まさか……
翌朝、外から聞こえる涼の自転車の音で目が覚めた。
飛び起きて、窓を開けると、涼が自転車に跨ったままこっちを見ていた。
「涼!おはよう。 夕べはありがとうね」
「おう。お前、よく、寝てたな。鼾かいてたぞ」
「えっ?嘘?」
驚いてそう叫ぶと、涼が意地悪くニヤリと笑った。
「もう……嘘つかないでよ」
「よく寝てたことは本当だし。まあ、行って来る。今日は、多分、四時位に部活終わる予定だから、その後、青木のとこへ、一緒に行こう。じゃあ、行って来る」
そう言って一度手を上げた。
「うん。分かった。行ってらっしゃい」
涼を見送ってから、下におりリビングに向かうと、パートに出かけようとしていたママが
「沙都、朝食はちゃんと食べなさいよ。今日は一日ゴロゴロしていていいから、身体を休めなさい」
「うん。分かった」
そう言って時計を見ると、八時半を指していた。
スーパーのレジ係りをしているママが、忙しそうに髪を一つに纏めながら
「そういや沙都。あんた、今月生理も遅れてるわね」
「え?」
髪を纏め上げたママが驚いたわたしの顔を見て
「まさかと思うけど、生理が遅れるようなことしてないわよね。青木クンと」
「そ……そんなことするわけないでしょ。それに青木クン、病院にいるんだよ」
「ハハハ。冗談よ。冗談。沙都に限ってそんなことするわけないとは思うけど、一応は忠告ね」
「何それ……」
笑い飛ばしたわたしに安心したママが、あたふたとパートへ出かけて行った。
ママが出かけた後、朝食も食べないで、二階にある自分の部屋へと駆けあがった。
机の上に置いてある卓上式のカレンダーを手に取り、前々月の六月のカレンダーを取り出した。二十五日に花丸が付いていた。
今日は八月七日……
生理が二週間も遅れている。
机の引き出しからボールペンを取り出し、カレンダーにチェックを入れながら日数を数えた。何度数えても結果は同じなのに、そうするしか無くて、それから三度ほどチェックを入れた。実態は変わらない。
普段、遅れがちだったけど、こんなに遅れたのは初めてだ。
前より肉付きが落ちた下腹を押さえた。
最悪の事態を払拭するように首を振った。そんなこと、あるはずがない。まさか妊娠だなんてあるはずがない。ただ、いつものように遅れているだけ。
青木クンの病院へ暑い中を通っていたから、体調が可笑しくなっただけだ。
妊娠なんて、あるはずがない。たった……たった一回切りで、そんなことあるはずがないじゃない。そう思うと、いてもたっても居られず、この飛んでもない事態を否定したくて、頭の中をフル回転させた。
どうしよう……
ネット……
ネットで調べてみよう。
部屋から飛び出し、パソコンが置いてあるリビングに向かって、階段を駆け下りた。
リビング脇に置いてあるノートパソコンをすぐさま立ち上げた。
イライラするほど、立ち上がるのに時間が掛る。
映り変わる画面を睨んでいた。
立ち上がると同時に、『妊娠』と検索してみた。
たくさんの関連記事が出て来た。
その中の一つを選んで、内容を見ると、学校の授業で習ったようなことがばかりが書かれている。
こんなことはどうでもいい。
だから……自分が妊娠していないと言う理由づけが欲しい。
どれだけ調べても、自分では分からないことばかりだった。
結局、避妊したかしなかったか?
それが分からなければ、先へ進めない。
あの時は必死で、恥ずかしくて、何が何だか分からない状態だった。
ボウッとしていて、細かな記憶がない。
これは涼しか分からないことだ。あの時、涼だって必死で、無我夢中だったはず。
避妊していない確率のほうが高い気がする。
どうしよう……
文字ばかりが書かれた画面を食い入るように見ていた。
情報が入り混じっていて、どれも一概には言えないものばかりだった。
たった一度で、子供が出来たケースもあれば、何年も寄り添った夫婦でも、子供が出来ないケースもあった。人それぞれであって、妊娠を回避するには結局は、避妊するしかないとしか書いいない。
結果だけを捉えると、避妊せずに生理が遅れているという事実だけが浮かび上がる。つまり、妊娠した可能性がかなり高いと言うこと。
確信はもてないが、かなり高いということだ。
どうしよう……
何も分からない。
ただ、涼が好きで、涼もわたしを好きでいてくれて、それで抱き合っただけ。
涼が愛しくて、仕方がなかった。
愛し合っただけなのに……
ただ、それだけなのに……
結果が妊娠……
こんなことってない。
こんなことってないよ。
どうすればいいの?
涼に……相談するしかない。
パソコンデスクの上に置いてあった携帯を手に取った。