第5話・裏(改)
「シズナ、あの男、どう見る?」
「あの男、とは……?」
私の問いかけに間髪入れずに答えた影。私の護衛役と言ってもいい少女だ。名をシズナ・ミカド。相変わらず流れるような黒髪が羨ましくてしょうがない。私も黒髪の方がいいのだが、そう言ったら「そんな綺麗な銀髪ですのに……」と怒られた事がある。
「私をいきなり愛称をつけて呼んだあの男、アキヒコじゃ」
「……底知れぬ強さを持つ男、かと。私では及ばないでしょう。お嬢様の事を知らないようでしたし、少なくともお嬢様に敵意は持っていないようでした。その点は今のところ安心できるか、と」
「セリーナ・ロックハートに匹敵するであろう貴女がそう言うとは、ね」
私は少なくとも、シズナはあのセリーナ・ロックハートに匹敵する強さを持っていると思っている。もっとも、今のセリーナ・ロックハートは少しおかしい。私の知る限り去年の夏からだ。いったい、何があったのだろうか?
「それにしても、シズナ、貴女本当に魔道士科に入って良かったの? 騎士科の方が貴女の実力を活かせるのだと思うんだけど」
「私の命はお嬢様に捧げると決めておりますので。……貴女に拾われた、あの時から」
はあ、この話をシズナがしだすと長い。まあ、魔道士としての素質がないわけじゃないから、何とも言えない。ただ、魔道士として成長を続けたとしても、私はおろか、あのレティにすら及ばないだろう。レティは今のところ魔道士としてのランクなどひよっこに近い。ミスカトニック騎士養成校魔道士科の新入生の中でも下の下といったところだろう。
だけど、内に眠る魔力、アレは侮れない。純粋な魔力だけならば、私より上、と言っても過言ではないだろう。良きライバルとなれればいいけど……。
ヴィクターとドナルべイン。あの二人はまあ、家の格など考えなければいい付き合いが出来るだろう。ヴィクターとは元々顔馴染み故、私とも対等な付き合いをしてくれるだろう、少なくとも学生時代は。問題はドナルべインだな。あの純朴そうな田舎少年は、私と対等な付き合いをしてくれるだろうか? 私の名字におそれをなしていなければいいのだが……。
騎士としての腕なら問題はあるまい。少なくともあの年齢では、な。
アリス・ダーレスにレティ・アッテンボローの主従。少なくとも主の方は私と対等の付き合いをしてくれそうだ。せっかくの学生生活、周りに壁がある状態で過ごすのはつまらないからな。レティは……、無理かな? 敬語が染みついていそうだ。
あのアリス・ダーレス。いったい何モノじゃ? はっきり言ってあの強さ、同年代では並ぶモノはほぼおるまい。学生時代のセリーナ・ロックハートに並ぶ、いや、学生時代の彼女をおそらく超えているだろう。今の少しおかしくなったセリーナ・ロックハートを軽く凌駕しておる。
そして、アキヒコ・カガミ。強さだけで言えば化け物だろう。シズナにフォークを突きつけた動き、シズナの動きに見慣れている私ですら見る事が出来なかった。喉元にナイフ突きつけられても動じていなかったしな。アリスにレティはアキヒコの動きを見ても特に動こうともしなかった、驚きもしなかったな。おそらく、アリスですら彼の強さには及んでおるまい。
まあいい、今日はもう寝よう。明日からの学生生活が楽しみだ。学生寮に入ったのも、普通の暮らしをしてみたかったが為。私の護衛はシズナ以外にも複数いるようだが、気にはしない。気にしていたら、楽しく学生生活送れそうにないからな。
シズナをベッドに誘って寝る事にした。彼女は私と同じベッドで寝る事など嫌がったが、ここは強権発動じゃ。彼女のサラサラな黒髪の感触を楽しみながら私は目を閉じた。
アキヒコにアリスにレティ。あの三人が揃ってミスカトニック騎士養成校に入学していたのにはたいして驚くことはない。レティが合格していたのには少し驚きだ。学問の面では心配していないが、魔道士としての素質みたいなものがそれほどあったとは思えないのだが……、まあ、入学した以上、一定のレベルよりは上、という事なのだろう。そうでなければ入学など出来はしない。このミスカトニック騎士養成校には、な。あの性格でやっていけるか、心配ではあるが。
そしてアリス。まあ、彼女の場合は入学基準は普通にクリアしているからな。特に気にすることはない。問題はどうやって付き合っていくか、だな。せっかく友人になれたというのに、教師と学生の関係というのは、結構難しいものだな。
それを考えたら私の方が問題だ。教職なんてついたことがないのに……。騎士団長め、恨んでやる。何がリハビリがてら、だ。あのフサフサ頭を何とか禿げあがらせてやりたいものだ。ま、無理だろうがな。……蜥蜴丸の力を借りる事が出来れば、やれるか? 変な事を考えるのはやめておこう。
アキヒコ。あいつまで入学するとは思えなかった気もするなあ。私との約束、覚えていてくれたのだろうか? 再会を喜んでいてはくれそうだった。だが、なんか覚えていなさそうなんだよな。……なんだか、オーガストさんに頼まれてアリスに変な虫がつかないか、虫よけとして一緒にミスカトニックに来たなんて事がありえそうだ。
