涼ごめん
涼の一つ一つの動作に目を閉じたまま、温もりや息使いを感じていた。
「沙都?」
涼の動きが止まって、名前を呼ばれた。
「え?」
「お前、膝……どうした?擦り剥いて血が出てるぞ」
わたしの脛に跨ったまま、涼が驚いたような声を出しそう訊ねて来た。
「ちょっと……転んだ」
「これだけ擦り剥いてたら、痛いだろ?」
「うん。少し痛むかな」
「怪我してるんなら、言えばいいのに。今日はここで我慢するし。ちょっと待ってろ。手当してやるから」
涼がわたしの上から飛び降りた。
そして、床に落ちていたブラウスをわたしに放り投げて来た。
「これ着てろよ」
「手当?」
「足の治療なら任せておけよ。俺、サッカー部だぜ。下へ行って、消毒薬と絆創膏を持ってくるよ」
照れたようにニコリと笑って部屋を出て行った。
静まり返った部屋。
涼のお気に入りのフィギュアが眼に入った。
カラ―ボードにキチンと整頓されてディスプレイされている。
さっきまで触れていた涼の手の温もりが消えて、蒸し暑い気候なのになぜか寒気がした。
膝に眼をやると涼が驚いたはずで、両方の膝から血が出ていて、黒い血の塊に土が付着していた。
自分の膝の痛みが分からないほど、気が動転していたんだ。
血を拭くこともせず、このまま電車に乗って、家まで茫然と歩いて来た。
まるで、小さな子供みたいだ。
また、涙が込み上げて来た。
涼に嘘を付いた。
明日ばれるかも知れない、もしかしたら、一時間後にばれるかも知れない嘘を付いた。
涼を失いたく無い。
でも、今は青木クンに断れない。
どうすることも出来ないわたしの苦し紛れの嘘。
わたしは……バカだ。
顔を両手で覆って、俯いた。
「沙都?」
涼の声がして、顔を上げると、タオルや絆創膏や消毒薬を手にして心配そうに覗き込む涼の顔があった。
「泣いてんのか?」
「ううん。何でも無い」
「どうしたんだよ。そんなに痛むのか?」
「ううん。涼……ごめん。怪我してて……ごめん」
俯いたまま、涼に何度も頭を下げた。
「別に怒ってなんかいないし。怪我してたんなら仕方ないじゃん。俺こそ……昨日の今日なのに、沙都を求めてごめん。今日の青木と沙都を見て、スゲー焦ってて、俺って本当にどうしようもないよな。達樹にさんざん、沙都を大事にしろよって言われたのに。俺がこんな風になるのを見透かして、そう、言ってきたあいつにちょっとムカつくけどね」
涼が笑いながらベッドに腰掛けて、手にしていたタオルを血が出ている膝に当ててくれた。
タオルを事前に濡らして来てくれたみたいで、ひんやりして気持ちが良かった。