青木クンの病室で
部屋の前をマネージャーが啜り泣きながら通り過ぎた。
そのマネージャーの走り去る靴音がヤケに耳に響いて来て、胸が苦しくなった。
青木クンを思うがあまりのマネージャーの言葉。
その言葉に彼が声を荒げた。
青木クンはわたしを庇ってくれていた。そのせいで、彼女をも傷つけた。
原因はわたし。青木クンが怪我をして試合に出られなくなったのも、全て……わたしのせいだ。
そう自分を追いつめると、胸がムカムカして、喉の奥から嗚咽が出て来た。
全て、わたしの軽い返事からこうなったんだ。
わたしがみんなの日常を狂わせた。
胸を押さえたまま、青木クンの病室へと視線を向けた。シーンと閉ざされた病室の中で、青木クンはどのような思いでいるのだろう。
眼を瞑って、青木クンを涼に置き代えて見た。
小学生の頃がずっと頑張って来たサッカー。
中学、高校と続けて来て、授業前の朝連にだって、サボらず真面目に参加して頑張っている涼。
もし、誰かのせいで、涼が試合に出られなくなれば、今のわたしなら、あのマネージャーと同じように相手に怒りをぶつけるかもしれない。
ずっと頑張っている涼を見て来たから、マネージャーの気持ちは痛いほど分かる。
青木クンの思いとマネージャーの思いを想像するだけで申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
謝らなきゃ。
青木クンに怪我をさせたことを謝らなきゃ。
罵られても仕方が無い。
鉛がぶら下がったような感覚の重い足取りで病室へと向かった。
病室の前まで来て、一度立ち止まり大きく深呼吸をした。
コンコンとノックをしてドアを開けると、柔らかな朝の日差しに包まれて、ベッドに横たわる青木クンの姿があった。ドアをノックした音に気付いて、わたしを見た青木クンが、まるで蕾が綻んだような笑い顔を浮かべた。
胸の奥深い場所が何かにギュッと掴まれた感じがした。
「沙都ちゃん……来てくれたんだ」
「うん」
「もしかして、学校サボった?」
「うん。青木クンが気になって……整形外科病棟に入院していたから驚いた」
「ごめん。びっくりさせたね。歩くと少し痛むくらいで自覚症状は全くないんだけどさ。腰と足の付け根にヒビが入ったみたい」
「ヒビが……ごめんなさい。わたしを庇ったせいで、本当にごめんなさい」
ベッドから一メートルほど離れた場所で、何度も頭を下げて謝った。
「ちょっ……そんなに大げさに思わないでよ。沙都ちゃんのせいじゃないから。あの場にたまたま居合わせて、運が悪かっただけだから」
「でも、本当ならわたしが衝突されていたんじゃ……」
「二人同時に衝突されていたかも知れないじゃない。沙都ちゃんだけでも衝突免れたから良かったと思うけど」
「わたしを庇わなきゃ……青木クンは逃げ出せたんじゃないの?」
「沙都ちゃんだって、膝に怪我したじゃない。誰が悪いかって、そんなこと言い出したらキリがないよ。もう少し、カラオケ店に居ればこんな事故に巻き込まれなかったから、そうなればその時間に席を立った俺のせいになるし……ね? キリが無いでしょ?」
さっき、マネージャーに声を荒げていた青木クンとは別人のように思えた。




