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突然の訪問

 クルリと向けた涼の広い背中が何時までも眼に焼き付いていた。

 もう、何年も見続けていた涼なのに、ただ、それが今は宝物のように感じるほど、愛しいものだった。

 青木クンの傍にいればいるほど涼への思いが強くなって行く気がした。

 青木クンから受けたキスで、身に纏っていた何かが剥がれ落ちて、思わず涼に縋りたくなっている。

 そんなわたしに背中を向けた涼。

 なんの強さもない自分。

 何も変わっていない自分に……嫌気が差した。

 日が落ちて、薄暗くなった部屋で、ベッドに横たわり、灯りも点けずにボンヤリと色が変わって行く窓を見ていた。

 下でママが夕食の用意をしているのか、煮物の匂いがしてきた。

 今までなら、お腹が鳴るシチュエーションなのに、最近は食欲が無くなっていたのでその匂いは、逆に胸が悪くなった。


 折角作ってくれたママに悪い気がしたが、夕飯も喉を通らなかった。

 そんなわたしの額にママが手を当てて

「食欲無いわね。風邪でも引いた?」

「ううん。最近、水分ばかり摂るからかな。お腹の中が膨らんじゃっているみたい」

「食べないわりに、ちょっと、無理をし過ぎなんじゃないの?」

 わたしの前髪を直しながらママが心配気な目をする。

「無理なんか、してないんだけど」

「明日は、病院休んだら? 沙都が身体を壊しちゃ、何にもならないじゃない」

 ママの言う通りだ。

 土曜も日曜も関係なしに通っていたのだから、少し休んだ方がいいかも知れない。

 キスされて、動揺しているのも確かだ。

「うん。そうする。明日は、ちょっと休むよ」

それだけ言って、席を立った。

 そのまま、浴室に向かい、お風呂に入り、この前からパジャマ代わりにしている涼から貰ったサッカーユニフォームに着替えた。

 ママはあまり深い意味に捉えていないらしく、これを着て寝るわたしを笑い飛ばした。

 今のわたしの唯一の精神安定剤と言えば、大げさかも知れないが、その役割は十分果たしてくれている。

 浴室から出ると、パパとママが町内会の集まりに出かけるところだった。

 見たいテレビ番組も見当たらず、一度ソファに座ってみたが、自分の部屋で眠ることにした。

 ベッドで横になったまま、携帯を取り出して、液晶画面を見つめていた。

 青木クンの病院内では携帯電話は使用禁止なので明日の連絡が出来ない。

 無断欠席になるけど、仕方が無いか……

 涼と真菜のことが気になった。

 真菜にメールでもして聞いてみようか?

 真菜からのメールを呼び出し、返信しようとしたが、やはり、聞く勇気が無くて、携帯を閉じた。

 すると

 コンコン

 誰かがドアをノックした。

「沙都……俺」

 涼の声だった。

 その声に驚いてベッドから飛び起きた。




「涼?」

「沙都……俺の部屋に来るなって言っときながら、ここに来てしまってごめん」

 その声に弾かれたようにドアノブに飛びつき、ドアを開いた。

「涼!」

 ドアを開くなり、眼の前に立っていた涼にしがみ付いた。

 その勢いに負けて涼が少し後によろめいた。

「沙都……危ないだろ?」

「だって……だってまさか涼がここに来てくれるなんて思わなかったから」

 涼のTシャツにしがみ付いていたわたしに少しだけ戸惑った涼だったが、背中に腕を回して来て抱きしめてくれた。

「涼……」

 涼のTシャツを両手で握りしめて、涙でいっぱいの眼を押し当てた。

「さっき、沙都んちの親が俺のとこに親父たちを誘いに来て……そのついでに沙都の体調が悪いって聞いたから」

「涼……」

「お前……さっき俺を見て泣き出してたし、心配してたから、いてもたってもいられなくなってさ。青木と……何かあったのか?」

ドアの前の壁に涼の身体を押し付けたまま、声にならない返事をした。

「うん。うん……」

頷いたわたしの背中を宥めるように何度も撫でてくれた。

「あ……青木クンに……キスされた」

その言葉に涼がゴクリと唾を飲み込み、背中を撫でていた手が止まった。

「沙都……お前、健気だもんな。毎日、病院に通って……そんなことされると、男なら誰でも嬉しくて……キスしたくなるよな」

「青木クンのこと……嫌いじゃないの。嫌いじゃないのに……キスされてる時、涼のこと考えてた」

わたしの、その言葉に拍車が掛ったように、涼の腕に力が入り、逆に開け放たれた部屋の中へと身体を押し込んで来た。


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