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第4話

 入学式を迎えた。騎士科と魔道士科に分かれるので、魔道士科に通うレティとは、入学式後に別れた。アリスにベッタリな彼女としては、別れがたいものがあったようだが、流石に騎士科に編入するわけにもいかない。合同授業の時などに会おう、と言う話をしておいた。

 騎士科ではそこそこ入学者も多かったので、クラスが分けられるかと思ったけど、運よくアリスと同じクラスになれた。そこは幸運だと言っていいだろう。


「やあ、アキヒコじゃないか。良かった、一緒のクラスになれたようだ。いや、知り合いがいない環境は俺には辛い。助かったよ」


 そう声をかけてきたのはヴィクターだ。昨日も偶然寮の食堂で一緒に食事をとり、そこそこ話をした。その間に向こうはくだけてきたのか、一人称が「僕」から「俺」に変わっていた。もちろん、僕は僕のままだ。


「誰? アキの知り合い?」


「初めまして。ヴィクター・ヴァレンタインと言います。以後、クラスメイトとして、よろしくお願いします。ところで、貴女は?」


 なんだか、名前の聞き方が気にくわないな、でも、僕はポーカーフェイスを貫こう。もちろん、出来ている自信はないけどね。


「アリス・ダーレスよ。よろしく」


 二人は軽く握手をかわす。なんだか気にくわないけど、握手くらいで目くじら立てるモノではないさ、きっと。ちなみに、アリスが名乗ったダーレスは本名だ。オーガストさんはレムリア辺境領を現在治めているだけで、一代貴族だ。本人は気ままな騎士暮らしに戻りたいといつも愚痴をこぼしている。


「ところで、ヴァレンタインって、あのヴァレンタインかしら? 敬語を使わないと、ダメ?」


 アリスはヴィクターの名字について疑問点があるようだ。はて、なんかあったかな?


「いや、せっかくクラスメイトになれたんだ。俺の素性なんて関係ない。タメ口で頼むよ。そうじゃないと、学生生活、楽しくないだろ?」


 率先するかのようにタメ口になるヴィクター。なんてスムーズなんだ。僕ではこうはいかない。


「そう、それなら助かるわ。こちらこそ、アキともどもよろしくね」


 ヴィクターは、いったい何モノだ? 後でアリスに聞こう。彼女はどうやらヴィクターの素性に関して心当たりがあるようだ。僕は貴族の事なんて疎いからなあ。疎いと言うよりは、全く興味がないからこの国の貴族構成などまったく知らない。皇帝がいる、と言うのを知っているくらいだ。本当にダメだな、ちゃんと、授業で学ぼう。……そんな事、授業するかな?


 クラスの人間たちが各自挨拶をしているが、僕らはとりあえず空いている席に向かった。名簿順でどうこう、というやつではないらしい。まあ、向こうの世界でも学校に行ったわけでは分からないけど。

 窓際の席とその横、前後二列が空いていた。窓際にアリス、その隣に僕、アリスの前にヴィクターが座った。もう少しでクラスの担任になると思われる教師が入って来る頃だ。


「すまない、横いいかな?」


 そんな時間になってから教室に入ってきた少年が一人、ヴィクターに声をかけてきた。もう空いている席はなさそうだ。どうぞ、と答えたヴィクターに軽く会釈をしながら座る少年。

 ヴィクターが貴族的な洗練されたイケメンなら彼はかなり田舎者の雰囲気を漂わせる優しげな少年だった。うん、同じ田舎者としては、好感が持てるな。勝手に田舎者と決めつけていいのかは、分からないけどね。


「ああ、そうだ、自己紹介しとく。ルーク・ドナルべインって言うんだ。よろしく」


「ヴィクター・ヴァレンタイン。よろしく」


「げ? ヴァレンタインって、あのヴァレンタイン? もしかして、ヤバイ席座っちゃった?」


「いや、俺は俺さ。普通に接してもらうと助かる」


「そっか、なら、タメ口で行くわ。後ろの二人もよろしく!!」


 切り替えが早いな。しかし、ヴィクターっていったい何者なんだよ、物凄く気になるんですが。田舎者っぽいルークも知っているとは……。ただ単に、僕が無知なだけか。


「アリス・ダーレスよ。よろしくね」


「アキヒコ・カガミ。しかし、ルークなんてありふれた名前だな。だけど、名字はなんかカッコイイな。詩的な響きも感じる。僕はこれから君の事をドナルべインって名字のほうで呼ぶ事にするよ。よろしく」


