寒いし。まだ秋ですよ。


 赴任したのは、レーメラのある村でして、有り体に申し上げますと、レーメラ軍の戦死者を埋める村だったのです。……そうです。我々が殺した死体を埋めるのです。


 我々初任兵は到着の翌日から死体を埋める任務に就いたのです。


 将軍、これは、我がウスタル軍の名誉のために申し上げます。確かに、我々は最初、死体を扱うのが嫌で、ぞんざいに扱っておりました。しかし、ルジェという、この男はたまたま行きの列車でも隣、部屋も自分と同室のものだったのですが、そのルジェが、


「敵とはいえ、祖国のために命を落としたものたちだ。もっと敬意を持って葬ってやろう」


 と言いまして、我々はそれまでの非礼を恥じ、ルジェの言うとおりだと感じ入った次第で、以後は丁寧に葬りました。


 その日の夜です。軍人として情けないことですが、初めて人間の死体を見て、触ったせいで、食欲がまるで湧きませんでした。


 怪我の功名と言うのでしょう。その夜の食事には遅効性の毒が入っていたのです。兵糧に毒を混ぜられたんです。


 食べた仲間は苦しみだし、ばたばたと倒れていきました。背中はエビのように丸まり、喉の内側をかきむしろうとしたのか、手を口の中に押し込み、唇は裂け……。


 そのうちに、レーメラ軍が攻めてきました。自分の他にも食事を取らなかったものが数名いて、交戦を試みましたが、多勢に無勢、情けない話、逃げるのがやっとでした。その際、自分は被弾しまして、被弾というほどでもありませんが、この太腿の外側を掠っただけ、すこし抉られました。


 ――ルジェですか? 彼はその晩歩哨だったから、生死はわかりませんが、おそらくは毒にやられたと。


 半日歩き通して、どうにか前戦の総司令部までたどり着きました。そこで、自分はまだ実習期間が残っておりましたが、被弾しているということもあり、戦力にならない。そういった理由で、閣下をウスタルへ移送するよう特命を受け、実習期間は残っているものの、自分の実習はこれを以て終了ということになるそうです。


 自分のレーメラでの経験は以上が全てであります。




 トータツはありのままを話した。捕らえているとはいえ、敵軍の将に情報をわたすような真似はまずかったか、喋った後になって反省した。軍人として軽蔑に値するか。壁に掛かった王家の紋章をあしらったタペストリーがガタガタと列車が揺れる度に睨んでくるような気がした。


 恐る恐る将軍の顔を盗み見ると、かつてレーメラの狼と恐れられたシキル・ロノーム将軍は諦観したように和やかな眼差しを窓の外へ向けていた。


 会う前は、昔から狼の異名を持つ将軍だけに、年老いた恐ろしい人物だと思っていた。実際のロノームはまだ四十半ば程度の好男子だった。柔和な表情と、穏やかな口調に、些か出鼻を挫かれた。


 お互い黙ると、線路の響きが明瞭になった。


 ロノームは視線を車内に戻すと、


「この列車はカバタへ向かっているのかね」


「さようです。閣下」


「だから、閣下はよしてくれ。わたしはもう世捨て人だ。――本当は君の鞄の中に入っているその拳銃を奪取して自裁してもいいのだが。これはカバタへ向かっているのだろ?」


 涼しい顔をして恐ろしいことを言う。衒いやそういったものが感じられない。


「カバタ北駅に到着します」


「前から一度見てみたいと思ってたんだ」


 ぼんやりと窓の外を眺めたままロノームは呟いた。囚われの将とは思えない声で。旅に憧れるかのように。


「カバタへ行きたいのですか?」


「ああ」


「なぜです?」


「……なぜ?」少し口ごもり、「それは、色々だ。大ウスタル王国の都でもあるし、上水道が整備されているというし、ま、本音をいうと飛行船が見たい、というところかな。飛行船、見たことあるかい?」


