青木クンの病室前で
受付で聞かされた病室の番号を探しながら、朝日がチラチラ差し込む廊下を歩いた。
看護師たちが忙しなく動き回っている。
朝の検温だろうか?
面会時間外。面会時間は昼2時から夜7時とエレベーターを降りた直ぐの壁に貼ってあった。一度躊躇したが、思い直してそのまま歩き出した。
この総合病院はそれほど規則が厳しくないらしく、咎める病院関係者はいなかった。
慌ただしいナースステーションの前を通り病室まで来て、ノックをしようとして手を止めた。
病室内にだれかいるようだった。
引き戸になっているドアに三センチほどの隙間が出来ていて、そこから声が漏れて来ていた。
その場に立ちつくしたまま、少しだけ耳を澄ました。
力無い女の子の声がする。
「光輝……あんた、どうするつもり? 三年の先輩たち、かなり頭に来ている状態だったよ。監督も授業が終わり次第、駆けつけるって言ってたけど、本当にどうするのよ」
さっき、学校にいたマネージャーの声だった。あの後、直ぐにここへ駆けつけたんだ。
「仕方ないだろ?こうなっちまったんだし。そりゃあ、先輩たちには申し訳ないと思ってるけど……」
落ち込んだ気味のやけっぱちのような青木クンの声がした。
「腰の骨に……ヒビって完治するのにどれくらい時間が掛るものなの?」
腰の骨にヒビ……
その言葉に固唾を飲んだ。
「さあ。一カ月から六カ月ってかなり大雑把な診断だったけど」
「六カ月? 何それ……。光輝、あんた、彼女が出来たからって浮かれ過ぎてたんじゃないの? 野球部全員に迷惑かけて、自分の体調管理が出来ないなら、彼女なんか、作るんじゃないわよ!」
涙ぐんだマネージャーの声が大きく響いた。
「彼女は何も関係ないだろ?真樹に言われなくてもみんなに迷惑かけたこと、反省しているし悪いと思ってる……」
「彼女を庇って自転車に跳ねられた、イヤ、追突されたんでしょ? 自分の身体を考えないで、浮かれていた証拠じゃない」
「確かに……浮かれてたかもしれない。 だけどこうなっちまった以上は仕方ないだろ?」
「仕方ないですまされるの?」
「うるさい!」
ガン!
何かが壁に当った音がした。
青木クンが力任せに何かを投げつけようだった。
「真樹に何が分かるって言うんだ!すまされないって言うのは俺が一番分かってる。分かってるからもう、放っておいてくれよ!」
「わたしは……わたしは、ここまで頑張ってきた光輝が、試合に出られないのが悔しくてたまらないのよ!」
「お前に何がわかる? どんな思いでここまでやってきたと思ってるんだ。真樹が頑張って来たわけじゃないだろ? そんなこと……俺が一番悔しいに決まっているじゃないか!」
「光輝……」
「帰れよ!もう、帰ってくれよ!」
その言葉にわたしは、弾かれたように病室の前から逃げ去り、ナースステーションのカウンター前にあった開け放たれた空室へと身を隠した。