「お、おお……。詩的? カッコイイ? ホントかよ、おい」


 戸惑うドナルべイン。もちろん、ドナルべインの何処に詩的な響きを感じるのか、僕にも分からない。何処だろうな? まあいい、もう引っ込みはつかない。これから彼の事はドナルべインと呼ぶ事にしよう。

 なんだか、ドナルべインと呼ばれたくはないのか、ドナルべインが僕に話しかけようとした時だ。教室のドアを開けて、一人の女性が入ってきた。


 年齢は二十歳前後だろうか? 教師としては若過ぎる気がするが……、僕とアリスは彼女に見覚えがあった。思わずアリスと顔を見合わせてしまった。彼女は彼女で僕とアリスを見つけて、「何でお前たちがここにいるんだ?」と言わんばかりに顔を少ししかめたような気がした。もっとも、すぐさまそんな表情は消したが。僕とアリスだけだろう、顔をしかめた理由に気付いたのは。

 スラリとした体躯に、なかなかのスタイル。腰のあたりまで伸びた銀髪。首のあたりで乱雑にではあるがくくっている為、無駄に広がってはいない。黒い瞳からのびる彼女の視線は、まるで人を射抜くような視線だが、不思議と威圧感みたいなものは感じない。一言で言えば、かなりの美人だ。

 少しの間見惚れていたからだろうか、アリスに腕を抓られた。痛い。


「あー、コホン。本来は、違う方が君たちの担任だったのだが、一週間ほど前に家庭の事情で故郷に帰ることになってな、代理で君たちの担任を任された。教師の職を任されたのは初めてでな、さらに担任なんて、まあ、アレだ。かなり不慣れなところがあるので、諸君らに迷惑をかける事の方が多いと思う。そこらへんは、他のベテランの教師の方にもカバーしてもらう事になると思う。あー、自己紹介、しておくな。セリーナ・ロックハートだ。何時まで担任できるか分からないが、よろしく」


 セリーナ・ロックハート。この国で騎士を目指す者の中でその名を知らない者はもしかしたら、いないかもしれない。それほどの有名人、らしい。ちなみに、僕は知らなかった。アリスに物凄く呆れられたな。

 このミスカトニック騎士養成校に特例で十三歳で入学、三年間校内の模擬戦では負け知らず。天才とか、神童とか呼ばれていた、と言う話である。騎士としても素晴らしい活躍をしていた。各地での盗賊狩りやら、モンスター退治の話は事欠かない。酷いのになると、とある辺境の村では、村を何度も荒らした盗賊に対して、村長が国にセリーナ・ロックハートの派遣を依頼した、と言っただけで盗賊どもがビビって村を荒らさなくなった、なんて法螺話もあるくらいである。


 そのセリーナ・ロックハートが教師としてこの騎士養成校にいる。学生の眼の色が変わるというモノだ。しかも、かなりの美人だ。男子生徒は嬉しいに違いない。僕もムサイおっさんたちに習うよりは、彼女のような美人に学びたいものだ。……、おかしい、先ほどから抓ってくる強さが増している。汗が出てたまらない。僕が何をやったというのだ?


