新しい入院先へ
青木クンも青木クンのお母さんもわたしに気を使ってくれて、とても優しい人達だった。
わたしが、緊張しているせいもあるが、それを敏感に読み取って、出来るだけ気負いしないように穏やかな空気を作ってくれる。
それは、作られた空気でも、今のわたしにとってはとても嬉しかった。
「じゃあ、行きましょうか」
幾つかに纏められた荷物入りの紙袋を一つ持って
「これ、持ちます」
「高井さんが来てくれて良かったわ。荷物を取りに二回もここに通わなきゃいけなかったけど、一度ですんだわ」
そして、青木クンのお母さんの運転する車に乗り込み、総合病院を後にした。
青木クンの新しい病院は、個人経営の病院でわたしの家から七キロほど離れた場所にあった。国道沿いに建っていて、頑張れば、家からは自転車で来れる距離。
毎日通うには、総合病院よりバス代が掛らない分、財布の中身には有り難い。
個人病院に引っ越しがすんだ後、少しだけ青木クンとお喋りをした。
監督の励ましがあったせいか、昨日よりは断然元気になっていたが、それでも、今後のリハビリ兼筋肉トレーニングなどのメニューを地道にこなして行けるか不安だと言っていた。
今まで、広いグラウンドの中で練習してきたせいか、狭い空間でジッとしていることが苦痛で、気ばかり焦ってしまうとも言っていた。
そんな青木クンに、気の利いた言葉が見つからずにいるわたしがいて
「きっと、野球が出来るようになるよ。わたしに出来ることがあるなら何でも言って欲しい」
ただ、励ますようなことしか言えなかった。
翌朝、夏休みなのに早起きした。
パパの弁当を作っているママの横に立って手伝いを始めた。
「あら? 沙都。珍しいわね」
「うん。わたしもお弁当作って。手伝うから」
「まあ。沙都が料理なんて、真夏に雪が降るんじゃない?」
ママが笑いながらそう茶化して来た。
「料理くらい覚えようかなって思って」
ママが大きな眼を見開いて
「ふーん。やっぱ、彼が出来ると違うのね。沙都もやっぱり女の子だったんだね」
ホウレンソウのお浸しを刻みながら笑い出した。
ママには青木クンと言う彼氏が出来たことと、わたしを庇って怪我をして入院していることは言ってあった。
そう打ち明けた時のママの最初の一言は
『涼君にすればいいのに』
だった。
その言葉はズシリと胸に刺さったが、大げさに笑い飛ばした。
『涼が彼氏なんて考えられないよ』
『ふーん。毎日一緒だとそんなもんなのかな?』
まるで、友達に言っているみたいにママがわたしを冷やかした。
本当は今のわたしの中の涼は彼氏以上の存在だ。
そのことだけははっきりと自分の心の中に位置づけしてある。
「そんなんじゃないけど……今日から毎日病院へ通おうかなって思って」
「面倒くさがりの沙都がねえ。うん。やっぱ愛の力だね。じゃあ、卵焼きの準備お願いね」
変に納得したママの命令通り、冷蔵庫から卵を二つ取り出した。
生まれて初めて作った弁当。初めて焼いた卵焼きは火がきつ過ぎたみたいで、焦げてしまった。ママは笑いながら、わたしの失敗作をパパの弁当にも詰めていた。
わたしが料理をすると、パパに被害が及ぶことを学んだ
保冷剤を入れたカバンにお弁当を入れて、自転車の籠に入れ、勢いよく走り出した。
七キロの自転車の旅。最近こんな長い距離を乗ることが無かったので途中、バテ気味だった。夏の日差しが眩しいし暑い。病院へ着く頃には汗でぐっしょりになりそう。
タオルが何枚か必要だ。
そんなことを色々考えながら、やっとの思いで病院に着いた。
中はエアコンが利いてて、汗がヒンヤリしてきた。
病室に入ると、青木クンがベッドの上で起き上がっていた。
「沙都ちゃん……もしかして、自転車できた?」
わたしの火照った顔を見てそう思ったらしく、青木クンが心配気にそう声を掛けて来た。
「うん。バテそうだった。結構きつい」
「あの、無理しなくていいよ。俺、大丈夫だから」
「うん。無理はしないから。大丈夫。ちょっと、ダイエットになるかな?」
そう言って笑い飛ばした。