涼の部屋へ
蒸し暑い部屋の中で、ベットリ寝汗をかいた状態で眼が覚めた。
白い天井が歪んで見える。昨日から泣いてばかりいるせいか、瞼がヤケに重い。
もう一度眼を閉じて、睫毛に滲んでいる乾きかけの涙を手の甲で拭った。
瞼と同じように重い身体を起こし、汗ばんだ腕を伸ばして、枕元の目覚まし時計を見ると三時を回ったところだった。
結局学校へは、何も連絡せずに無断で休んでしまった。
ベッドから起き上がって、机の上のカバンから携帯を取り出した。
病院に入るなり、電源を切っていた携帯には、たくさんのメールや着信ありの表示が出ていた。履歴を見ると、涼からのものほとんどだった。
一緒に登校したにも関わらず、居なくなったわたしを必死で捜そうとしたらしい。
達樹から話を聞いていると思うので、青木クンの病院へ向かったと想像は出来ただろうけど、それでも電話や『今、どこ?』と書かれたメールが何着も入っていた。
嘘がばれて怒っているだろうか?
怒っているなら、涼はメールさえして来ないはず。
ただ、わたしが心配で仕方がなかったんだろう。
メールも着信履歴も昼休みを終えた時間が途絶えていた。
一時を最後に、涼からの履歴は無かった。
返事を寄越さないわたしにキレたように思えた。
電話やメールじゃなくて、直接涼に会って話がしたかった。
かと言って、青木クンの噂話に持ち切りであろう学校へは行く気がしなかった。
『厄病神』
マネージャーの言葉の通り、そう思われて当然で、数奇な視線を浴びせられるのは眼に見えている。
涼に会いたい……
別れを言い出さなきゃいけないのに……
涼が怒りだすかも知れないのに……
ただ、涼に会いたかった。
青木クンと付き合って行こうと決めたにも関わらず、涼に甘えようとしている自分がいた。
それは、虫の良過ぎる話だと分かっているけど、涼の傍に居たかった。
今まで、どんな辛い時も涼がいたから乗り切れて来たから。
ただ、涼に会いたい。
閉め切っていた窓を開けて、ここから見える涼の部屋の窓を見つめた。
誰もいない涼に家を暫くボンヤリと見つめていた。
そして、携帯を握りしめたまま、もう一度ベッドに倒れ込み、熱く腫れぼったく感じる瞼を閉じた。
キィー
キィーキッ
開け放たれた窓の外から聞こえた自転車のブレーキの音。
ビクリとして眼が覚めて、ベッドから飛び起きた。
部屋の中はオレンジ色の西日に包まれていて、急いで窓に駆け寄り、外を見ると涼がガレージに自転車を入れているところだった。
涼が学校から帰って来た。
いつもより早い時間の帰宅だった。
自転車を置いてから、チラリとこちらに眼を向けて来た。わたしに気付いた涼は、二コリともせずに、そのまま眼を逸らして玄関へと向かった。
かなり、怒っているようだった。
涼が家の中へと入ったのを見届けると、わたしは直ぐに部屋を飛び出した。
いつものように、勝手に涼の家の玄関を開けて、二階にある涼の部屋へと階段を駆け上がった。
一回、涼の部屋のドアの前で大きく息を吸った。
「涼……いる?」
返事がなかった。
ドアをコンコンと叩いてから
「涼? いないの?」
ドアノブに手を掛けて、捻り開けようとすると
「入ってくんな!」
ドアノブを持ったまま、その怒鳴り声に弾かれて、そのまま立ちつくした。
「涼? ごめん……電話くれてたのに、ごめん。青木クンの事故のこと聞いた?」
「聞いた。青木、お前を庇って事故ったって、みんな噂してたよ。隣のクラスの野球部のマネージャーは一日中ずっと泣いてたって言ってた」
「……」
「達樹に聞いたけど、沙都、お前……本当は青木に別れようって言ってないんだろ?」
「ごめん……涼、嘘付いてごめん。昨日は、どうしていいか分かんなくて、涼に嘘付いた。だから、ちゃんと話すから中に入っていい?」
「お前……今日は青木の病院に行ったんだろ? 青木はお前を庇って怪我して、それで……どうするつもりだよ」
「涼……」
「お前なら、そんな青木を放っておけないだろ?」
「涼……」
「分かってるよ。沙都がどんな性格か、俺が一番分かってるよ!」
「涼……」
「青木とこのまま付き合うんだろ?」
「涼……」
「だから……もう、この部屋には入ってくんな!」
突き離すような涼の言葉。
それと同時に、少しだけ開いていたドアが押し戻され、中から鍵をかけられた。
涙がワッと溢れてきた。
ドアをドンドン叩いきながら
「涼……開けて。そんなの嫌だよ。青木クンとは、涼が言ったように付き合って行こうと思ってる。でも、涼にこんな風に突き離されるの嫌だよ」
「沙都、お前、青木と付き合っても、今まで通り俺の部屋に出入りするつもり?」
「うん。だって……涼は幼なじみだし、兄妹みたいなもんだし……ずっと一緒だったじゃない。学校から帰って家に誰もいなくても、涼がいたから寂しくなかったんだよ。このまま突き離されるの嫌だよ」
「沙都とは……もう、無理だよ。俺ら、一線越えちまったし、この部屋に入ると俺はお前に何するか分かんないぞ。沙都は俺にとってはもう、女なんだ。幼なじみでも、兄妹でもない。もう、女なんだ! だから……二度とこの部屋に入るな!」