それにしても、背が伸びたなあ、アキヒコ。去年の夏はまだ私の方が背が高かったのに、今ではほとんど同じくらいではないか。……うん、やっぱり自分より背の高い男の方がいいな。まだ成長期だし、もう少し背が伸びるだろう。
それにしてもなあ、あいつの学問が心配だ。あいつ、このティンダロス帝国の要職に誰が就いているかなんて知らない、いや、考えてすらいないのだろう。興味ない事にはとことん興味を示さないからな、あいつは。ヴァレンタインの事も何一つ知らなさそうだし、シャルロット・フォン・ティンダロスに関しても何も考えずに同級生だからタメ口でいいだろ、って考えてそうだしな。
仕方ないな、アキヒコの奴。私が学問をきっちり教えてやろう。うん、それがいい。それがあいつの為にもなるし。よし、明日からの授業をしっかり準備しよう。あいつには少しくらい厳しくあたってもいい。それで発奮してくれれば私の狙い通りだ。
あ……私、授業は剣術や模擬戦とかの担当じゃないか。しまった、教えてやれることが何もないぞ。ええい、授業のアシスタントをさせたり、集団戦闘のやり方を教え込もう。うん、そうしよう。あいつの強さでただ単に私の授業を学ぶだけなんて、もったいない。アキヒコと触れ合える時間も少しは持てるだろう。そうなると、アリスをどうしようか? 私がアキヒコに絡んでいると邪魔しそうだしなあ。昼食時もずっとアキヒコの腕を抓っていたし。アキヒコだけ私のアシスタントなんてもったいないし、女子生徒の指導をアキヒコにさせてアキヒコがモテたりしたら嫌だな。女子生徒の方はアリスの方が適任かなあ。アリスもなかなかの腕だからなあ。授業の間遊ばせておくなんてもったいない。そうだ、アリスにもアシスタントとか時々させよう。なんだ、簡単じゃないか。私がアキヒコと触れ合える時間が増えるかもしれないし、アリスに邪魔される可能性が少し減るじゃないか。なんて素晴らしいアイディアだ!!
何より、私が少し楽が出来そうだ。熱血先生なんて少なくとも私のガラじゃあない。
はあ、教師をやる以上贔屓は出来ないよなあ。面倒くさいなあ。ああ、学生時代に戻りたい。騎士団で頑張り続けた方が楽だったかな?
……明日は私が担当する授業はないな。うん、もう今日は寝よう。いい夢が見れそうだ。
「痛いです、アリスお嬢様」
「あ、ゴメン」
今、私は寮の自室でレティの髪を梳いてあげている。こうして時々艶のあるレティの黒髪を梳いてあげるのが私の楽しみの一つだ。
「レティは、どう? 魔道士科の方で楽しくやっていけそう?」
最初に声をかけたのがあのシャルロット・フォン・ティンダロスだなんて、うーん、我がメイドながら凄いというか、何というか。しかも、アキの予想通り、空いている席がなかったから隣に座っていいか声をかけただなんて。
「シャルロットさんは悪い人ではなさそうです。ただ、あの威圧感、何というか、逆らい辛いんですよね。それよりも問題はあの女性です。怖いです」
ああ、分かるなあ。アキが王者の風格があるなんて評したのに間違いはなさそうだよ。その例え方はどうかとも思ったけれども。そして、もう一人。あの女性、私も名前を聞きそびれたけど、かなりの剣の腕前。去年の夏までのセリーナさん……セリーナ先生とほぼ同じくらいと考えてもいいかなあ。いや、まだセリーナ先生の方がきっと上だ。そう言っておかないと、なんだか後で怒られそうな気がする。
「でも、セリーナさん、じゃなかった、セリーナ先生と再会出来たのは純粋に嬉しかったです」
レティの声で我に返る。そう、セリーナさんと再会出来たのだ。それは純粋に嬉しい。騎士として目指すべき存在だ、彼女は。ただ、せっかく友人になれたのに、教師と学生の関係にならないといけないとは。つい、セリーナさんって、呼んでしまいそうだ。
セリーナ先生、セリーナ先生、っと。
でも、彼女と再会出来たからと言って、喜んでばかりはいられない。アキめ、どうもあの女性に惹かれている感じがするんだよね。確かに、セリーナさ……じゃなかった、セリーナ先生、魅力的なんだよね。美人だし、スタイルもいいし、優しいし、強いし。もしかして、完璧超人? それでいて、なんだか守りたくなる危うさみたいなものを持っている、とは、アキ談。少し世間に疎いところもあるし。きっと、ミスカトニック騎士養成校とか、帝都騎士団とかで、甘やかされたんだろう。そうに違いない。
うーん、私が彼女に抗しうるのは、強さくらいしかないんだよね、今のところ。ああ、むしゃくしゃする。
「さっきから、力がこもり過ぎです、お嬢様。髪の毛が抜けてしまいます」
「ごめんなさい……」
レティの髪の毛に八つ当たりしてしまった……。自己嫌悪。
もういいや、気分を切り替えるために、今日はもう寝よう。レティを抱き枕にして。