涼の言葉
「そんなの……涼は涼で、わたしはわたしじゃない!」
「もう、沙都はただの幼なじみなんかじゃないんだ」
「そんなの嫌だよ。涼……そんなの嫌だよ。涼が傍にいないと……わたし、嫌だよ」
ドアを叩きながらズルズルと力なく座り込んだ。
「俺だって……沙都を諦めんの嫌だよ。けど、こうなっちまった以上はお前、青木を振り切れないだろ? 振り切れるか?」
涼の問いに即答出来ない自分がいた。
「青木……俺と一緒でスポーツ特待生だって知ってるか? 授業料とかも免除されてるらしいけど、それも危うくなるんじゃないかって、噂しているヤツもいたんだ。俺、それ聞いて……人ごとじゃなくてさ。今の青木の気持ちも……なんか……分かるんだよ。スゲー落ち込んでいるんだろうなって。そんな状態の青木をお前、突き離して俺のとこに来れるのか?」
涼と同じ立場の青木クン。
二人、同じようにそれぞれ野球とサッカーを頑張って来た者同士。
『青木の気持ちも分かる』
そう言った涼の言葉を復唱して眼をゆっくりと閉じた。
余裕のない青木クンの表情を思い浮かべた。
わたしは……あんな状態の青木クンを振り切れない。
「野球もサッカーも運動クラブの中じゃ、花形でさ。色んなとこから注目浴びて、スゲープレッシャー掛ってるのも分かるんだ……そこんとこは、沙都より、俺の方が青木の気持ちはよく分かるつもりだよ。それに沙都はへんなとこで責任感が強いってとこも、色んなこと考え過ぎて、欲しいものを欲しいって言えないことも……俺が一番よく知ってる」
「涼……わたし、欲張りかな? 青木クンの彼女になっても、涼の傍に居たいって思うわたしは、欲張りかな?」
両手で顔を覆いながら、泣き崩れた。
「男と女は違うんだよ。お前は青木の彼女なんだから……もう、この部屋には来るな」
「涼……」
「青木の……傍にいてやれよ!」
ドン!!
涼が部屋の中の壁を叩いた。
やり切れない怒りをぶつけた音が響いた。
涼がぶつけた怒りのその音に、フッと肩の力が抜けた。
体中に入っていた力が、ダラリと抜けて、冷たく閉ざされたドアを見つめた。
『青木の傍にいてやれよ』
本意じゃない、そう言うしかない涼のこの言葉が……
胸の中にズシリと圧し掛かった。
その言葉だけが耳の奥に響いて来て、カラカラに乾いた口からは、何も言い出せなかった。
あれだけ溢れていた涙も止まった。
ボンヤリとした思考のまま、ゆっくり立ち上がって涼の部屋を後にした。
薄暗い部屋の中で、灯りも点けずに窓を見ていた。
涼の泣いている姿が見えているわけでもないのに、楽に想像出来て、ただ、閉ざされた窓を見ていた。
小さい頃から、どちらかが泣くと、お互いを慰め合っていた。
いたずらして叱られて泣いている涼を『そりゃあ、涼が悪いよ』と責めながら慰めていた。
女友達とケンカしてわたしが泣いた時は、『沙都も悪い』と笑いながら慰めてくれた。
そんな風に、慰め合うこともできなくなると思うと寂しくて、どうしようもなくなった。
青木クンの気持ちが分かるから……
わたしを突き離すことしかしなかった涼。
涼は昔からわたしなんかより何倍も優しい子だった。
相手を思い過ぎて、勝負ごとに向かない性格だって、達樹にいつも言われていた。
そんな優しい涼を傷つけた。
『青木の傍にいてやれ』
そう言うしかなかった涼の気持ちが痛いほど分かる。
わたしは……
青木クンの傍にいよう。
青木クンの助けになるように……傍にいよう。
そうすることが、涼の優しい気持ちに答えることが出来るんだと……
そう、自分に言い聞かせた。