涼には言えない
涼……今頃は、もうすでに練習が始まっているかな?
履歴を開いて、涼への携帯番号を呼び出しながら思考を巡らせた。
涼……
妊娠していたら……
わたしたち、どうなるの?
通話ボタンに指を置いたまま、押せずにいた。
そうなれば、堕胎するしか方法がない。
まだ、高校生の二人に育てられるはずがない。
涼とわたしの子供?
椅子に腰かけたまま、もう一度下腹に手を置いた。
涼が知ったら……
優しい涼が知ったら……
絶対に産めと言うだろう。
誰に対しても優しい子だから、わたしと自分の子供となると、高校を辞めて、どんなに苦しくても働いて育てると言い出すだろう。
何に対しても責任感の強い涼ならきっとそう言う。
そうなったら、折角今まで頑張って来たサッカーさえも出来なくなる。
そんなこと……そんなことさせられない。
もう一度パソコンの画面に目をやり、同じことを繰り返した。
その中で、妊娠検査薬というものに眼が止まった。
薬局で簡単に手に入るものだと書いてあった。
調べればいいんだ。
涼に言う前に、自分で、調べればいいんだ。
調べて、何も無ければそれでいいことだ。
涼に心配をかけずに済む。
パソコンを閉じて、席を立った。
もう一度部屋に戻り、クローゼットの扉を勢いよく開いた。
薬局で買うには、物が物だけに、高校生に見られない方がいい。
出来るだけ大人びた服を着て行こう。
ネイビー色のシンプルなワンピースを選んで取り出した。
髪もアップに纏めて、メイクもいつもよりは出来るだけ濃くしよう。
腫れぼったくなった瞼に、アイジャドーを出来るだけ濃く入れる。
普段、付けることのない付け睫毛をつけて、何度もマスカラを塗った。
口紅にグロスを重ねて、鏡の中の自分を見入る。
それでも、高校生が頑張って厚化粧しましたと、書いてあるようにしか見えない。
平然としていればいいんだ。
何事にも動揺せずに、ただ、平然とレジで精算すればいいだけ。
財布の中身を確認して、カバンに入れ、自分の部屋を出た。
玄関では、出来るだけヒールの高いサンダルを選んで、足を入れた。
シックな色のワンピースに派手目の化粧にヒールの高いサンダル。
玄関の壁に張り付けてある姿見の前でクルリと一回転した。
鏡に映った姿は、自分では無い気がした。
その代り、余裕の無い顔をした、二コリとも笑えない自分がいた。