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青木クンのお母さんからの忠告。そして……

車に乗り込んだわたしは、さっきよりは心が落ち着いていて、青木クンのお母さんが車を発進させたと同時に、助手席で頭を下げた。

「すみません。わたし……青木クン以外に好きな子がいます」

「そう。それってつまり、沙都ちゃんが大人の振りして、買った検査薬に光輝は関係ないってこと?」

ハンドルを握り、前を向いたまま青木クンのお母さんがはっきりとした口調でそう訊ねて来た。

「はい。青木クンは関係ないです。わたしと、その彼の問題です」

「ごめんなさいね。光輝にとっては、かなりショックなことだと思うけど、母親のわたしからすれば、それを聞いて、正直言って、ホッとしたわ」

「本当に……ごめんなさい。わたし、バカで、物事をはっきり言え無くて……自分の心を誤魔化して、青木クンと付き合っていました。本当にごめんなさい」

そう言いながら、頭を何度も下げた。

「沙都ちゃんが、毎日光輝に会いに来てくれるのは、自分を庇った光輝に対しての償いじゃないかって思ってたから、そこまで謝らなくていいのよ。でも、やはり、光輝と、その彼とのことははっきりさせて上げてね」

「彼が、青木クンに話すって言ってくれました。青木クンは……何も悪くないのに……本当にごめんなさい。青木クンを傷付けたくなくて、おどおどしていたわたしが悪いんです」

「その彼って、年上?」

信号待ちの際にこちらを向いてそう質問してきた。

「いえ。同い年の幼なじみです」

「そう……同い年なの」

青木クンのお母さんは、相手が自分の息子と同じ年だと聞いて、人ごとには思えなかったのだろう。固唾を飲んで、哀れむような視線を向けて来た。

それから、家に着くまで、青木クンのお母さんは何も訊ねて来なかった。

家に着く頃には、雨がやんでいて、晴れ間が見えて来ていた。さっきの土砂降りが嘘のようだった。

車から降りたわたしに

「沙都ちゃん。検査薬の結果次第だけど、自分の両親にも彼の両親にも嘘は付かずに、ちゃんと話合うのよ。今のわたしからはこれくらいしか言えないけど、あなたたちはこれから何だからね。気を強く持たなきゃダメよ」



『気を強く持たなきゃダメ』

その言葉が心にズシリと響いた。

玄関を開けると鍵が閉まったままで、ママはまだ家に帰って来ていなかった。

隣のガレージには涼の自転車も置いていなかった。

家に入り、玄関の時計を見ると、一時を回ったところだった。

そのまま、二階へと上がり、自分の部屋に入り、カバンの中から、検査薬を取り出した。

箱を見ると、ドラッグストアでは慌てていたので、表に書かれていた文字に初めて気が付いた。

『99%』

陽性が出れば、99%の確立で、妊娠していると言う意味合いのことだった。

『99%』

その数字にゴクリと唾を飲み込んだ。

陽性が出るとほぼ、確実に妊娠しているんだ。

『気を強く持たなきゃダメ』

青木クンのお母さんの言葉がさっき以上に心に響いた。

こんなギリギリの状態じゃないと、青木クンに自分の気持ちさえ言えなかった弱い自分がいた。傷付けないようにと、思ってしていたことが、結果的に、この上なく傷付ける状態になっている、どうしようもなく弱い自分がいる。

青木クンのお母さんに全てを話したことで、少しだけ気は楽になったが、今度は、検査薬の結果が陽性なら、わたしは涼にありのままを伝えることが出来るだろうか?

涼の未来を引き換えにしてしまうかも知れない事態を、わたしは話すことが出来るだろうか?

検査薬を持つ手が震え出した。

こんな思いをすることになるとは、あの時は何も考えられなかった。

今まで、兄妹のように接して来た涼への特別な思いに気付いて、ただ、夢中で涼にしがみ付いていた。こんなに幸せなひと時があるんだと、何度も思い返しては、そうなれたことが嬉しかった。いたずらに遊び半分とか好奇心とかそんなもんじゃなかった。涼のわたしへの思いも真剣だったはず。そんなわたしと涼の間で出来たかも知れない小さな命。

『あなたたちはこれからなんだから』

わたしの未来と涼の未来。

その未来を優先させるのなら、結果が陽性だとすれば、犠牲と引きかえの上で開かれる未来と化すんだ。

その価値がわたしの未来にあるんだろうか?

涼とは違い、何かに打ち込むこともせずに、平平凡凡と今まで生きて来たわたしの未来にその大事な小さな命を引きかえにする価値があるのだろうか?

不公平な気がした。

涼への愛の証。涼からの愛の証。

これほど、尊いものはないように思えた。

手にしていた検査薬を床に落とした。

『気を強く持たなきゃダメ』

わたしは……

強くない。

心の中はまだまだ子供で、ママやパパがいないと何もできない子供だ。

気を強くなんか持てない。

この検査結果の先を思うと……

何も考えたくなかった。

何も考えたくない……

そして、プツリと自分の中で何かが切れる音がした。

涙さえでない自分の頭の中で、大事な何かが切れる音がした。

ベッドの上に脱ぎ捨ててあった涼から貰ったユニフォームとショートパンツを手に持ち、ボンヤリとした思考のまま、部屋を出た。

一階に向かい、浴室へと入った。

シャワーを浴びて、化粧を落とし、身体を洗った。そして、ユニフォームに腕を通した。

このユニフォームを着てグラウンドを走り回っていた涼の姿を思いだした。頭に浮かんで来たのは楽しかった中学時代だった。

まだ、涼への思いに気付いて無かった、中学時代。

この時点のわたしは、ただ、それだけしかなかった。もう、現実を見たく無くて、何も考えられなくて、ただ、楽しかった中学時代を思い出していた。

グラウンドで走り回る、少し自慢でもあった幼なじみの涼。

小作りな顔と愛橋のある笑顔で、いつのまにか目立つ存在になっていた涼が自慢だった。

下級生に人気のあった涼を、自分の思うままにしていたわたしは、かなり反感を買っていたようだった。毒舌を吐きながらもわたしの言うことなら何でも聞いてくれた涼に甘えていた。そんな中学時代の楽しかったことばかりが頭に浮かんでいた。

目を閉じれば、中学生の涼の姿が輝きながら浮かび上がって来た。

中学校に行ってみよう。

なぜか、中学校に行けば楽しいことが待っているような気がして、気が付けば、家の玄関を出ていた。空を見上げると、涼との思い出が詰まった中学校の屋上が眼に入って来た。

自宅から、たった三百メートルほどの中学校の屋上が、さっき降ってやんだばかりの雨に濡れて、日が差し煌めいていた。

白い雲が凄い早さで流れて行く。

そして、その場所に、惹きつけられるように歩き出していた。

あの場所へ……

ボンヤリとしたまま、中学校の校門をくぐり、足を一歩踏み入れると、足の裏がヒンヤリした。足元を見ると、クロックスを片方しか履いて無かった。

雨に濡れてぬかるんでいた土が足にへばり付いて来た。

どうでもいいことのように思えた。

足が汚れようが、もう、こんなことはどうでもいいことだ。


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