「ええ。将軍のご期待を裏切るようなことはありますまい」


「空飛ぶホテルの異名を持つくらいだ。しかし、どうしてあれが飛ぶのかね?」


「……さぁ、詳しくは存じ上げませんが、なんでも、軽い気体がつまったエンベロープと、火薬で回るプロペラの力だとか」


「出来れば乗ってみたいものだが、まぁ、見られるだけでも幸運と言うべきかな。――だから地下牢は困るね」


 探せば野生の動物がうろついていそうな森林の間を、列車は一直線に走っていた。


 ロノームは相変わらず過ぎゆく景色を眺めている。


 トータツはそれを邪魔するようなことはしなかった。彼が再び見ることのない祖国の自然を、目の奥に焼き付けていると思えば。


 ロノームが突然顔を車内の方に戻した。


「……ところで、お名前をなんと仰ったかな?」


「トータツ・ウジサリであります、閣……」


「ひょっとして、エジヌ・ウジサリを知らないか?」


 幼い頃に殉死した父の名が出るとは思わなかった。


「エジヌは自分の父です」


 ロノームは手を打って感嘆の吐息を漏らした。しばらくの間、黙ってトータツを見つめていた。


「――父をご存じなのですか?」


「素晴らしい銃使いだ」ロノームは上着の裾をめくり、横っ腹を出した。「これを見たまえ。この銃創は君のお父さんにやられたものだ」


 現れた肌にはいくつか古傷があったが、そのうちの一つをロノームは指し、懐かしむように笑みをたたえ語った。


 ロノームがエジヌとの戦闘の経緯を一通り話し終えると、


「……でも」トータツが身を乗り出す。「どうしてそれが父だとわかったんですか?」


「それは、彼の銃が銀色だったからだ。銀色の拳銃使いの話は評判だったから。それに、あの腕前だ。エジヌに間違いない」


「ひょっとして、その拳銃はこれじゃないですか?」


 鞄から自分の愛銃でもある父の形見の拳銃を出して渡した。


 ロノームは世にも珍しい宝物を愛するように手にとってまじまじと見ていた。


 いくら弾倉を抜いたとはいえ、拳銃を渡すのはまずかったか。が、ロノームの無邪気な子どものような様子からは、彼がそれを汚すようなことはするまい。


 ロノームはゆっくりと銃を返した。


「……しかし、今や銃を片手に戦場を駆ける時代は終わったのかも知れない」

「と言いますと?」トータツは鞄に銃をしまう。


「武勇というものが希薄になるというか、今は死ぬのがバカらしくなる時代ではないかな。命をかけるのがバカらしくなる。どんなに優れた武勇を持っていても、機関銃の弾幕の前には飛び出す気が起きない。大砲は十把一絡げにそこにいるものを吹き飛ばす。そんな中で武勇を誇るのは難しい」


「では、どうなると仰るのです?」


「すべてがなくなるのではないか。どちらかのすべてが綺麗になくなるんだ」


「我々がしているようにお互いが理解し、話し合うようなことはないのですか?」


「ない。それは勝者の論理だ。負けた方は口が裂けてもそんなことは言えないね。君らがレーメラの反乱をなくしたいなら簡単なことだ。レーメラ人を一人残らず殺してしまえばいい」


 確かに勝者の論理だということはわかっていた。トータツは今現在、敵を捕らえて護送している最中なのである。だが、軍人の道義としてロノームの言葉を認めるわけにはいかない。


「それは違います。ウスタルはレーメラを滅ぼしたりはしません……。とにかく、裁判を受ける権利がある。ウスタルは文明国なんですから」


 やはり、勝者の論理であった。トータツは最後の方を消え入るように、一縷の望みにかけるかのように言った。


「ならば、その文明国とやらを楽しみにしているよ」


 ロノームは優しかった。そして、懐からなにかを取り出した。


「トータツ君。わたしは君が嫌いではない。だから、これを受け取ってはくれないか?」


 ロノームが手にし、渡してきたものは、女がなにかを抱くように腕を広げた親指ほどの立体彫刻であった。服の裾が広がっているので、平らな場所に置いたとき、自立するように出来ていた。


「……これは?」


「銀で出来ている。一日の食費くらいにしかならんがね」


 ずしりと年季の入ったそれは、柔らかい輝きを放っていた。


「大切なものではないんですか?」


「ああ。大切なものだ。――だから、こうして知り合った君に渡したのだ。ゴミのように処分されるのは我慢ならない」


 列車がカバタ北駅に到着したのは夜だった。


 ロノームは列車を降りて手錠をかけられる前に、トータツの肩を親しげに叩いた。


 ほこりっぽい、この街をそんな風に思ったのは初めてである。もちろん、そのほこりっぽさが心地よいのである。一週間にも満たぬ間だったが、戻ってきたという実感が湧いた。辻馬車を拾い、急いで帰れば寮の門限に間に合うかも知れない。だが、疲れているし、同窓は実習でいないとしても、てんやわんやと後輩とかに質問攻めされるのも煩わしい。経費もあまっていれば、駅前の安宿に一泊した。


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