「セリーナ・ロックハートって、マジか? しかし、彼女ほどの人材、騎士団がそう簡単に手放すとは思えねえ。同姓同名の別人ってワケじゃなさそうだが?」


「彼女は昨年の夏頃から騎士としての活躍は聞かなくなったが、こんなところで教師をやっていたのか……? 俺も聞いたことはないが……」


 前の席でドナルべインとヴィクターが話している。もちろん、彼女はセリーナ・ロックハートに間違いはない。確かに、騎士養成校で教師をやっているのは不思議だが……、後で聞いてみよう。


 初日だという事で、学生の点呼、簡単な注意事項や、授業の進め方などを聞いて、今日は解散となった。僕とアリスは、顔を見合わせてから、セリーナさんの後を追った。


「先生!!」


 とりあえず、どう声をかけていいか迷ったのだが、職員室に行く前に追いつくことが出来たので、そう声をかけてみた。

 物凄くビックリされた。セリーナさんは振り返ると同時に数メートル後ろに飛び退いた。右手には名簿など色々な物を持っていたが、全てを落として、無いはずの剣を構えてみせた。僕には彼女の構える剣が恐怖心で小刻みに揺れているのが見てとれた。もっとも、幻の剣だけど。


「……君たちか、驚かせないでくれ。あと、出来れば私の後ろに立つな。君たちクラスになると、どうにもダメだ」


 声をかけたのが僕たちだという事に気付いて恥ずかしくなったのか、構えを解くセリーナさん。落ちた名簿などは、アリスが拾っている。


「はい、先生」


「ああ、ありがとう。……まさか、君たちがここに入学していたとは知らなかったので、驚いたよ。しかも、私が担任を急遽務める事になったクラスにいるとはな」


「先生こそ、何で教師なんか、やっているんです? 左腕、まだ力が入らない、とか?」


 僕とアリスは揃って彼女の左腕に視線を落とした。もっとも、先ほど幻の刀を構えた際に左腕がしっかりと鞘を持っていたことには僕もアリスも気付いている。

 苦笑しながらも、セリーナさんは左腕をおさえた。


「左腕は、動くよ。もちろん、力も入る。ただ、どうにも戦えなくなった。戦おうとすると、恐怖心が私の体を支配するんだ。騎士団の団員ともまともに稽古も出来なくなってしまってね。暫くリハビリを兼ねてここで教師をやらせてもらうことにしたのさ」


 きっと、去年の夏の出来事のせいだな。それが、今でも尾をひいているという事、か?


「予想はおそらく当たっているよ、アキヒコ。あの茶色の蜥蜴のせいだな、きっと」


 茶色の蜥蜴……、蜥蜴丸の事か。まあ、心当たりがあるな。


「それにしても、そんな事を聞く為だけに私を追いかけてきたのか? まったく……、まあいい、以前の知り合いだからと言って、容赦はしないつもりだ。特にアキヒコ、君は……、勉強の方を、な」


 勉強は苦手です。お手柔らかにお願いします。もちろん、口には出さない。いや、出せない。


「勉強は、何とか。そうだ、例の茶色の蜥蜴もアーカムに店を構えていますよ。先生が恐怖心を克服したい、そうおっしゃるなら連れて行きます。もっとも、克服出来るかどうかは、先生次第ですよ」


 セリーナさんの顔に動揺が走る。恐怖心が己を支配しているというなら、騎士としての復活は難しいだろう。それを引き起こしたのは、おそらく蜥蜴丸だ。僕らも関わりがある以上、放ってはおけない。


「……そうだな、頼もうかな。私もこのままではダメだと思っているんだ。では、今度の土曜日、どうだ? 授業は半日だから、その後で」


 僕とアリスは顔を合わせて微笑みあった。


「「先生がそれでいいと言うなら」」


「相変わらず、息ピッタリだな。少し羨ましいぞ。まあいい、それじゃ、また明日な。授業には遅れるなよ」


「分かりました」


「先生、また明日!!」





 僕らがセリーナさんの後を追いかけたのを見たヴィクターとドナルべインが追いかけて来ていたのにはもちろん気付いていたが、彼らも僕らが知り合いだと気付いたようで、僕らの声が聞こえない距離にずっといた。

 気を利かせてくれたのだろうか?

 結局、学生食堂に連行されることになった。そこで色々聞かれる事になるだろう。うん、メンドクサイ。有名人と知り合いっていうのも、良し悪しなのかもしれないなあ。そんな事を考えた初日の午前中であった。


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